3月18日、「シナリオ・プランニング」の最終講義が開催されました。昨年11月からの連続シリーズもこれで5回目。前回(第4回目)では、抽出したシナリオの精査を1日かけてじっくり行いましたが、第5回目は、これまで構築してきたシナリオの最終ブラッシュアップを行うとともに、より具体的なビジネスアイデアのブレインストーミングも行いました。
11月、12月のスタート時には雲をつかむようで、ゼロからシナリオを組み上げてきたわけですが、5回のシリーズを通してようやくシナリオ・プランニングが「未来の予測」ではなく、「未来を思考するためのツール」であることが実感できたようです。
ファシリテーションはこれまで同様SBI(Strategic Business Insights)の高内章氏が務めました。
この日は、午後のプレゼンテーションに備え、前回までにまとめてきた3つのシナリオをさらにブラッシュアップする作業からスタートしました。「サマリーの見直しとシナリオの読み直しを」と高内氏。「シナリオに論理破綻や矛盾がないかをチェックするのはもちろんだが、ポイントは、クライアントが"イヤだな"とリアリティを持って感じるところを、さらに尖らせること」。シナリオ・プランニングが"安心安全な未来を描く"のではなく、"思考のツール"である以上、その「尖ったポイント」がなければ画竜点睛を欠くというもの。「2時間かけて、そこをもっとビビッドにしてほしい」。
前回同様、このブラッシュアップも非常に地味な作業ではありましたが、心なしか参加者の様子が前回よりも生き生きとしており、議論も活発なようでした。これは「慣れてきたことと、シナリオを理解できるようになったからだろう」と高内氏。この作業は、アウトプットを精査するとともに、実は参加者の自発的理解、検証を深めるためのものでもあるそうで、この作業を通してプレゼンテーションの説得力も増すのだそうです。
例によってプロジェクタでこれまでのサマリーやフォースのリストをプロジェクタで映し、議論と並行して記入、修正を行いました。2時間かけて修正した後は、前回の最後に複数挙げられていたシナリオタイトルを決定する作業へと移ります。
最終的に、シナリオ2は「マルチレイヤー社会:USUMARUYU(うすまるゆう)」、シナリオ4は「グリーンスムージー維新」、シナリオ7は「城塞都市江戸」に決定。修正したシナリオサマリー、フォースリストとともに改めてプリントアウトして午後のプレゼンテーションの備えました。また、発表順は2→7→4で行うことに決定しました。
午後のプレゼンテーション冒頭、高内氏から「シナリオ・プランニングとは何か」のレクチャーがあり、「未来の予測ではなく、中長期投資におけるリスク対峙の方法を、起こりうる変化を疑似的に経験することで、棄損されないよう備えるもの」と解説。2035年に向けた事業戦略を踏まえ、その道筋で起こるであろう「アンコントローラブルな外的要因は何か、そこをスターティングポイントにして、思考を積み重ねてきた」と話し、その後のシナリオ構築のあらすじを説明しました。
そして、プレゼンテーションでは「未来の出口で起こるイヤな感じを体験してほしい。そして、そのシナリオの中で、脅威は何か、どう対処すべきかを考えてほしい」と呼びかけ。参加者にプレゼンを聞きながら、「スレッズ(脅威)」と「オポチュニティ(事業機会)」に気づいたら、付箋に書き出し、入力していくよう求めました。
以下、各シナリオのサマリーのさらにサマリーを記し、特徴的なスレッズとオポチュニティの議論を取り上げ、議論の様子をお伝えします(※ここで紹介するサマリーは矮小化しすぎているため、詳細を知りたい方はエコッツェリア協会へアクセス)。
......このシナリオの顕著な特徴は格差の拡大だ。国際的な産業構造にドラスティックな変化はないが、国内産業構造は、観光、農業、社会インフラにゆるかなに移行し、日本の経済は縮小均衡に進む。公共インフラ、情報インフラの発達・発展にもムラがあり、経済的格差だけでなく、社会状況における格差も広がる。価値観は多様化し、多層かつまだらに形成される。相対的に東京駅周辺の価値は下落し、取り残された感――"薄まる"ようになるだろう。
このプレゼンテーションに対して参加者からは、渋い表情で「一番ありそうな、そして一番イヤなシナリオ。気が付かないままズルズルと進んでしまいそう」との感想が出ました。脅威と感じたのは「労働人口の減少」「VR伸展によるオフィス価値の下落」など。特にインフラに濃淡が出ることで、東京駅周辺が日本のビジネスの玄関にならなくなる可能性についても脅威を感じていたようでした。一方、新たな事業機会創出の可能性として参加者からは「床利用の多様化推進」「近距離輸送LRT」などが挙げられました。
高内氏は「このシナリオはいわゆる"ゆでガエル"」と指摘。ゆるやかに進むだけに、対処のしようもない世界で、それが恐ろしい。しかし、「本当にイヤなのはこのシナリオが破綻した世界を描き出す、この後のシナリオ」と次のプレゼンテーションへ移りました。
......エネルギー価格の高騰を背景に、日本経済は相対的に下落し、社会不安も増加し、ギスギスした世の中になる。産業的には軍需産業、医療産業、一次産業が成長産業に位置付けられる。個人の価値観は経済的価値を極度に求める拝金主義と偏狭なナショナリズムが台頭する。社会不安増大に対し、セキュリティ重視のインフラが、特に東京で強力に構築される。
「床が埋まる実感がない」というのが参加者開口一番の感想でした。「追加投資が必要にはなるが、そのリターンも見えない」と渋い表情です。軍需産業への転換から、犯罪だけでなくテロのリスクも上昇し、都市開発におけるセキュリティ投資は飛躍的に増加することになります。「"人間らしく"あろうとする人が生きにくい世の中になる」と参加者からもスレッズが挙げられます。それでも「ハイセキュリティのデータセンター事業」や「人材バンク」「国民総背番号制による都市インフラの最適化」など、さまざまな事業機会が指摘されたのはさすがというべきでしょう。
......一度経済的、産業的な破綻が起きた後の社会。そのため、いろいろな野菜が混じったスムージーのような社会になる。最初は苦いが、いろいろ入っているので体にも良いし、慣れるとおいしくなる、というタイトル。最大の特徴は産業崩壊、行政退縮によるソーシャルセクターの台頭。経済価値・利潤の追求は"下品"と目される。産業は再生可能エネルギー、食糧、予防医療などが中心となり、働き方もアドホックワークが中心となるなど大きく変化する。社会インフラは多様化し、公共交通機関の発達により、東京駅乗り換えの必然性も低下し、ビジネス街としての大丸有の価値も相対的に低下する。
おそらくは現代的な意味での経済価値や企業価値が意味をなくす世界になるシナリオです。「集積を前提にした都市のありよう自体が無意味になる」という参加者からのスレッズは本質的な指摘でしょう。東京でオフィスを持つ、仕事をすることに価値が置かれない世界。社会的には望ましいとしても企業としてはつらく苦しい時代になる。とは言いつつも、「空いたオフィスを物流拠点に変える」など逆転の発想でビジネス機会を発案する参加者もいました。
最後に高内氏はラップアップとして、「シナリオ・プランニングは未来予測ではない。良い/悪い未来を描き出すことが目的でもない。未来に対して柔軟に備える思考方法だ」と改めて繰り返し、もし、実際に自分たちでシナリオ・プランニングをするならば「膨大な知識が必要なため、大勢で、みんなでやること」とアドバイス。そして、「ファシリテートするならば、外的要因を整理するフォーステーブルをしっかりと構築し、迷うことがあったらそこに戻るように」とエールを送りました。
また、今回のシナリオ・プランニングのレクチャーは、SBIにとっても意義のあるものだったと、高内氏は話しています。
「今、日本は大きなパラダイムシフトに差し掛かっていると言える。この100年の経済成長と人口増加は、1000年スパンで見ると異常なまでの特異点であり、次の100年は日本人がいままで経験することのなかった時代であり、今までと同じ視点で考えることは難しいし、シナリオ・プランニングも、今までとは違う視座で行う必要がある。今回、このシリーズを通して、ここまで経済成長が止まったシナリオを描いたのはSBIとしても初めてのことで、今後のシナリオ・プランニングにも敷延していきたい」
これまでも再三「この参加メンバーの質は高い」と高内氏は激賞してきており、このまま終わらせてしまうのは「もったいない」。「スレッズ、オポチュニティも出したが、さらに踏み込んだリアルなビジネスプランを具体的に出す試みなども行ったみたい」と、今後さらに3×3Laboでシリーズを展開していく可能性を示唆してくれました。どのような形でリスタートするか、楽しみです。