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東日本大震災から12年の時が経った福島県。今なお復興への歩みを進める最中にありますが、エコッツェリア協会ではその後押しをするべく「ふくしまフードラボ」を開催しました。福島県の食材や地酒への理解を深め、その魅力を広く発信していくこのイベントは、2022年の前回はチケットが完売するほど大好評でした。
2回目となる2023年は、福島県が復興からさらに次のステージへと進むために、新しい取り組みをしている方々の活動紹介や、福島県の食やお酒を楽しみながらこれからの地域のあり方について考えていくことを目指しました。9月9日(Day1)と9月30日(Day2)の2日間に分けて開催されたイベントのうち、この記事ではDay1の様子をレポートします。
●岩井秀樹氏(福島大学地域未来デザインセンター 副センター長/経済経営学類 教授)
Day1では、福島県の食とお酒にまつわる活動をしているゲストが、その魅力について紹介していきます。最初に登壇したのは岩井秀樹氏です。東日本大震災の後、東京と宮城県石巻市での2拠点生活を経て福島県に移住した岩井氏は、現在は地域課題解決や独創的で持続可能なビジネス開発などの研究を行う福島大学地域未来デザインセンターで副センター長を務めています。そんな岩井氏は福島県に移り住んでからの "困った事情"に悩まされたと言います。
「ちょうど私が福島に移った2016年、福島県は全国新酒鑑評会で22銘柄が金賞を受賞しました。まさかそこまで日本酒が揃った地域とは思わず、せっかくなら飲むしかないということで毎晩のように日本酒を飲んでいたら、わずか3ヶ月で血圧が10も上がってしまいました(笑)。こうした土地柄もあって福島大学ではお酒を作るチャレンジ等もしています」(岩井氏)
そんな魅力に溢れた福島県について、岩井氏はクイズを出していきます。例えば、福島市が「一世帯あたりのまんじゅう購入額」が全国1位であること、福島県が「養殖鯉の生産量」が全国2位であることなどに触れました。参加者のうち全問正解した方には、岩井氏の血圧を上げてしまったほど美味しい日本酒が贈られました。
●鈴木大介氏(鈴木酒造店 5代目蔵元)
続いてマイクを握ったのは、福島県の浪江町で鈴木酒造店を営む鈴木大介氏です。東日本大震災の後一旦山形へ拠点を移し、後継者がいなかった酒蔵の全株式を取得して鈴木酒造店長井蔵として事業を再開した鈴木氏は、2021年に念願叶って浪江町で事業を再開します。その際、震災以前の事業を取り戻すだけではなく、福島県以外の地で酒造りを続ける中で得た経験を活かして新しい取り組みを始めました。
「酒造りをしていると様々な副産物が出てきます。例えば酒粕には機能性成分が豊富に含まれています。これを低温で蒸留してアルコールを抜き、米ぬかを混ぜて乳酸菌で発酵させると抑草剤を作ることができます。また、大豆かすから肥料を作ろうともしていて、こうした副産物を用いて荒れた田んぼの地力を復活させ、原料米の再生産にチャレンジしています」(鈴木氏)
さらに、自分たちの酒造りだけを追求するのではなく、浪江町の食材とのシナジーを築いていくことにも取り組んでいると話します。
「浪江町は港町なので、私たちの酒も魚介料理をはじめとしたその土地の料理や暮らしぶりの中で味が決まっていった歴史があります。震災や原発事故があって土地から人が離れざるを得なくなってしまい、現在の浪江町の人口は震災前の1割ほどしかいませんし、水産業の水揚げも2割程度です。そこで、私たちの酒を通じて浪江町の産品や地域の人の暮らしぶりを全国に広げていくために、私たちの酒に合う魚貝類を3ヶ月に一度お届けする『浜の定期便』、AI味覚センサーを用いて地元の料理と相性の高い酒をマッチングする『魚酒マリアージュ』などの取り組みを行っています。また、地域の家庭の味を後世に残すために、『甦る食の縁プロジェクト』と題して被災地の郷土料理や家庭料理のレシピやエピソードを集めたり、県内外の有名料理人の方々を招いて浪江町のお酒や食材を振る舞う『浪江町収穫祭』というイベントを開催したりもしています」(鈴木氏)
最後に鈴木氏は、次のように訴えて講演を締めくくりました。
「現在浪江町は人が少なく、域外に商品を発送するとどうしても送料が割高になってしまいます。そのため他地域と競争していくには品質面で群を抜いて良いものを作っていく必要があります。逆に言えばそれだけ良いものを作っているのだということを多くの方に知ってほしいと思っていますので、是非私たちのイベントや取り組みにも触れてください」(鈴木氏)
●半谷啓徳氏(お米専業農家)
かつては会社員として勤務していた半谷氏ですが、故郷である浪江町の農地が東日本大震災の影響で荒れ果てた様子を目の当たりにし、「どうにかして元の姿に戻したい」と会社員を辞して就農を果たします。現在は父と共に酒造用米を含めた複数の米を生産し、鈴木酒造店でも利用されています。その一方で鈴木酒造店から抑草剤や肥料の提供を受け、荒れた農地の地力を復活させることにも取り組んでいます。そんな半谷氏親子と力を合わせる鈴木氏は、「浪江町では一時は農業ができない風景が広がっていました。震災後に初めて田植えをした光景を見たときはすごく嬉しくて、半谷さんたちがもっといいお米を作りたいと欲を出しているのを見るのも本当にありがたく思っています」と語りました。
●馬塲由紀子氏(元祖輪箱飯 割烹会津料理 田季野)
4人目に登壇したのは、福島県の内陸に位置する会津地方で割烹料理『田季野』で女将を務める馬塲由紀子氏です。1970年に創業し、1982年に会津西街道にあった陣屋を移設して現在の形となった田季野。同店が提供する会津の郷土料理の中でも代表的なものが「輪箱飯(わっぱめし)」です。今から600年も前に木こりが弁当箱として使っていた曲げわっぱに由来する輪箱飯は、会津で採れた山菜や川魚、コシヒカリなどを敷き詰めた一品です。このような伝統的な料理を作り続けているのは、次のような考えを持っているからだと馬塲氏は話します。
「現代は一瞬で色々な情報が発信されますが、その分消えていく情報も多いです。その中で残すべきものを残していくというのはとても大変です。東日本大震災に遭遇したことをきっかけに様々な場所でお話する機会があり、そしてこの数年はエコッツェリア協会の皆様とも活動させていただき、一緒に畑仕事もしています。そうした経験を通して、都会の方々が安心して羽休みに来られる場所をつくっていきたいと考えています」(馬塲氏)
この日は、会津地方の魅力を伝えるために当日の朝に作った輪箱飯を120個持参した馬塲氏。「輪箱飯を通じて、皆さんが会津に来てみたいと思っていただけたらとても嬉しいです」とも話しました。
第一部のトークセッションを終えると、第二部は実際に福島県の食やお酒を味わうフードセッションへと移ります。この日は鈴木酒造店をはじめとした9の酒蔵から15の日本酒が集結し、参加者へと振る舞われました。元ミス日本酒で、オイシックス・ラ・大地株式会社の広報担当、また日本酒バーを営む小川佐智江氏は、「福島はどの酒蔵も非常にクオリティが高いので、『どのお酒でも安心して飲める』と言えます」と、その高品質な味を称えました。また、会津、浜通り、中通りそれぞれの地域の食材を使った料理が提供され、参加者は福島県に思いを馳せながら舌鼓を打っていました。
こうしてふくしまフードラボDay1は盛況のうちに幕を閉じました。後日行われたDay2では「新たな福島に向けて」をテーマに、福島からイノベーションを起こしていこうとする方々が登壇しました。