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「京都北山の文化・歴史を知る」をテーマに開催された「世界の京都・北山ブランド」創造ワークショップの第1回目。最初に登壇した京都府立京都学・歴彩館館長、京都大学名誉教授の金田章裕氏によるプレゼンテーションでは、京都特有の山河襟帯の地形、北山杉の里・中川の歴史的背景や北山丸太の生産工程、特徴などについて紹介されました。
ワークショップ後半は、京都北山丸太生産協同組合理事長を務める森下武洋氏のプレゼンテーションからスタート。中川に生まれ育ち、40年にわたって北山林業一筋に生きてきた氏ならではの視点から、北山丸太の魅力を紐解き、現在の課題や新たな取り組みについて解説します。
一家の唯一の子息として、生まれながらに家業の北山林業を担う使命を負っていた森下氏。「中学生の頃から親父に山に連れて行かれて、仕事を叩き込まれましたね」と軽やかに語るも、人生のほとんどの時間を北山杉に捧げてきた人の言葉には重みがありました。北山丸太の特徴についてはこう話します。
「金田先生のお話にもあったように、滑らかな木肌の美しさが一番の特徴です。 他の林業地帯との一番違いは、丸い丸太を丸いままつかっていること。北山丸太は植林から商品になるまで、およそ30年の時間を要します。基本的な太さは、直径12cm。各地域によって若干の太さの違いはありますが、これ以上太くても細くなってもいけません。この12cmの太さを実現するために、職人たちは代々受け継がれてきた技術を駆使しながら、手間暇を惜しまず丹念に管理を続けています」(森下氏)
「年輪の詰まっている方が、木肌の色ツヤ、光沢はより美しいのですが、このクオリティを保つためには、伐採の時期が非常に重要になってきます。例えば、20年で伐採したものは、どれだけ上手くつくっても、使うごとに色がぼやけてしまったり、ガサガサした木肌になっていきます。その逆に、60~70年で伐採した杉では、木肌にそばかすのようなものができてきます。早すぎず遅すぎず、北山杉は、ちょうど30年ごろが最適な伐採の時期です」(森下氏)
京都府の伝統工芸品(京都府)や京都市の伝統産業(京都市)の指定を受けている 北山丸太は、大徳寺高桐院の書院 茶室や京都島原の角屋、曼殊院書院鹿苑寺(金閣寺)の夕佳亭(せっかてい)など、茶室や建築物、和室の床柱など、古くからさまざまな用途で使われてきました。
「磨きの工程では、近年は水圧やたわし状のもので磨くのが主流になっていますが、磨丸太にはある伝説が伝わっています。旅の途中、北山の村で病に伏した僧侶がいました。村人たちが懸命に看病した末、元気に回復した僧侶が、お礼にこう告げます。"菩提の滝の滝壺にある砂で、丸太を磨いてごらんなさい"。村人たちが言われたとおりにやってみると、皮を剥いた丸太の表面から美しい光沢が生まれました。木材は都で高く売れるようになり、村はこの磨丸太の生産で大変栄えたというお話です。実際、滝壺で取れる砂は、一見すると普通の砂ですが、水につけて擦ることによって、丸太を磨くのにちょうど適した泥状に変化します」(森下氏)
森下氏によると、隆盛期を迎えた1980年代に比べると、近年、北山丸太の需要は約20分の1まで減少したといいます。その最たる理由は、自宅で行う行事が少なくなったこと。
「かつては、結婚する前に結納を交わすのも、結納品を飾るのも床の間でしたが、多くの家庭において、今は結納や結婚披露宴などのような日本独特の風習を家の中で行うことがほとんどなくなりました。これが、床の間のシンボルとして親しまれてきた床柱の需要減少の大きな一因といえます。大切なお客様をおもてなしするのも、床の間に取って代わりリビングを使うなど、時代とともに人々の生活様式が大きく変わったことも影響しています」(森下氏)
北山では今、こうした変化に対応していくために、さまざまな趣向を凝らした新たなカタチの北山丸太を提案し、その魅力を発信し始めています。例えば、現場での工費や施工時間を大幅にカットすることを可能にした床柱のプレカットや古くからある織部床に唐紙を加え、洋室にもつけられるようにアレンジしたリフォーム向けの壁面装飾。
「マンションの梁下にあるような奥行き20~30cmほどの隙間に装飾を飾ることで空間が生きてきます。またデッドスペースになった梁下や壁とクロスとフローリングだけの空間に、一本仕立ての丸太を1本立てることによって、温かみのある雰囲気を演出することができます。柱の下にアジャスターを付け、突っ張り棒のように簡単に取り外しできる仕様のものも考案しました」(森下氏)
一本仕立ての丸太は、ガラスシェルフと組み合わせて店舗の飾り棚にするなど、他にも新しい使い方がさまざまに提案されています。
木造幼稚園棟の耐震改修として、北山丸太をトラス組みにして、緩やかで力強い架構を組んだり、複数の北山丸太を等間隔に設置することで、のれんのような効果を生み出すパーティション、デパートの内装やホテルに展示するオブジェなど、これまでにはなかった新しい取り組みについては、インスタグラムなどのSNSやウェブサイトを通じて、積極的に情報発信を行っています。森下氏によると、北山の魅力をより多くの人に体感してもらおうと、北山丸太の産地である中川と施工事例の見学ツアーも予定しているとのこと。今後の動向に要注目です。
続いて、パネルディスカッションへ。京都はもちろんのこと、オーストラリアやヨーロッパ、北アメリカなど、海外の地理学研究にも造詣の深い金田章裕氏(京都府立京都学・歴彩館館長、京都大学名誉教授)。「その観点から、ぜひ京都北山を紐解いていただきたい」とファシリテーターの佐藤岳利氏。
「海外から日本がどう見られているかという点でいうと、19世紀にフランスを中心にヨーロッパで流行したジャポニズムが、日本への関心を持つ最初の大きなきっかけだったと思います。浮世絵や琳派や工芸品など、それまでヨーロッパになかったものとして注目され、知られるようになりました。建築関係についていうと、一般的には、日本庭園や茶室建築がよく知られています。オランダなどでは松材が建築材として使われており、その他のヨーロッパの国でも知られています。一方、木としての杉が知られていても、建築材としての杉は、残念ながら今のところはほとんど認識されていないのが現状です。今後、北山丸太の魅力を知ってもらうためにも、大いに販路を広げていかれると良いのではないかと思います」(金田氏)
金田氏が館長を務める歴彩館では、川端康成の不朽の名作「古都」を現代版として映画化した作品を12月4日(火)に上映しました。今作には、美しい自然に恵まれた北山の情景や北山丸太の加工に勤しむ村人の姿が描かれています。
「京都北山の良さを少しでも多くの人に知ってもらいたいと思い、国際交流基金京都支部と合同での開催となりました。外国人留学生にも伝わるように、英語字幕付きで上映しました」(金田氏)
京都は、言わずと知れた人気の観光都市。訪日外国人客数は2000万人を優に超え、市街はどこもかしこも行列だらけといった状態ですが、今、中川地区の観光はどのような状況にあるのでしょうか。佐藤氏が尋ねると森下氏は次のように答えました。
「昨年、ある大手の旅行代理店が関東方面のお客様を対象に、中川地区のガイドツアーを企画しました。現地集合、現地解散で定員は20名。おかげさまで、初日で完売しましたが、中川は観光のためにつくられた地域ではないため、まず周辺の整備をしなくてはならないという課題が前提としてあります。一番の問題は、トイレです。まずは整備を推進していきながら、少人数での体験ツアーなど、実現可能な範囲での観光客の誘致に尽力していく次第です」(森下氏)
ワークショップを終えたあとは、ゲストスピーカーの森下氏を囲んで交流会が行われました。この日のために料理研究家によって特別に考案されたメニューは、しょう油や出汁が完成したとされる室町時代の調理法を意識した豪華なラインアップがずらり。
赤味噌、白味噌の両方が楽しめる南瓜の味噌田楽、ごぼうの昆布巻き、キジ鍋風みそ汁、ニンジンの含め煮のほか、お稲荷さんやゆかりご飯など、盛り付けにも趣向が凝らされた美しいごちそうの数々。箸をつける前に写真に収める参加者の姿もありました。
京都北山の歴史と文化を知るべく開催された第1回のワークショップ。次回以降は、佐藤岳利氏のファシリテートのもと、日本の地域ブランディングの成功事例を取り上げながら、「京都北山ブランド」を築いていくための核心に迫っていきます。