オープニングシンポジウム第2弾「エリア防災を考える」が、3月4日に開催されました。2011年の東日本大震災は、首都圏、都市部が、災害に対する脆弱性を持っていることを改めて浮き彫りにしましたが、あれから5年、その課題はすべてが解決されたわけではありません。東北地方はまだ復興途上にあるように、震災により明らかになった都市防災の課題は、今もなお課題のままであり続けています。首都圏においては、直下型地震はもとより、異常気象による災害も予測されており、エリア防災は今まで以上に喫緊の課題となると言えるでしょう。今回のセミナーでは、防災をまちづくりの主要なファクターに据え、異なる価値を見出すための"新たな防災"を考えます。
シンポジウムに先立って、元環境省事務次官で、現在、慶應義塾大学大学院特任教授である小林光氏が、第1回(「水環境・ビジネスを考える」)と同じく、ビデオメッセージでオープニングシンポジウムの意義、位置づけについて解説しています。(こちら)
続くキーノートスピーチでは、東京大学生産技術研究所准教授の加藤孝明氏が、専門の地域安全システム学の観点から、防災をまちづくりと文化の中に位置づけようとする新しい防災スタイルの必要性を提案しました。
それによると、「社会には物理で言うところの慣性の法則が働いて」おり、「社会の潮流と行政の取り組みにズレが生じやすい」のだそう。そのため、防災に限らず社会の変革や環境づくりにおいては、慣例にとらわれずやり方も含め根本から考え直す必要があると指摘。かつて行政は、縦割りの"風船型"でしたが、今はビンが並ぶ"ボトル型"。「今、民間企業には、そのボトルネックを埋めることが求められている」と加藤氏。これは防災においても同様です。
そのためには、民間が加わる防災対策では、これまでの「防災=コスト」という認識を変え、「災害への備えは付加価値である」という意識改革が重要であると指摘します。例えば、中国の天津市が開発した「防災計画管理システム」や、「YOKOSO! ASAKUSA 外国人観光客安心向上プログラム~災害時にも安心のおもてなし~」という浅草地区の取り組みでは、災害時に、町の人がどこの国の人も安心な場所につれていくという例を紹介。「防災することでまちの付加価値が上がる」ということであり、大丸有でも、都市開発をすればするほど安心も組み込まれていくという「大丸有BCD(Business Continuity Direct)」の形成にも言及しました。
さらには、「防災文化の創造」の必要性を提案。防災の確実な定着をはかるには、「防災が日常化している」ことが重要であるとしました。
そして、それが機能している例として、秋田県の男鹿地方に伝わる風習である「なまはげ」を挙げます。なまはげは集落内の各家を回りますが、そのなまはげを担当するのは未婚の男性。「未婚の男性とは、つまり、災害時に活躍する人。それが、年に一度各家の中を見ることで災害に備えている」という側面があるのです。子どものいたずらや"悪さ"を把握するために、家族から事前にヒアリングをするため、家庭の事情にも通じるのだとか。つまり、未婚の男性=災害時に大活躍する人で、その人が年に1度、すべての家庭の状況を把握できる仕組み(災害対策)がここにはあるわけです。
こうした「日常化」は、防災におけるコスト削減にもつながります。21世紀の大丸有地区のなまはげとは何か? そこまで見通して防災を考える必要があるとし、最初のステップとして次の3点を示しました。
①起こり得る「状況」を理解、共有できるかどうか。
②「運命共同体意識」の醸成ができるかどうか。
③企業・ビル・街区を超えて行う意義があるかどうか。
そのために、ステークホルダーの間で現状とビジョンの共有をはかり、慣例にとらわれない価値観を転換する必要があることを改めて強調しました。本日のテーマである「防災"も"まちづくり」についても、「防災"だけ"を切り離していては限界がある」と述べ、防災はまちづくりの他の要素と抱き合わせて、前に進める必要を訴えました。
続いて、ゲストスピーカーとして登壇したのは、大手町丸の内有楽町地区一般社団法人まちづくり協議会都市政策部会長である三菱地所の中島利隆氏。テーマは「防災をまちの価値に ~防災の文化を作ろう~」です。中島氏は冒頭、20数年来取り組んでいる大手町・丸の内・有楽町地区の「街の価値を高める取り組み」における防災とまちづくりに言及し、加藤氏のキーノートスピーチにあった「防災"も"まちづくり」は的を射た指摘と賛意を示しました。その上で、これまでの大丸有地区の防災の歩みと、次に示す地域の特性を防災の観点から紹介しました。
高層ビル群=たくさんの人が働いている人がいる。
皇居が近い=観光客がくる。
周辺地域=神田、八重洲など。そこから避難してくる人もいるはず。
かつて、関東大震災直後には「ドナタデモ」の看板がすぐ登場し、震災直後から炊き出しや飲料水の提供が行われ、さらに、大丸有地区には臨時的に、政治・経済の中枢機能が集中したことを紹介しました。そして時代は移り、平成に入ってからは、阪神・淡路大震災後にできた、優れた耐震機能を有する丸の内ビル(2002年竣工)で訓練を続けてきたことを紹介。そして2011年に起きた、東日本大震災では、新たな課題が表出したと話します。
それは、まず帰宅困難者の大量発生。発生時、大丸有地区には地区就業者以外にもたくさんの人がいて、電話は不通。道路は渋滞。駅は混乱。これに対して丸の内ビルでは、毛布を支給するなどして、とどまった人たちの不安に応えたといいます。実際の大災害に遭って「実感したのは、より強いビルと訓練では防災対策として十分ではない」ということ。ここから、大丸有の新たな防災対策の取り組みが始まったそうです。
大丸有地区には平日の15時段階で地区就業者や観光客などを含めて32万人がいますが、震災が発生すると、当日夜には3万人ぐらいが残るとシミュレーション。休日は平日より多い6万人です。その膨大な数字を認識し、大きな発想の転換が求められたといいます。例えば、帰宅困難者がその場を動けないのであれば、逆に「大丸有地区の支援者」として活動してもらうことなどです。
大丸有地区の防災における役割についても、発想の転換が行われました。それは、日本の玄関口として、「単なるエリア防災ではなく、日本の災害に対する強靭さを世界にアピールする場」だということ。大丸有地区の防災能力が、日本の防災能力のモデルケース、ショーケースになるということです。
さらに、さまざまな企業の本社が集積する大丸有は、日本のGDPのおよそ1/4を占めている格好です。そのため、「この地域の機能を途絶させないことは社会的責任でもある」と中島氏。そのため、BCD=業務継続地区の強化が必須であり、個々のビルの防災対応はもちろん、地域としても信頼性の高いエネルギーインフラを設けるなど基礎的な防災力を装備し、大丸有地区全体で防災対応を行うことが示されました。
昨年3月に策定した大丸有地区都市再生安全確保計画では、災害への備え(防災)を新たな付加価値と位置づけ、高い国際競争力を有するBCDを実現することを目標として掲げ、次の3つの理念を示しました。
①ノブレス・オブリージュ(社会的責務を果たす)精神に立脚
②クリティカル(重大)な隙間への対応
③インクリメンタルな(進化する)計画
そして、災害はいつ発生するかわからない。今からすぐスタートすることが大事としてスピーチを終えました。
引き続いて行われたセッションでは、中島氏が進行を務め、キーノートスピーチを行った加藤氏、千葉大学大学院工学研究科建築・都市科学専攻教授の村木美貴氏、内閣府地方創生推進室参事官の鹿野正人氏、国土交通省都市局まちづくり推進課官民連携推進室長の中村健一氏ら4氏のパネルディスカッションが行われました。
中島氏は本日のテーマである「防災"も"まちづくり」について、4氏に次の3つの質問を投げかけました。
1.防災は都市の価値になるか
2.防災にポジティブになるには、どんなことが必要か
3.大丸有への期待について
1.最初の質問「防災は都市に価値になるか
地域冷暖房システムやエネルギーの研究をしている村木氏が最初に「災害に強いから(不動産を)買うという人はいない」という考えを示し、防災に強いということをどのように情報発信していくかに課題を残していると指摘しました。あとに続いた加藤氏は「災害対策に主体的に取り組み、相対的な安全環境をつくっていく。投資をしたりすると、自慢したくなる。ここから価値につながっていく」との考えを述べました。
鹿野氏は中島氏がさらに加えた視点「防災が都市再生になる」に答えて、「防災というのは都市要素のなかで非常に重要なもの。防災を都市再生や民間開発と合わせて防災性を向上させてほしい。防災性を指標化し、その達成を都市間で競うのもいい」と考えを述べ、そうすれば都市の価値も上がるのではないかとしました。中村氏は新しい都市再生特別措置法の枠組みの中で防災と都市強化の発想について、現在かかわっている仙台市の例を出し、「大震災後、災害リスクがかなり意識されてきた。これは(災害が実際に起きて)見えたからかなあと。それを起きる前に"見える化する"というのが大事」と指摘していました。
2.防災にポジティブになるには、どんなことが必要か
最初に加藤氏が「いろいろな活動の中でほんの少し工夫を積み上げていく。その結果、防災につながる気がする」と答え、村木氏は「防災の、その先にあるものから考えることが必要では」と指摘。「例えば、その先で、地域における会社組織のステータスが上がるような状況があることが、結果的にその地域のアイデンティティを形成し、防災活動につながる」としました。この発言を受けて加藤氏も「一般市民感覚では(キーノートスピーチのときに用いた)『防災と"何"』より、『"何"と防災』のほうがしっくりくるかも」と自身の表現を改め、村木氏の考えに賛意を示しました。
3.大丸有への期待について
「大丸有の地域性から日本の富士山的な存在なので新しいことに挑戦しながら取り組んでほしい」という意見に代表されるように、大きな期待が込められた意見が並びました。そして、他地域の継続的な手本となり、もっとアピールして防災意識を広めていってほしいという意見も見られました。
そして、セッションの最後で中島氏は4氏の意見を受け、大丸有としての考えを次のように示しました。「大丸有では防災"も"含めて、実質的には都市モデルをつくっている。今後も共有できる完成度の高い防災に取り組み続けたい」。
大量の缶詰が所狭しと並んだ懇親会会場。缶詰は防災グッズの代表格で、災害を生き抜くためには欠かせません。新装なった3×3 Labo futureでも常備の予定だとか。田口氏は、そのためには「まず味を確認しないと」話し、懇親会ではこの大量の缶詰が振る舞われました。
いざ、災害に遭うと、ストレスの連続となります。せめて、一時を憩う食事は美味しいものを口にしたい。並んだ缶詰の数々には、生産者のそんな心遣いが感じるものばかりでした。それぞれの缶詰の中身や生産者の心遣いについては、"缶詰博士"として有名な黒川勇人氏が登場し、スライドを交えて詳しく紹介してくれました。会場にはほかに、東北の12種の日本酒も用意され、参加者は美酒を片手に、心遣いの詰まった美味の缶詰に舌鼓を打って談笑していました。