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3×3Lab Futureに集うメンバーと、さまざまなテーマで議論する企画「さんさんストラテジックミーティング」。第5回は「ポストコロナ時代の働き方」をテーマに実施しました。新型コロナウイルス感染症によって大きく変わろうとしている働き方の問題について、実は「あまり批評的な言説がない」と、本企画主催であるエコッツェリア協会の田口が指摘しています。身近で切実な問題であるにもかかわらず、深く掘り下げられたことがあまりなく、ふわふわしたイメージと周辺の環境の中でしか語られていない「働き方」。今回は、「働き方の裏側にあるモノを掘り下げ、課題を再設定するのが狙いだった」と田口は話しています。
このテーマに話題を提供したのは、複業業界の第一人者の塚本恭之氏(ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社 代表取締役)。パラレルキャリア、プロボノ、複業の推進に尽力しており、働き方改革の急先鋒であるともいえるでしょう。話題提供は、渉猟した働き方、労働、経済に関連する膨大なファクト、データを提示し、「考えてもらうのがテーマ。いわゆるEBPMのようなことをやってみたかった」と話しています。
塚本氏はまず、働き方改革の概要を説明。第一次安倍内閣から始まるもので、当初は裁量労働制の導入、残業時間を減らすといった、労働投入量を減らすところから始まっています。
そもそも働き方改革は、生産性の向上を目的としています。生産性とは付加価値と労働投入量の商によって導かれるもので、つまり、分母=労働投入量が小さく、分子=付加価値が大きければ生産性も高くなるという計算で導かれます。
付加価値としてよく取り上げられるものがGDP。
「国としては一番の付加価値であるGDPを上げたい。労働移動による活性化、複業解禁によるキャリア形成、さらにいえばSociety5.0、AI、ITを使い、その一方では労働時間を減らし、健康で働けるようにしましょうと。そうやって付加価値を高め、労働投入量を減らして生産性を上げましょう、というのが働き方改革の中身だった」
企業では残業を減らす方向に進みましたが、かえって若年層は収入が減少する、管理職ではサービス残業が増え勤務時間が増えるという問題が起き、中小企業ほどその傾向が顕著になったそうです。
ここからは働き方改革に関連するファクト、データの提示・解説となります。これはデータの検証や背景の考察なども含むもので、一般に流布しているイメージと違うものもあります。しかし、それらのデータやファクトについて、塚本氏はあくまでも「ファクトを次々と見てもらう」「考えるのは自由、好きなように考えてほしい」と話しています。
【GDPと人口、生産性】
国が最重要視する付加価値の基準がGDP。データで見ると実際に日本のGDPは1994年、95年頃より成長率が鈍化し、ほとんど伸びていません。2001年比で他国と比べてみると、先進国中、比較的経済が低調であったイタリアやフランスでも1.4~1.5倍あるところ、日本だけが1.0倍という数字で、「日本のGDPは全然伸びていないという話はなんとなく聞いたことはあると思うが、本当にGDPは停滞している」。
生産性と密接な関係にある労働人口も、日本はどんどん減少。また、国際的な競争力も、日本は1992年のトップから、現在では30位まで落ち込んでいます。「この辺りの数字が、日本はだめだという危機感を煽るのに使われていると思うが、実際はどうなのか、というところがある」と塚本氏。
というのも、ルクセンブルグ、アイスランド等、ヨーロッパの「生産性が高い」とされる国では人口が少なく、租税回避地としてマネーが流入しているからです。分子が小さく分母が大きいので生産性は高くなるのは当たり前。また、「日本人は働きすぎ」と言われていますが、実は労働時間の短縮も進んでいます。世界的に見ると、日本よりも働いている国があるほどです。労働人口も実は2012年を境に上昇に転じ、非正規雇用はジリジリと増え40%近くなっているものの、かつて問題視された派遣社員は増えておらず、パートやアルバイトなどの労働が増えています。
【労働に関する諸データ】
失業率については、実はそもそも日本では「仕事を探しているが見つからない」という人だけをカウントするという手法で、失業率が「低くなるように設定されている」ため、「日本では失業率が低い」ということになっています。この数字には休業者はカウントされないので、コロナ禍ではこれが問題になるのではと塚本氏は指摘しています。
人件費総額の推移を見ると、新型コロナウイルス感染症の流行前までの段階で、雇用者数に対する人件費総額は上昇しています。しかし、実質賃金は、1996年以降、先進国中、日本だけが「一人旅」で下降の一途を辿っています。GDPの成長と相関性があるようで、日本はGDPが伸びておらず、給料は下がっている。GDPが上昇している他国では実質賃金も上昇しています。
平均年収は、20年前の470万円弱から10年で400万円を割るところまで下降しましたが、その後幾分盛り返し、最新データでは420万円まで回復しています。しかし、その年収のボリュームゾーンがバブル世代=50~60歳の層なのは問題ではないかと塚本氏は話します。
一方で、社会的な問題にもなった企業の内部留保(利益剰余金)は年々増加しており、売上総利益に占める人件費の割合(≒労働分配率)は、1980年には70%近くあったものが、現在では54.8%に下がっています。
【女性・高齢者・外国人】
働き方改革で必ず議論になるものに、労働市場のマイノリティー「女性」「高齢者」「外国人」があります。
女性はその活躍が求められている一方で、少子化との関連でM字カーブの問題解決や、職場や待遇の改善が議論されています。しかし、平成の30年でM字カーブの問題は大幅に改善されました。また、出生率は「女性の働き方との関連はもちろんある」が、「一人当たりGDPとの相関性が大きい」とも塚本氏が指摘。国際的には、一人当たりGDPの多い国ほど出生率が高く、少ない国は出生率が低いという傾向が顕著になっています。
外国人労働者は現在140万人を超えています。アベノミクスが始まってから急激に伸び、この10年で100万人増、さらに今後10年で390万人にまで伸びると予測されているとのこと。「日本は移民を受け入れていない」という批判がありますが、実は労働者の移住者数は世界第4位。「ドイツみたいに難民は受け入れていないが、働く人は受け入れている。すでに立派な移民国家といって良いのではないか?」と塚本氏。
高齢者を巡っては、「コロナ禍の中でひっそりと始まった」という「高齢者雇用の70歳まで努力義務」を紹介。定年が65歳まで引き上がったのは10年前。「5年後には75歳まで引き上げられるかもしれない。今これを聞いている人たちは80歳までは働かないといけなくなるかもしれない」。
【政策・企業動向】
働き方改革の政策でホットトピックスとなるのが、2019年3月の提言「生産性強化と人的資本投資について」と、2020年7月に閣議決定された「骨太方針2020」(経済財政運営と改革の基本方針2020)です。
前者は有識者(竹森俊平、中西宏明、新浪剛史、柳川範之)が内閣府に対して提言したもので、ジョブ型雇用と「複線型教育」と呼ぶ学び直しの推進が求められています。後者はコロナ禍からの回復、ニューノーマルへの対応が主ですが、提言を受ける形で副業、兼業の拡大、テレワークの推進、女性活躍推進、ICT、RPAの活用、先端人材の教育、学び直しなどが盛り込まれています。
企業側でも副業解禁の動きが加速しています。今年3月のリクルートのレポートによると、副業解禁の企業は全体の30%。社員のスキルアップ、離職防止等の理由に並んで、「社員の収入増のため」という理由も。「一方で、良いのか悪いのか分からないが、副業OKにするから給料は減らすよという会社もある」というので、難しいところです。
また、これまでの副業兼業の主流は、「個人事業主」になることでしたが、今後は「他社雇用の形態が増えるのではないか」と塚本氏は予測しています。同時に大きなムーブメントとして「社内副業」も増えるだろうとも推測。社内起業をして"従業員兼社長"という社員が増えるということ。
「Yahoo、ユニリーバなどの大企業がスポット型の副業雇用を募集している例もある。今後は『大企業to大企業』の副業が増えるだろう。また、社内副業は、仕事がプロジェクト化して働きやすいために増えると考えられる。今後、組織や所属に縛られない、柔軟な働き方が増えていくようで興味深い」と塚本氏は話します。
【コロナ時代の働き方】
新型コロナウイルス感染症によって進んだ現象にテレワーク、オフィスの変化などがあります。
テレワークの実施率は3月の時点で13.2%、緊急事態宣言が出された4月は27.9%。解除された5月には25.7%と微減。「もう少し進んでいると思ったら意外と少ない」と塚本氏。今後の継続意向は、若年層、女性層が特に強く示しており、高齢者の男性ほど厭う傾向がはっきりしているそうです。
このテレワークの推進と並行して、オフィスの縮小、削減の動きが出始めています。「特にベンチャー、スタートアップで顕著。販管費削減の狙いもあるし、テレワークの成功が後押ししているのだろう」と塚本氏が分析。オフィスを郊外へ移転する、規模を小さくして六本木などの高物件へ移転するケースもあるとのこと。そうして浮いた経費を人件費として還元したり、BYOD(Bring Your Own Device)等ハード機器の強化に力を入れることもあり「建物から人へ」の傾向が強くなっています。
大企業では、フリーアドレスからABW(Activity Based Working。個々人の活動を最大化する自由度の高いオフィス形態)への移行が進み、同時に外部連携するためにシェアオフィスを使用するケースも増えているそうです。
大企業同士の会員制シェアオフィスでは、イノベーションを起こすためにあえて知見をシェアしていこうとする動きが盛んと塚本氏は話します。
【早期退職・解雇制度】
働き方改革の推進の裏側で、コロナ禍の影響もあって早期退職制度をとる企業が増えているそうです。新聞報道では40社を超える上場企業で採用されており、今後さらに増えると予測されています。
リストラも、かつてのような「赤字リストラ」ではなく、利益が潤沢なうちに人員整理する「黒字リストラ」も増加。
「今年はこの両方が起きるだろうし、組合が弱体化や副業の拡大に伴って、この辺りから解雇規制緩和が始まる可能性が高いのではないかなと思っている」と塚本氏。
【ベーシックインカム】
アベノミクスは一部にケインズ的な政策を取り入れてはいるものの、財政緊縮を推進するいわゆる新自由主義に則った政策をとってきました。法人税は下げ、企業の利益を最大化することで経済を回し、国民に還元しようとする発想で、同時に消費増税を行って財源を確保する。
消費税が「あまねく取る」ものだとすると、逆に「あまねくあげる」のがベーシックインカムです。もともとは「負の消費税」とも呼ばれ、社会的弱者への支援として考案されたものでしたが、新自由主義においてはすべてに対し無条件に一定額を支給し、「社会保障費も入れるから自己責任でやってください」という形になるのです。国際的には試験導入や議論が進められており、塚本氏は日本でも今後さらに議論が進められるだろうと話しています。
塚本氏は、これまでの話題提供を「論点」として以下のようにまとめています。
「副業・兼業」......大手to大手の他社雇用が増える可能性。同時にスキマ感覚の手軽な副業も増えるだろう。ただし、マッチングサイトが乱立するなど、副業の単価が下落する可能性も高い。自身のキャリア形成を考えて副業を選ぶ必要がある。
「テレワーク」......さまざまな形でオンライン化が進む。個人のオンライン武装が必要になる。テキストコミュニティ等、コミュニティの仮想化にも対応していくことが望ましい。
「未来のオフィス」「解雇規制」......オフィスの変化に伴い、労働移動の促進によって生産性を高める方向で政策がとられる。これは解雇規制の緩和につながるもので、キャリア観を持つこと、自分が何をやりたいのかを問い直すことが重要になるだろう。
「未来のオフィス」......組織の在り方やテクノロジーの変化によってオフィスの在り方が変わる
「解雇規制」...... キャリア観を持つことと同時に、「食える仕事」「価値が出せる仕事」を常に模索して備える
「ベーシックインカム」......政策的には社会的弱者の支援の側面もあるが、財政緊縮派が言うと趣が異なることになる。誰が言っているのか、財源がどうなるのか、トータルで考え、議論する必要がある。
後半は、話題提供を聞いて出された参加者からの意見、質問を発表してもらい、塚本氏も交えての議論を行いました。田口が「働き方改革は他人事ではない」というように、参加者それぞれに物語と思いと考えがあり、多様な現状を共有しあう、充実した議論となりました。
最初は「複業(副業)」をテーマに議論が進みます。
A「地方では、企業で働きながら農業や家業を営むのが普通。しかし東京、ひいては政府の議論では、他社に雇用される副業のあり方が中心なのは、働き方の多様化を進めるうえでどうなのか。もっとワークインライフの視点で考えるべきではないか」
B「理想論では、さまざまな仕事を経験し人生を豊かにする、それによって経済を活性化するという狙いがあったろうが、実際は自分が得意で実績のある領域でしか副業できない現状がある。どうせやるなら、チャレンジングできるような、自由度の高い副業を推進したい」
C「雇用前提の複業ばかりなのが残念。こういう状況なので、『お金をもらうソースを増やす』という複業に意識が行くのは仕方がないにはしても、もったいない気がする。もっと自分の可能性を知るという目的の複業があって良いのではないか」
塚本「ほとんどの人にとって複業はお金を稼ぐためのものなのが現状。そこで出てきているのが『ギグワーク』の考え方。単発バイトのように低単価だが気軽にできるのもので、シェアリングエコノミーの一種。ただし、これはやればやるほど単価は下がってくものなので、複業とは何か、なんのためにやるのかという議論は、もっとするべきだと思う」
テレワークをめぐっては、話題が広がり、広角的な議論となりました。
D「テレワークがメインになって、出社の必要がない人は出社しないのが常態になった。しかし、チームリーダーの意向によってテレワーク推進度が変わるという現状もある。また、管理が監視のようになってしまう傾向もある。誰とどのようなミーティングをするのか、逐一報告、許可を得なければならない。中間管理職の位置づけや業務のあり方を再定義する必要があるのではないかと感じる」
E「テレワークになって、価値を創造するのは本当に手を動かす仕事ではないかと感じるようになった。一方で地方では農業が兼業であるなど、手を動かす仕事が当たり前にある。コロナ禍の現状を併せて鑑みるに、今後は都市部のホワイトカラーが、一番危ういのではないか。複業でもなんでも試して、現状を変えていくことにトライしないと飢えることになるのでは」
F「テレワークやプロジェクト型、ジョブ型の働き方が増えると、誰のための仕事で、どこにベネフィットを生むのかの見通しが難しくなる側面があると感じる。また、社会を成り立たせるお金をどうやって集めたらいいかという視点がなく、今後甚だ難しくなるのではないか。会社というホームがなくなったときに、社会を成り立たせる基盤が何になるのか、考える必要がある」
塚本「これは大きく言えば、場所の縛りから解放された、次の経済を生む集合体をデザインし直すべき時代になっているのだということだと思う。うまくデザインしなければ、勝つ人だけが勝つという社会になりかねない。デザイン・シンキングするのならそこをデザインしたほうがいいだろうと思う」
解雇規制については、実際に早期退職を勧告された参加者が、赤裸々な現実を紹介。以下はその発言の一部を抜粋したものです。
G「名目上は、セカンドキャリアへのチャレンジを支援しますというポジティブな制度だったが、実態はお金を渡すので辞めませんか?というもの。そして、私の意志で辞めるのだという確認が取れるまで面談が続きました」
塚本「今後こういう不安が増えるのだと思う。50歳で辞めて割増金を含めて退職金5000万円だとしても10年そこそこで終わる。60歳から何もありませんでは生きられません。サバイバルとして40歳から定年を考えて、キャリアを大事に考える必要があるでしょう。コロナ禍の現在ではさらに厳しくなると思います」
この他、ベーシックインカム、格差、オフィスなどのテーマで議論百出し、その意見のいずれもが実感のこもったもので分かりやすく、身に迫るものでした。塚本氏の「考えてもらいたい」という思惑どおりであったと言えるかもしれません。また、田口が狙ったように働き方改革に関するクリティカルな言説が蓄積されたこともひとつの成果であったと言えるでしょう。塚本氏は最後に次のように述べ、さらに考えることの重要性を訴えています。
「安倍首相が辞意を表明した本日は、ある意味働き方改革の大きな流れが終わる日になるかもしれません。これは取りも直さず、働き方改革のバトンが、皆さん全員の手に渡されたということだと思います。これからの時代は、一人ひとりがしっかりと働くということを考えなければいけない時代になるのだと思います」
また、今回の塚本氏の話題提供は経済学をバックグランドにしていますが、実は金融工学でも経済政策でもなく、純粋に「経済学」をツールに社会を考える視点は、これまでのイベントにはあまりないものだったかもしれません。今後もこうした経済学視点の議論が増えることにも期待したいところです。
次回のストラテジックミーティングはアスリート、スポーツ産業をテーマに開催する予定です。