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2020年は、世界中の人が日本に目を向けると同時に、様々な情報やモノ、そして人が日本から世界へと発信されていく"はず"でした。しかし新型コロナウイルス感染症が蔓延し、世界中で移動が制限されることでそのチャンスは閉ざされてしまい、今なお、簡単に海外へ出ていくことは叶いません。ただし、逆境の中から新しい可能性も生まれています。オンライン化の急速な進行によって地理的・距離的成約が取り払われ、少なくともデジタル上ではこれまで以上に容易に海外にチャレンジできるようになったのです。
そこでエコッツェリア協会では、東京都の「インキュベーションHUB推進プロジェクト(※)」の一環として、"今だからこそ"海外に展開・挑戦するためのきっかけをつくる「グローバルビジネス展開プログラム2020」を全4回に渡り、オンラインで開催することとなりました。第1回では、シリコンバレーで20年以上に渡って数多のビジネスを展開している桝本博之氏(B-Bridge International, Inc./ President&CEO)を講師にお招きし、世界へビジネスを広げる方法やマインドセットなど、シリコンバレーを海外挑戦への"通過点"とする、飛躍のポイントをお話いただきました。
※「インキュベーションHUB推進プロジェクト」とは、東京都が2013年度より実施する創業支援事業。高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。
国内大手化学企業である東洋紡で11年働いた後に渡米し、スタートアップでの勤務を経て2000年にシリコンバレーでB-Bridge Internationalを設立した桝本氏。以来20年に渡ってシリコンバレーの第一線で活躍し続け、様々な会社の立ち上げと事業を展開しながら現在に至っています。そんな桝本氏がこの日の目的に掲げたのは(1)今だからこそどのように海外展開するかを考える、(2)今日の出会いを大切にする、の2点です。「海外展開していく上で、あるいは事業を創っていく上で人との出会いやつながりは絶対に必要なもの」という信念を桝本氏が持っているからです。
そのため、この日のプログラムは参加者がいくつかのグループに分かれ、自己紹介や参加動機の共有、自分の強みや弱みのアピールをすることから始めていきました。これはアイスブレイクのためだけではなく、海外で自分をアピールするスキルを鍛えるため、あるいは海外進出や新規事業を実行していくための協力者を見つけるきっかけにもなると、氏は説明しました。
ディスカッションを経てセッションは本題へ。最初のテーマは「シリコンバレーの特徴」についてです。カリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアの一部地域のニックネームであるシリコンバレー、その最大の特徴は地域人口(約310万人)の約65%が外国人であることです。
「多いのは中国、インド、韓国、台湾の人々です。それ以外にもヒスパニック系やヨーロッパ、日本人もいます。国籍・人種が多様な分、それぞれの文化背景に基づく色々な意見が出てきますから、無理に意見や常識を同じにする必要がありません。すなわち、常識を打ち破る行為が簡単にできる地域だと言えます」実際、GoogleやFacebookを始め、歴史的なイノベーションを巻き起こしてきた企業がシリコンバレーから誕生しており、多い年には1万5000件ものスタートアップが誕生します。ただし、当然ながらすべての企業が成功するわけではなく、「そのうち1万2000件ほどの会社が数年の間に潰れる」こともあるといいます。桝本氏はその様子を、生存確率が5000分の1とも言われる「ウミガメのようだ」と例えました。
シリコンバレーが日本とは異なる事情がもうひとつあります。起業資金の集め方についてです。
「日本の場合、銀行からお金を借りる融資型が一般的ですが、シリコンバレーでは投資家を口説いて資金を得る投資型が一般的です。もちろん、何度も繰り返したり、致命的なものは許されませんが、シリコンバレーでは初期段階での失敗はリカバリーが効く傾向にあるとも言えるでしょう」
こうした特徴を持つシリコンバレーで、複数の企業を立ち上げた経験を持つ桝本氏。2000年の初めての創業後、「決して成功続きだったわけではなく、苦労しながら事業を展開してきた」と言うように、共同創業者となる予定だった人物の突然の撤退や、能力が高いが故にハンドリングしづらい社員との関係構築、競合他社からの特許侵害の訴えを受けるなど、数々の苦難が降り掛かったと言います。しかしその都度持ち前のバイタリティを活かしたり、機転を利かせたりすることでピンチを脱して会社を成長させ、イグジット(上場または事業売却)を成功させてきました。
「数十億円という金額である会社のイグジット(事業売却)が決定した際、その事実がニューヨーク・タイムズに掲載されるとたくさんの人からお祝いの電話が入りました。中にはよく知らない人から『ジェット機を買いませんか?』というメッセージもありました(笑)。成功すると親戚が増えると言いますが、本当にこういうことが起きるんだと思いましたね」(桝本氏)
ただし、日本では「会社の製品・サービスを売る」ことで利益を上げる考えが一般的であり、「会社を売る」ことで富を得ていく考え方はまだまだ馴染みが薄いものです。この違いは、アメリカでは投資で業を興すスタイルが一般的だからこそだと桝本氏は説明します。
「日本で働いているときは、自社製品を売って利益を得る発想しか持っていませんでした。しかし、渡米して最初に勤めたスタートアップの社長に『我が社で最もバリューがあるものは何か』と問われ、利益率が高そうな商品や市場で人気が高そうな商品を挙げたところ『そうではない』と言われました。『投資家がスタートアップに資金を投じるのは、会社のバリューを高めて上場するか売却するか、そのどちらかを期待するからだ』『だから我が社でバリューがあり、さらに向上していかなくてはならないのは商品ではなく会社そのものなんだ』と言われたのです」
「確かに『私はAという商品を開発したいんです』と言っても誰も投資をしてくれません。投資家が求めている答えは『Aという商品を通じてこういうことをしたい。それが実現すればあなたにはこれだけの利益が戻ってきます』というものなのです。この発想を持てなければ、ブレイクスルーはできませんし、目標にも到達できないでしょう」
こうしたエピソードからは、シリコンバレーでの成功は日本的経営からの転換が大前提であることを伺わせます。桝本氏は他にも、アメリカにおける会社経営の難しさに触れていきます。代表的なものとして氏が挙げたのは、スタッフとの関係性や採用活動などの「人」にまつわるものです。
「現地で採用した人々は、当然ながら自分よりも英語力や常識があります。そうするとうまくコミュニケーションが取れず馬鹿にされることもあるので、『なぜ自分がここで働いているのか』『部下にはできないことができる』ということをアピールしていかなくてはなりません。ある意味当然の話かもしれませんが、言語や文化が違う分、はじめのうちは難しく感じる点でした」
「採用活動をするにも、アメリカでは履歴書に年齢や性別は書きませんし、面接でも聞いてはいけないことがたくさんあります。ですから、面接時に何を聞いていいのかわからず、採用する側であるはずの僕が固まってしまうこともありました(笑)。今では百戦錬磨と言えるほどの経験を積みましたが、人を雇うプロセスはとても難しかったですね」
自由の国にあるイノベーションの象徴と言える地域であっても、技術やアイデアだけではなく、こうした商習慣も身につけていかなくては成功は掴めないと言えるでしょう。
現在は、新型コロナウイルス感染症の影響によって国を跨いだ移動には大幅な制限がかけられ、海外展開の難易度は高くなっていると感じられます。しかし桝本氏は「初めの頃は足掻いていたが、逆にこの1年間でこれまでにない出会いが飛躍的に増えた」と言います。世界中で急速にオンライン化し、現地に行かなくても様々なセミナーやイベント、会合に参加できるようになったからです。こうした社会環境の変化に伴って投資の在り方も変わってきており、かつては直接会って投資を行うか否かの最終判断をしていた投資家たちも、オンラインでのコミュニケーションだけで数億円規模の投資を決定するようになっているといいます。直接的な移動や接触に制限がかけられた分、信用度の点でリアルコミュニケーションよりも劣って見られていたデジタルコミュニケーションの価値がそれだけ高まってきているのです。この時勢を活かして「興味のあるイベントやミートアップに積極的に参加し、今のうちに世界中にネットワークを作っておくべき」と、桝本氏は参加者に向かって訴えかけました。
「その際に意識してもらいたいのは、自分の殻を破り、積極的に意見を言ったり、会話に加わっていくことです。日本人の場合、どうしても相手の話を聞くことから入ってしまったり、英語が不得意だからと消極的になってしまったりします。でも、英語ができなくたって意見を言っていいですし、そうしなければネットワークは作れません。少しの勇気を持って発言することが、未来のビジネスオポチュニティにつながることを知っておいてもらいたいと思います」
こうしてこの日のセッションは終了の時間を迎えました。新型コロナウイルスは、日本のみならず世界中で多くのビジネスを頓挫させ、多くの人がチャンスを失いました。こうした実情がある一方で、制限を乗り越えることで新たなチャンスを生み出し、掴もうとしている人々が多くいることもまた事実です。桝本氏が紹介したように、ピンチをチャンスに変えるだけの反発力、そして自宅にいながらも世界に飛び込んでいける現在の環境を活かす勇気を持つことが、今後グローバルでビジネスを展開していく上での第一歩となるのでしょう。