基礎的な研究から実用レベルまで、大学、研究機関、企業と幅広く連携を取り、モノづくり日本の基盤を支えてきたベンチャー創発・支援の"元祖"ともいうべき存在が、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)です。そこでは常に最先端の技術が研究され、日々実用化されていますが、一般の人がそれを知る機会は決して多くないのが現状です。
そこで、広く産総研の技術を知ってもらい、新しいビジネス化のスキームを構築しようと始まったのが「産総研発ベンチャーTODAY」です。
これは、産総研からローンチしたベンチャー及び産総研タスクフォースが、自分たちの技術、製品、サービスを大手町・有楽町・丸の内エリアの企業人にプレゼンテーションし、質疑応答、グループワーク、対話などのインターアクションを通して、相互理解とネットワーキングを広めようという試み。2016年夏に企業間フューチャーセンターの企画・運営で第1回が開催され好評を博し、1月20日に、その第2回が3×3Lab Futureで開催されました。
第2回のテーマは「ライフ・グリーン・イノベーションで安全・安心な未来を築く」。ヘルスケア、ライフサイエンス分野から4社、クリーンエネルギー分野から1社が登壇。参加者は大丸有の、主にR&Dセクションのビジネスマン、ベンチャー支援を手掛ける金融関係者ら。また、産総研の呼びかけで、医療系企業、ベンチャーキャピタルからも参加者が集まり、約60名が揃いました。
冒頭、挨拶に立った産総研理事・イノベーション推進本部長の瀬戸政宏氏は、産総研が支援するベンチャー企業は94社に上ることを話し、今回登壇する企業が「その中でも一番若い企業」と紹介。メディカル、ヘルスケア市場の増大を背景に今後もっとも成長が期待できるカッティング・エッジな領域ということでしょう。また、「産総研は、良い"ネタ"を作ることには長けているが、その先が苦手」で、「良い"スジ"のビジネスモデルに乗せて、"マネー"を作る、スジとマネーの部分で、ぜひ今日お集まりいただいた皆さんのお力をお借りしたい」と会場に呼びかけました。
産総研が手掛ける最先端技術はなかなか一般には分かりにくいうえ、BtoCのサービス・製品としてブレイクダウンさせるのも容易ではありません。さらに、高度な技術を一般の人に向けて伝える機会が少なく、技術者や経営陣の中にはプレゼンテーションを苦手と感じている人も多いようです。
それを鑑み、本イベントを企画・運営する企業間フューチャーセンターでは、会場にメンターを用意しました。リコーを早期退職後、ベンチャー支援に携わるようになり、文科省・経産省関連のプログラムでメンターを務めてきたクリエイブル代表の瀬川秀樹氏。レーシングカー・コンストラクターで空力デザイナー、半導体ベンチャー創業などを経て、iTiDコンサルティングで国内大手メーカーの新規事業・新製品開発支援などを手掛けてきた実績のあるINDEE Japan代表取締役 マネージングディレクターの津嶋辰郎氏の2氏です。この日はプレゼンの合間の質疑応答で、厳しくも温かい意見、アドバイスを語ってくれました。
登壇企業は、メスキュー株式会社、株式会社MiraCure、モッタイナイ・エナジー株式会社、株式会社ジェイタス、産総研タスクフォース(TetraD)の5社。モッタイナイ・エナジーを除く4社がライフサイエンス、ヘルスケア関係となっています。
メスキュー
メスキューは間葉系幹細胞を使った細胞製造技術を発表。この技術は再生医療等医薬品への利用が可能で、間葉系幹細胞が骨、軟骨などに分化することから、リウマチなどの関節症、循環器の疾患など多くの疾患の治療に役立てることができるとされています。登壇した代表取締役の鍵山直人氏は「産総研で積み上げてきた研究実績、臨床事例が最大の強み」。2016年12月にアメリカで新法が成立し、再生医療が加速していることから「今日本でも加速化しなければ世界を牽引できない」と会場に支援を呼びかけました。
MiraCureは、発見した特殊なペプチド(アミノ酸の化合物)を使って、少量で高い効果が期待できる抗ガン剤を開発しています。発表はCEOの阪本圭司氏。ガン疾患部に非常に強く選択的に作用するため、低用量で高い効果が期待できます。また、特殊なペプチドが「積極的に脳血液関門を超える性質」を持つために、従来難しいとされてきた脳腫瘍への高い薬効も期待できるとしています。低用量で済むため、「副作用が少なく、患者のQOLが上がる」という特徴もあります。
今回唯一のクリーンエネルギーの発表となったモッタイナイ・エナジーは代表取締役の西当弘隆氏。同社のビジョンは「すべての廃熱を電力にしつくす!」。年間25兆円相当と言われる廃熱を、熱電発電システムで再利用・電力化しようという取り組みです。工場のほか、温泉地などでの活用も見込まれ、「EV、パーソナルモービルと連携して、クリーンエネルギーで地方創生に役立てる」といった提案も紹介されました。太陽光発電と同等のコストペイバックで、景観への影響が小さいのも強みです。
今回は主に医療分野での利用法を中心に紹介されたジェイタスの「GeneSoC®(ジーンソック)」は、環境衛生、食品衛生などの分野でも活躍が期待されるもの。代表取締役の古市丈治氏がプレゼンテーション。ジェネソックは遺伝子検査の「PCR法」(ポリメラーゼ連鎖反応法)を、よりクイックに、正確に行える小型のデバイスです。従来のPCR法が40~90分かかるのに対し、GeneSoC®は5~15分で検出が可能。まずは、性感染症診断やインフルエンザ検査など特定の疾患で、医療機関向けを計画していきます。
研究所内でタスクフォースとして活動しており、起業準備を進めている「TetraD」。前職が国際的な金融業という経歴の、CEO兼CFO熊谷亮氏がプレゼンテーターを務めました。TetraDは、「Digital Drug Discovery and Development」の"4つのD"という意味で、創薬における化合物探索、治験での患者層別化(特定の特徴を持った患者をより分けて整理すること)などをITで支援するソリューションです。「Compound Eyes」「Cyber Drug Discovery」「Drug Saver」という3つのデータベース・ソフトウェアが稼働。すでにガン治療薬の開発、心筋症患者の層別化などで実績を上げています。
各発表の合間には、会場からの質疑応答を受け付けたほか、各企業に対する意見や質問を付箋に書き出すなどのワークをしており、そのメモを元に、グループディスカッションなども行いました。また、イベント終了後には交流会も催し、さらに意見交換やネットワーキングを行いました。
3×3Lab Futureで行われる企業プレゼンでは、今回の医療や環境などライフサイエンス系のベンチャーは珍しく、ある金融機関からの参加者は、「非常に難しかった」としつつも「普段知ることのない領域の技術者の話を聞くことができたのは貴重な経験」と感想を述べています。一方で「ビジネスディベロップメントや、マーケット開拓の視点が欠けている」という厳しい意見も。交流会では、登壇者に向かって、そんな課題点もフランクに語り、意見を交換し合う姿が見られました。
日本最先端の技術に触れ、ビジネスを考えるのは、産総研、ベンチャー、大丸有地区の企業ら三者にとって重要な意味があるものと言えるかもしれません。今後の産総研発ベンチャーの積極的な情報発信、大丸有地区の企業との新規ビジネスの創出に期待が高まります。