東京の生産者たちの販路開拓や商品開発など、イノベーション推進を応援するプロジェクト、「東京ファーマーズイノベーション2020」。大手町・3×3Lab Futureより配信する、第2回目のテーマは「新規就農」です。実はあまり知られていませんが、東京は驚くほど新規就農できない状況が続いていました。それは農地の貸借が難しいという法律上の問題でしたが、同時に先入観や地理上の問題という側面もあったそうです。
この状況が変わったのが2018年9月。農地の貸借を円滑にする新たな法律が制定されたことで新規就農の道が大きく開かれ、徐々にではあるが東京にも新規就農者が現れるようになってきました。
とはいえ、大都市という特殊な空間では農業への新規参入に独特の難しさがあることに変わりはありません。今回は、その東京の新規就農者を支援する一般社団法人東京都農業会議の松澤龍人氏を、"東京アグリ・イノベーショントーク"に迎え、制度・法律面から見た新規就農の現状や、新規就農者による緩やかな集まり「東京NEO-FARMERS!(ネオファーマーズ)」の活動についてお話しいただきました。
また、東京の生産者にご登壇いただく"東京ファーマーズトーク"には、新規就農者である奥田和子氏(lala farm table)、堀田大勝氏(サン農園)のお二人をお招きし、新規就農のリアルな現状を伺いました。
司会はおなじみ、シリーズ全体をプロデュースするコーディネーターの中村正明氏(6次産業化プロデューサー、関東学園大学 教授、東京農業大学 客員研究員)。アドバイザーも前回同様、国民公園協会皇居外苑 総支配人・総料理長の安部憲昭氏、日本の御馳走 えん マネージャーの有馬毅氏をお迎えしています。
東京都農業会議は昭和29年設立の農業支援団体で、その内容は農業委員支援、法令業務、農政への提言、農業経営の支援等、多岐に渡っています。松澤氏は農地関係制度の担当を経て2006年から新規就農支援の業務に携わっており、前回のゲストの小野淳氏との共著で『都市農業必携ガイド』も執筆するなど、都市農業の発展、東京での新規就農の拡大に尽力。一部で「東京の新規就農者の生みの親」とも呼ばれている有名人で、この日のトークでは、主に東京での新規就農をめぐる法律や制度の変遷や現状について解説しました。
松澤氏によると、2018年まで東京での新規就農は非常に難しかったそうです。
「東京の大半を占める市街化区域では、生産緑地として農地を残してきましたが、貸借ができなかったのです。新規就農するには、東京広しと言えど市街化調整区域のある8市区でしかできなかったわけですが、例えば檜原村のように90%以上の土地が山地であったり、島しょ部であったり、なかなか容易に就農できるものではありませんでした」
また、農地を貸す側も就農する側も、東京では新規就農が難しいというイメージに縛られていたり、農地を借りる際の法律上の手続きが非常に複雑であったりなど、マイナスの要素も多くありました。
この風向きが変わったのが、2018年の「都市農地貸借法(正式には都市農地の貸借の円滑化に関する法律)」です。東京の農地の機能的価値を認め、利用を促進する方向に舵を切った都市緑地法の改定や、都市農業振興基本法の施行などを背景にこの法律が制定され、新規就農者に農地を貸す動きが少しずつ広まっています。
しかし、東京都農業会議、松澤氏はその動きに先んじ、新規就農者を生み出しています。新規就農が難しいと言われていた2009年、島しょ部を除く都内で初めて新規就農者を誕生させることに成功。当時その界隈では非常に大きなニュースとなり、「東京の新規就農者の生みの親」の呼び名はこのときにつけられています。その後2010年までに青梅市、あきる野市などで4人の就農者を輩出。こうした新規就農の動きに東京都も重い腰を上げ、2012年に「新規就農経営計画支援会議」を設置し、新規就農者への本格的な支援に取り組むようになりました。
「ただ、なかなか制度を運用するのは大変で、支援を受けられない人が多いのも東京の農業の現状です。また、そもそも農地がなくて、東京で新規就農するのが困難であることに変わりはありません。そのため、新規就農者を支援していくことを目的にした『東京NEO-FARMERS!』を立ち上げました」
もともとは、月に1回の新規就農者同士の飲み会だったそう。「悩みを打ち明けられる人がいない」という新規就農者たちが集まって飲み、語り合う場。そこに、次第に就農者だけでなく応援したい人なども参加するようになり、イベントやマルシェの開催、スーパーいなげやに東京NEO-FARMERS!の売り場の設置、東京フォーラムへの出店などさまざまな活動が広がっていきました。
「今では各地に分派してマルシェを開催したり、青梅市の水田保全事業に取り組むほか、流通面での活動が大きい。スーパーへの売り場設置、共同出荷・販売等なども行っています」
東京NEO-FARMERS!が取り組むのは、東京の農業ならではの問題の解決です。東京での就農には、消費地が近い、アルバイトがしやすい、パートナーが通勤できる、既存のネットワークを使うことができるといったメリットもある一方で東京ならではの問題も数多くあるそうです。
「土地が少ないから、作業場や農業機械等の置き場等の確保が難しい。そもそも家賃も農地も高めで負担も大きい。水がない。市街化調整区域では水路がそもそもない。こういった条件の中で頑張らなければならないのが東京の農業。その中でも一番の問題は、『売る場』です」
東京の新規就農者にとって、自分で値がつけられるレストランや小売店へ個別で販売するのは大きな魅力。しかし、梱包、運搬や種々の調整作業等をすべて自分で行わなければならないのが大変な負担になります。マルシェやイベントへの参加も同様で、農作業との兼ね合いで参加するのが難しいこともあります。個別宅配販売もありますが、送料が高くつくうえ、他と差別化しにくいという問題もあるそうです。
そこで、東京NEO-FARMERS!でも売る場の拡大に取り組み、小売店だけでなく、流通事業者との協業も展開しているそうです。
その他、注力している交通事業者との連携や、IT事業者との協業なども紹介しトークを締めくくりました。
今回のファーマーズトークは、非農家出身の新規就農者のお二人です。
lala farm tableの奥薗氏は、フローリストからの転身で、2019年に青梅市で就農。ハーブ、エディブルフラワーなど40種を中心に、ルッコラやケールなど約20種の野菜も栽培しています。
「フローリストとしてドイツで仕事をしていたときに、ホテルやレストランの厨房にお邪魔することがあり、そこで丁寧に下ごしらえされているお野菜や素材の美しさに感動して、転職を考えるようになりました」
lala farm tableのコンセプトは「テーブルでの幸せや感動をコーディネートできるハーブやお野菜」。安心・安全にもこだわり、無農薬、無化学肥料で栽培しています。また、同じ野菜でも季節によって変わる味や香りを楽しんでもらえるような提供の仕方を考えていたり、ハーブでも料理にあった独特のものを提案していくことや、プロバンス地方のミックスハーブ「エルブ・ド・プロバンス」のように、「エルブ・ド・東京」などを開発したいなど、さまざまな構想を描いています。販売は東京NEO-FARMERS!のマルシェや流通などを中心に、個別の飲食店にマッチしたハーブの販売などを行っているそうです。
もうお一人、サン農園の堀田大勝氏も2019年に就農。前職はIT系で、町田市の先進農家に一旦就職したのち、2019年に相模原市で新規就農を果たしています。
「アスパラガス、ネギ、小松菜、ミニトマト、ブロッコリーなど身近な野菜に絞って栽培しています。品目を絞ることで作業の見通し、計画を立てやすくしています。現在はIT事業との兼業ですが、3年を目処に農業だけで生計を立てるのが目標です」
そのために、年間を通して安定して継続出荷できる環境整備、規模の拡大を検討しています。
また、就農からの1年を作業場や住まいの写真で振り返り、都市部での新規就農のリアルを紹介しました。就農時に入った住宅から2回転居しており、現在の3軒目でようやく先の展望が見えるようになったそうです。
「1軒目はリフォーム直後で快適でしたが、屋外に水道がなく、作業場も限られていたので、出荷量を増やすために引っ越し。2軒目は庭がついて作業場は広くなったものの、閑静な住宅街で早朝深夜の作業がしにくいし、畑まで県道を渡らねばならいのがネックでした。その後ようやく畑の近くに空き家が出て、納得できる家に住むことができるようになりました」
現在の家は、作業場として自由に使える建屋があり、隣接した畑で育苗ハウスを建設したほか、敷地が広いので堆肥を作ることも検討しているそうです。
後半のディスカッションに先立ち、アドバイザーのお二人からコメントがありました。安部氏は東京の新規就農の現状に「新鮮な驚き」と話しています。
「東京の農家さんといえば、土地をしっかりと持っている地主さんというイメージで、新規就農の現状にとても驚きました。その都市農業ならではのご苦労をお聞きして、改めて東京の農家の皆さんのお手伝いをしたいと思いました」
有馬氏は何よりも新規就農の「難しさ」に感じ入るとともに、「キラーコンテンツは何なのか気になった」とコメント。
「新規就農する難しさ、継続していく難しさ、そして売り場の難しさとハードルが高いことがよく分かりました。一方で、東京の農業のキラーコンテンツは何なのか気になります。近さなのか、ブランドなのか。マーケティングとしては、どのあたりをポイントにして発信していけばいいのかと、大変興味深くお聞きしました」
有馬氏の「日本の御馳走 えん」では、2019年の本プログラムに登壇した小山農園の野菜をテストマーケティング的に店頭販売したことがあり、その点にも話題が及びました。奥薗氏は「都心の人は、ハーブのさまざまな使い方を御存知なのではないか、テストマーケで感触を掴んでみたい」と意欲を見せました。安部氏は、東京の強みとして高級料理店が多いことを挙げ、「特殊なハーブ、変わったハーブを提供することが重要」とアドバイスしています。
参加者からの質問も、小売・流通に関連したものが多く、松澤氏からはクックパッドマートが「とても便利でありがたい」といったコメントがあったほか、奥薗氏が質問に答えて「高級レストランに広げたいが、1人では営業もままならない」という悩みが打ち明けられたりしました。奥薗氏の"東京ハーブ"というコンセプトは、一部ではすでに注目を集めており、複数社から協業の打診があるそうですが、「安定して必要量を供給できるかが問題」という現状もあることも話題に上りました。堀田氏は「珍しい野菜」「手に取られやすい荷姿」などを検討しており、東京NEO-FARMERS!コミュニティから生まれた「相模原G」で取り組んでいきたいと語っています。
お酒を飲みながらのカジュアルな雰囲気の第4部の交流会も含め、東京の新規就農という、本配信会場である大手町では耳新しいテーマで濃密な議論、意見交換が行われ、終幕となりました。
司会を務めた中村氏は、「都心のワーカーに良い切り口を提示できたのではないか」と述べています。
「東京の新規就農は難しいが、そうした就農者は難しさにも諦めずに生産現場と市場を広げてきた人たち。生産者の思いだけでなく、応援する人たちもつながり、物流が開かれてきたというのがこれまでの流れだと思う。一方で、東京農業のブランディングがまだまだ明確に形になっていない現状を見ることもできたのではないかと感じる。ここに都心のワーカーが関与する余地があるのではないか、良い切り口をお見せすることができたと思います」
今回の議論では、都市農業の難しさ、課題が浮き彫りになったとともに、新規就農という視点で、改めて農業の魅力を垣間見ることもできました。それは奥薗さんの「畑に立っているときが一番幸せ」という言葉にも表れていると言えるでしょう。引き続き、本プログラムでは都市農業の課題と魅力を深掘りしていきます。