超レアな触れる地球とくまモンのツーショット
超レアな触れる地球とくまモンのツーショット
2013年から、地球大学では「食」をテーマに未来を考えてきました。その成果のひとつは「Eating Design Museum」という形になり、あるいは「触れる地球ミュージアム」で食品関係企業とのタイアップやコラボレーションの展示に結びついています。
そのキーワードのひとつが「未来食」です。日本食は、発酵や乾燥などの技術に見られるように、自然との調和を図りながら価値を高める伝統的な技法が磨かれてきました。この考え方をさらに一歩広げると、日本の農業のスタイルも、地球価値を高める叡智の詰まったものと考えることができるのでは――?
7月16日に開催された地球大学は、日本の農業を捉え直し、その価値を確認するために「世界農業遺産」をテーマに開催されました。「もっと知って応援! 世界農業遺産」と題し、各地の農業遺産を紹介するとともに、その未来価値を考える議論を重ねました。
ゲストプレゼンターには、農林水産省の内藤紘子氏、世界農業遺産に認定された新潟、石川、静岡、熊本の各県の担当者をお迎えしています。
冒頭のキーノートスピーチで、地球大学主宰の竹村真一氏は「日本食が世界無形文化遺産に認定されたが、それは私たちの食事が日本食を受け継いでいることを意味してはいない」と指摘。むしろ、日々の食事からは受け継ぐべき価値は失われているのではないかと問題を提起しました。
そして「触れる地球」で、例えば日本の気候は地球規模の気候変動の一部であることを示しながら、十分な降雨がありながら急峻な地形の多い日本では、かつては天水利用が十分に行われなかったのですが、「文字通り"水を治める"技術を磨いてきたのが日本であった」と竹村氏。その代表的な例が水田です。「ゆっくりとした水利用をデザインし、脱粒性がなく効率よく収穫できる稲の品種を選定してきた。何千年もかけて、共進化してきたとも言える」。また、水田はそこに生きる多くの生命を育む土壌ともなったのです。
「日本では、人の手が入ることで生物多様性を保つ空間を作り上げてきた。自然は手つかずのままが良いという議論があるが、本当にそうだろうか。"人工自然"というが、"工"という字は、天と地をつなぐ、という意味がある。地球とともに生き、その価値を高めてきたのが日本人のやり方ではなかっただろうか」
水田はスローな水をデザインし、地力の疲弊も起こさず、生物多様性を担保しています。「日本の農業には、かように世界の未来を考えるヒントが詰まっている」と竹村氏。「生物多様性、環境価値など、未来に向けた価値は数多くあるだろう」。しかしながら、現在の日本の農業は就農人口の低下、耕作放棄地の増加など、むしろ衰退の方向に向かっています。竹村氏は、まっとうな農業に取り組む人たちがまっとうに評価されなければ、持続的な未来農業はありえないと指摘します。
「正直者がバカを見ないために、今取り組みを始めなければ、日本ひいては世界の農業の未来はない。今日の地球大学はそのキックオフとし、新たな一歩を踏み出したい」
その起点となるのが今回の世界農業遺産。この後は、各者のプレゼンテーションへと移ります。
農水省の内藤氏からは世界農業遺産(GIAHS。ジアス)の概要についてプレゼンがありました。
GIAHSは"Globally Important Agricultural Heritage Systems"の略で、「伝統的な農業と、生物多様性、美しい景観、文化・歴史なども含む優れた農業システムを評価する仕組み」。2002年から国連食農業機関(FAO)が認定を始めたものです。「近代農業が生産性の向上に偏重しすぎてきたために、環境の悪化や担い手の減少などをもたらしてきた。その土地、文化、風土に根差した農業に価値を見出し、外部から評価することで、次世代にきちんと伝えていこうというもの」と内藤氏。
現在FAOでは5つのキーワードで認定を行っているそうです。「食料と生計の保障」「生物多様性と生態系機能」「知識システムと適応技術」「農業、文化を育む社会組織」「優れた景観と土地、水管理の特徴」の5つ。一言でいえば、自然と共生しながら、社会的にも環境的にも持続可能なスタイルで食糧を生産している農業、とでもいえばいいでしょうか。環境的側面に偏ることなく、社会的側面を重視している点が非常にFAOらしいところです。
現在世界13カ国31地域で認定されており、うち日本は
・トキと暮らす郷づくり(新潟県佐渡地域)
・能登の里山里海(石川県能登地域)
・静岡の茶草場農法(静岡県掛川周辺地域)
・クヌギ林とため池がつなぐ資源の循環(大分県国東半島宇佐地域)
・阿蘇の草原の維持と持続的農業(熊本県阿蘇地域)
の5地域が認定を受けています。
内藤氏は、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産との違いを「生きているかどうか」であるとし、「世界遺産は立ち入れないように規制し、保護すればいいが、GIAHSは、人間の手を入れて、継承し、維持させなければならないもの」と、人間が関与しなければ存続が難しいと説明。
そのために、GIAHSは「積極的に地域活性化のツールとして使用してほしい」と内藤氏はGIAHSの活用法を4項目で解説しました。「農業への関心付け、ブランド化」は、内外に農業への関心を生むとともに企業とのタイアップでも活用できます。外部に対しては「参加の動機付け」。グリーンツーリズムや農家民泊などのレジャー産業との連携が期待できるそうです。「地域の誇り」とは、農業従事者の誇りを育て、新規就農者の増加にも役立ちます。「ネットワーク構築」とは、GIAHS認定地間の連携です。国内外の認定地とつながることで、新しい取り組みの展開を行うことができるとしています。
最後に内藤氏は「とにかくみんなで応援していくことが大切」とし、「行ってみる、体験してみる、購入する、人に伝える、というアクションを、首都圏でも広めていってほしいと思う」と締めくくりました。
続いては各地域のプレゼンテーションが行われました。この日は大分県国東半島を除く4地域から担当者が出席しています。
【新潟県佐渡地域】
佐渡市からは農林水産課生物多様性推進室主任の西牧孝行氏が登壇。佐渡島の地勢的・社会的背景と、行われている取り組みの解説がありました。歴史的には「金山の成立ともに増加した人口を支えるため、狭い島内を有効に活用する棚田が形成された」そう。現在の水田は5500ha。2007年から「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」をスタートし、減農薬など生き物を育む農法を取り入れ、生態系の再生に力を入れています。認証を受けるには県のエコファーマーの認定を受けるほか、水田に「江(ごう。深みのこと)」や魚道を設置することが求められます。こうした取り組みが評価され、GIAHS認定につながりました。
今後の課題として「持続可能な継続のためには一地域だけはなく、日本全体、世界全体での仕組み、取り組みが必要ではないか」と投げかけています。より具体的な課題としては、「農業価値が広まっていない」こと。「トキのいる水田のお米として高く売れなければ持続は難しい」とし、「農業の多面的価値を伝えていくことが大切」と話しました。また、後継者不足が深刻化しており、地域を守る仕組みとして、企業のCSRやCSVに期待したいと集まった来場者に話しました。
【石川県能登地域】
県農林水産部里山振興室 主事の表亜寿美氏が登壇しプレゼンテーション。能登は日本初のGIAHS認定地域(平成23年6月)であり、評価されたのは、この地域の6つの特徴によると解説。
また、認定と同時に「世界農業遺産活用実行委員会」を設立し、多角的に地域支援強化を行っている取り組みを紹介。そのほか、地元7金融機関とともに「いしかわ里山創成ファンド」を創設(53億円)し、里山里海に人の手を戻す生業創出の取り組みを支援している事例のほか、トヨタとのコラボ企画「能登スマート・ドライブ・プロジェクト」も紹介されました。
世界農業遺産登録によって「県外からの関心が高まり、能登地域への企業の進出が見られるようになったほか、新規就農者も増加するなど、GIAHSによる好循環が生まれている」と、非常に良い形で進行している様子が紹介されました。
【静岡県掛川周辺地域】
静岡県からは、掛川市お茶振興課世界農業遺産担当官の永谷隆行氏が、聞きなれない「茶草場農法(ちゃくさばのうほう)」についての解説と、今後の展望と課題を語りました。
茶草場農法とは、茶畑の畝の間に刈ったススキなどの草を敷き詰め、良質な茶の生産を行う農法です。茶畑には、茶園の保湿効果、雑草抑制、微生物増加による沃土化、土壌の流出防止が期待できるそう。大井川流域および西部の掛川市、菊川氏、牧之原市、島田市、川根本町の4市1町で行われています。茶草場は茶畑周辺の斜面や入会地、水田跡地など、地域によってさまざまな形で存在しており、晩秋から冬にかけて草刈りをし、十分に乾燥させた後に畝間に入れます(細かく裁断することもある)。
2004年から2009年にかけての調査で、この茶草場で草刈を放棄すると、草地性の植物の在来種が半分以下に減少することが分かったのだそうです。つまり、茶草場は人の手が入ることによって、この地域にある300種以上の草地性植物の多様性を担保していることになるわけです。「秋の七草のような身近な植物が今やレッドデータに登録され絶滅危惧種になっているが、茶草場では、七草のうち、フジバカマを除く6種が今も健在している」と永谷氏。「フジタイゲキ」という絶滅危惧種もまた、茶草場でよく見られているそうです。
「生物多様性と良質な茶の生産を両立させている世界的にもまれな例」ではあるが、「実践者、後継者の不足が課題」。そのため、実践者認定制度を導入するほか、フォーラムやシンポジウムを開催し、認知を高め、賛同者を増やしていきたいとしています。
【熊本県阿蘇地域】
熊本県からは阿蘇地域振興局 農業普及・振興課主任主事の飯田明博氏が登壇し、広大なカルデラで行われている持続的農業文化を説明しました。
阿蘇地域が認定されたのは、2万2000haもの草地を、人間の手によって維持管理することで循環型の農業畜産業を展開し、それとともに生物多様性を守っている点が高く評価されたため。
「かつては日本国土の13%が草地だったが、現在は3.6%に減少。その半分は熊本にある」と飯田氏。草地は放置しておくとヤブ化が進み、森林へと移行していってしまいます。これを維持するのが2~4月に行う「野焼き」。表面を短時間で焼くことで新芽の萌芽を促し、ダニなどの害虫駆除を行うそうです。この草地で春から秋は放牧を行い、草は牛たちのエサとなり、冬には牛舎の敷き草にもなります。もともとこの地域は火山灰地で耕作には不向きなはずでしたが、野焼きの灰、放牧の牛糞、野草堆肥が豊かな土壌を作り、さまざまな野菜の産地となったのです。また、ユーラシア由来の貴重な植物が確認されているのもこの草地だけ。人が積極的に自然に関与することで、豊かな暮らしと自然が守られているのです。「記録に残っているだけでも1000年以上前からこうした草地農業がおこなわれてきている」と飯田氏。
しかし、ここでも人手不足の課題は深刻です。「1haの草原を維持するのに1頭の牛が必要だが、現在は160業者6500頭の牛しかいない。野焼きをしなければ草地が荒廃するが、野焼きを担う人手も減少している」。現在はボランティアなどを募るなど、県外への呼びかけもしているそうです。
この日は意欲的で興味深い発表が多かったため、時間が押しに押し、最後のディスカッションは残念ながら省略され、竹村氏からのまとめの一言がありました。
「地方へ行くと"自然しかない"とよく言うが、実はその自然さえも人間の手が入っていることで成立してきたのが日本だった。常に人の手が更新し続けるいい意味での人工自然の価値を、今の我々は次世代に伝えられているだろうか。環境教育といえば欧米由来の表面的な自然保護の議論にとどまり、日本人が自然と共同で作り上げてきたクリエイティブなOSを、日本人自身が忘れてしまっているのではないだろうか。この環境との共生OSは、日本だけではなく、世界にプレゼントできる"宝"だと思う。それを地球人を代表して、我々が保全しているんだと、そういう感覚、誇りを伝える仕組みを作ることにも取り組んでいきたい」
地球大学、触れる地球ミュージアムでもそのような取り組みを実践していくことになると竹村氏。「ここで今日、いい話が聞けて良かったね、また来年会いましょう、なんて悠長なことを言っている場合ではないだろう。個別でやっている取り組みをぜひここでまた掛け合わせて、日本を変えていくエンジンにしたいと思う。どうかみなさんもどんどん積極的に参加してほしい」と力強く"活動宣言"をして閉会。
この後はサプライズゲストでくまモンが登場したほか、懇親会ではさらに参加者同士での議論を深め、充実した地球大学となったのでした。
科学研究の最前線を交えながら、地球環境のさまざまな問題や解決策についてトータルに学び、21世紀の新たな地球観を提示するシンポジウムです。「食」を中心としたテーマで新たな社会デザインを目指します。