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2010年頃から再開発が進み、今、多くの企業や商業施設、大学等が集積している横浜・みなとみらい地区。この状況を追い風として、みなとみらいから新しい「コト」を起こすため、みなとみらいを中心に魅力のある社会を創ることを目指していくために実施されているのが、この「みなとみらいフューチャーセンター(FC)検討ワークショップ」です。
本ワークショップは2017年度にも3回に渡って開催。前年はみなとみらい地区に拠点を構える企業を中心に「みなとみらい地区のポテンシャル」「2030年の未来像」「FCによって創出されるワーク、ライフスタイル」「未来生活のアプリケーションのアイデア発想」といったテーマに対する検討が進められました。
そして2018年度は、さらなるFC活動強化に向けて2度に渡るワークショップを実施することになりました。初回はインプットを中心に展開。大企業や中堅企業のイノベーションを支援するアクセラレーターである一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)専務理事・西口尚宏氏をお招きして基調講演を行っていただきました。
西口氏は、JINの専務理事だけではなく、国連開発計画(UNDP)のイノベーション担当上級顧問やイノベーション経営を実施する経営者のコミュニティ「イノベーション100委員会」の運営なども行う、日本におけるイノベーションの第一人者とも言える人物です。そんな西口氏からは「イノベーションをどう興すか?」というテーマで講演が行われました。
"イノベーション"というと、優れた能力を持った個人や小集団が巻き起こすものというイメージを持ちますが、西口氏は「個人が頑張ってイノベーションを興す時代は終了した」と話します。
「JINを設立したのと同時期に、ヨーロッパでは"イノベーションの興し方を標準化する"という議論がスタートしました。我々もその議論に加わっていますが、そこでは"イノベーション・マネジメント・システム(IMS)"という考え方に則り、組織的にイノベーションを生み出していくためのガイダンスを作成しています。ガイダンスはもう間もなく発効される予定ですので、個人だけで頑張っていては太刀打ちできない時代がすでに始まっているのです」(西口氏)
逆の視点で言えば、これまではIMSの考え方がなかったが故に大企業などの組織でイノベーションを興そうとしても、「アクセラレーションプログラムやハッカソンを実施しても変化が起こらない」といったことや「中心人物の異動や退職でイノベーションの動きが下火になる」、あるいは「既存のシステムとの戦いに終始するに留まる」といった課題に行き当たるだけだったのです。
また西口氏は、そもそもイノベーションの定義が誤解されがちであるとも言います。
「イノベーションは"新規事業"を意味する言葉と考えている方が多くいますが、それは正しくありません。2004年にアメリカで発表された『パルミサーノ・レポート』では、『発明と洞察の組み合わせにより、新しい経済的・社会的価値を生み出すこと』と定義づけていますが、ここにあるように、洞察を基に新たな価値を生み出すことが重要なんです。よくある技術革新という訳は間違いです」(西口氏)
西口氏は、具体的にイノベーションを興す方法についても言及していきます。まず大切なこととして挙げたのが、「現実から創りたい未来にシフトする」ことと「構想をデザインする」ことです。
「現在のAという経験値から、将来のBという経験値に至るまでのシフトを意図的に興す。これがイノベーションの本質です。このシフトは意図を持たない限り起こせません。逆に言えば、意図を持ってシフトをしていくことこそがイノベーションなのです。
どのような構想のもとにシフトさせていくかも非常に重要です。つまらない構想を一生懸命実行していっても大したことは起こりませんし、逆に、素晴らしい構想であってもそれを実行していかなくては何も起こりません。ですから、シフトの中身である構想をいかに素晴らしいものにするかどうかが勝負の分かれ目であり、それこそが競争力の源泉になります」(西口氏)
AからBにシフトをしていくためには「現状に異議を唱え」なくてはなりません。そのためには現状を知り、独自の切り口で情報を組み換えていくことが、今後の人材や組織に求められる能力であるとも、西口氏は話しました。
イノベーションは(1)課題発見、(2)コンセプト化、(3)事業モデル化、(4)事業プラン策定、(5)ファイナンス、(6)立ち上げ、(7)発展、という7つのステップで興っていきますが、この内(1)〜(3)を「事業創造ステージ」、(4)〜(7)を事業立ち上げステージと定義されています。西口氏は「"事業創造ステージ"は"試行錯誤の段階"と言い換えることができる」とした上で、「この試行錯誤をいかに効率的にやっていくかが勝負の分かれ目」と説明しました。
「組織的にイノベーションを生み出していく経営を標準化しようとしているという話をしましたが、"試行錯誤の段階"を効率的に進める方法がそれに該当します。その議論の中でひとつ挙げられているのが、"試行錯誤の段階では、宝探しをするのではなく原石磨きをすべき"ということです。
はじめから素晴らしいアイディアというものはほとんどありません。もしもそんなアイディアに出会ったとしても、大抵それは既に誰かがやっているものです。ですから、この段階では原石を見つけ、磨いて育て、それを価値に変換していく組織的な活動が必須なのです」(西口氏)
試行錯誤の段階ですべきことが標準化されると、組織でイノベーションを興すための筋道が見えやすくなります。ただし、標準化が進めばイノベーションを興しやすくなるというわけではありません。もう一つの課題が、現状維持を望む人や前例主義の人など、イノベーションを止めようとする存在です。彼らに対処していくためには「組織内の"えせ正義の味方"の存在を前提としたエコシステムの構築」が必要となります。このエコシステムは、(1)経営者、(2)事業創造人材・チーム、(3)加速支援者、(4)社内プロセス、(5)社内インフラ、という5つの要素を含んだものでなくてはならないとも、西口氏は話しました。
加えて氏は、「イノベーション活動を進めていく上でのポイント」についても語りました。
「"イノベーション活動を進めているが成果に結びつく気がしない"、"アイディアが小粒で経営者に報告できない"といったご相談をよくいただきます。イノベーションを興すための特効薬は存在しませんが、こういったお悩みに対しては"大きなシフトを狙うべき"というアドバイスを送っています。A地点からB地点にシフトをしていく上で、小ぶりなシフトでは小ぶりな未来しか創れません。大きなことを考えて、大きく動くことが大切なのです」(西口氏)
最後に西口氏は、昨今世界的に取り組みが進められているSDGsとイノベーションの関連について語りました。氏はまず、SDGsに取り組む上で次の4点に留意すべきと言います。
(1)先進国においては「持続可能な発展・成長目標」と訳す。 (2)CSRとは別物であると認識する。 (3)SDGsは「環境問題」だけを指しているのではないことを理解する。 (4)SDGsは自社事業のコミュニケーションツールではないことを認識する。
特に(4)について、西口氏は次のように力説しました。
「SDGsは"達成しないとならない"ゴールであり、かつどれだけ達成されているかを毎年測定しています。ですから、例えば"当社の○○という製品はSDGsのゴール11に対応しています"とアピールした場合、世界的には"ではその製品があることで、その課題がどれだけ解決されているのですか?"と聞かれてしまいます。SDGsを自社事業のコミュニケーションツールとすることを我々は"タグ付け"と呼んでいますが、タグ付けをしていると世界では恥ずかしいことだということを認識すべきでしょう」(西口氏)
ではSDGsを達成していくためにはどうすればいいのか。そこで出てくるのが「AからBにシフトする」という考え方です。例えばSDGsのゴール12の「つくる責任 つかう責任」で「2030年までに世界の食料廃棄を半減する」というターゲットが掲げられていますが、これに取り組む際、まずはA地点(=現状)を確認する、つまり「現在日本ではどれだけ食品ロスが起こっているのか」を知り、その上でB地点(=理想の解決策)を考えていくのです。もちろん理想は理想であり、必ずしもその通りに事が運ぶとは限りません。しかし、「ゴールについて語ることではなく、実際にゴールに向いて動くこと」が重要であると、西口氏は話しました。
「本当に食品ロスを半減しようと思うと、政策や人の行動を変化させたり、プロセスやプロダクトをデザインし、組み合わせることが必要です。ただしこれは、ひとつの企業で実現するのはとても難しいものです。ですから、この場のようにオープンイノベーションが重要になってくるのです」(西口氏)
こうして、西口氏の基調講演は終了の時間を迎えました。イノベーションという言葉は一見曖昧模糊としているようにも感じますが、氏の話すようなポイントを押さえていけば、大企業でもイノベーションを興していける。参加者はそう感じたのではないでしょうか。
基調講演に続き、このワークショップのファシリテーターを務めるStrategic Business Insightsの高内章氏より、みなとみらいの未来を考えていく上で欠かせないキーワードがいくつか提示されました。高内氏がまず挙げたのは「未来は予測できないものである」ということです。
「今の社会構造を成り立たせているテクノロジーやツールは必ず変化していくため10年後には、今とは全く異なるセットのテクノロジーやツールが、未来の社会構造を規定していることは間違いありません。。ですから、未来を考える人は皆、今とは異なる構造の可能性に身を置いて考察をする必要があるのです。 しかし、残念なことに、予測できるのは「未来の構造が今の構造とは異なる」ということだけ。実際にどんな技術やデバイスが使われているのか、人々がどのようにそれを使って生きているのかは、大きな不確実性のベールの向こうに霞み、実態を現すことはありません。だから、いくら合理的な仮説を構築して、自分の計画の正当性を主張してみたところで、そのゴールにたどり着ける可能性は極めて低いと言わざるを得ません。それでも、未来観を共有するということは、イノベーションのステップを踏み出す組織とってとても重要な意味を持つのです」(高内氏)
過去に起きた構造の変化振り返ると「今とは異なる構造に身を置いて考察する」という概念がよく理解できます。、高内氏は、実際にインターネットの登場以降から現在に至るまで起こった変化を10年単位で振り返り、インターネットによって起きた様々な構造変化について説明されました。インターネットの普及は、単に私たちが使う技術や道具、仕組みを変えただけではありません。そこに作られた新たな市場を介し、プロバイダー側から投げられたボールを生活者が受け取り、そこに新たなニーズが生まれ、両者の対話は指数関数的に拡大しました。それは、人々の行動や暮らし、働き方を大きく変えたばかりか、人々の思考方法までもダイナミック変化させてきたのです」(高内氏) こうした説明に寄り、日常生活で少しずつ積みあがった様々な変化が整理された時、10年、20年前の社会構造と今の社会構造にどれだけ大きな差があるかが如実に理解されました。
高内氏は続けます。「今後10年、5Gによって流通し記録されるデータは今までとは比べ物にならない速度で拡大していきます。このデータ量の増大は、確実にAI関連技術を進展させていくでしょう。ブロックチェーン技術も見逃せません。個人間の信用が容易に確立されるようになれば、個人情報の取り扱いをITジャイアントに丸投げする必要もなくなり、WEB3.0と呼ばれるような分散型のインターネット利用が台頭する可能性もあります。過去10年の変化を牽引したスマートフォンというデバイスは、人々をインターネットに常時接続し、様々なサービスプラットフォームを提供する大小のサービスプロバイダーに「アイコン」という受付窓口を提供する商品棚を提供しました。今や、アイコンを棚に乗せることができないサービスなど、この世に存在しないも同然です。しかし、動線を阻害し人の時間を食いまくるこのデバイスがいつまでその繁栄を謳歌できるかもまた不確実です。一つだけ言えることは、このデバイスも「操作から委譲へ」というコンピュータ環境の大きな変化の流れに背くことはできないと言うことくらいです。10年先には、きっともっとさりげない形でサービスを提供するプロバイダーたちが、異なった方法で生活者と繋がっているのではないでしょうか。繰り返し申し上げます。未来の構造は、今とは相当異なった姿をしているでしょう。10年単位の事業創造を目指すなら、その可能性の一端だけでもつかんでおく必要があるとは思いませんか?」
「西口先生もおっしゃったとおり、そもそもイノベーションを企てる一派は、オペレーションを安全に遂行する人たちと同じ屋根の下に共存しにくい性格を持っています。だからこそ、その違いをしっかり理解して取り組む必要があるのです。スティーブ・ジョブスがいない大企業が、今の社会で安定なオペレーションを展開しつつ、未来に対して可能な限り大きな投資を続けていくためには、未来に価値を提供する『大きな目標』と、『旅程(ロードマップ)』を共有しておく必要があります。自分たちが提供しようとする価値は、どんな構造(条件)の中で成立する仮説なのか、そして今自分たちは旅程のどの辺りを旅しているのかを、プロジェクトに関係している人たちが共有している組織は、自分たちの戦略が毀損される条件、言いかえれば『戦略のぜい弱性』についても共通の言語を持っています。だから進むべき時は少々の失敗にも耐えることができ、やめるべき時はすっぱりと判断できる。未来観の共有、すなわち今とは異なる『未来の構造に関する理解を共有する』ということが必要なわけは、ここにあります」(高内氏)
この日の最後には、昨年この準備会に参加したメンバーで作成した「未来観」をざっくりと共有し、構造の異なる未来に身を置いて考えることで、「未来のみなとみらいに、"未来の社会構造だから"こそ提案できそうな価値」についてディスカッションするディスカッションを参加者同士で行いました。
西口氏、高内氏の2人から多くのインスピレーションを受けた参加者は活発な議論を展開していきました。参加者たちは、短い時間で「コミュニティ形成」や「食品ロスに関する取り組み」など、未来の構造だから許される価値提案の手ごたえを感じたようで、次回以降に期待を抱かせるワークとなりました。
最後に高内氏は、次のようなメッセージを送り、セッションを締めくくりました。
「資本主義がスタートしてから200年が経ちました。資本主義は本来"幸福"を目指して経済活動を営むものでしたが、現代の先進国においては経済成長と幸福が相関していません。ですからこれからの未来を考えていく上で、幸福をゴールに設定することが重要です。そんな未来を夢見て、このワークに取り組んでみてください」(高内氏)