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2020年は、新型コロナウイルス感染症の蔓延によって多くのビジネスチャンスが潰えた年でした。しかしパンデミックで生活様式が変わったことで、デジタル化・オンライン化が急速に進行し、時間や距離の成約は取り払われ、海外への心理的距離が近くなるというケガの功名が生じています。つまりこの2021年は、グローバルへの第一歩を踏み出す絶好の機会とも言えるのです。
では、そのために心がけること、気をつけるべきことは一体なんなのか。エコッツェリア協会では、東京都の「インキュベーションHUB推進プロジェクト」(※)を通じて「グローバルビジネス展開プログラム2020」を展開し、。海外に挑戦するためのきっかけづくりを後押ししています。
プログラムの第2回は、富士通の駐在員としてシリコンバレーに赴任したのをきっかけに現地で働くことを選択し、現在も第一線で活躍し続ける水山誠氏(StrokeScout President & CEO)をお招きし、「シリコンバレーを利用した新規事業開発、シリコンバレーのスタートアップとの提携」というテーマで講演をいただきました。水山氏からは、「シリコンバレーのリアル」が大いに語られました。
※インキュベーションHUB推進プロジェクトとは、東京都が2013年度より実施する創業支援事業。高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。
富士通の駐在員としてシリコンバレーに赴任し、シリコンバレーで働く意義を知った水山氏。シリコンバレーでの社内ベンチャーの立ち上げから売却まで経験した後に独立。ヘルスケア関連のテクノロジーを扱うStrokeScoutを設立してPresident &CEOに就任。ベンチャーキャピタルとも広いネットワークを持ち、シリコンバレーの酸いも甘いも噛み分ける人物です。そんな水山氏は冒頭で「シリコンバレーの強さの本質」について触れました。
「シリコンバレーではネットワークが重要と言われます。もちろんそれはそうなのですが、シリコンバレーにおけるネットワークとは、『あいつと知り合いだからつないであげるよ』というような軽いものではなく、シリコンバレーだからこそ醸成される深い絆に裏打ちされた特別なものなんです」(水山氏、以下同)
「スタートアップのマネージメントチームは、投資家/VC(ベンチャーキャピタル)から期待され事業を推進、投資家/VCから様々な支援をうけながらもなかなか結果を出せず、苦しみながらも何とか成功させてエグジットを果たします。その間、マネージメントチームと投資家/VCチーム(シンジケート)は、共に地獄も天国も経験します。その過程でマネージメントチームと投資家/VC、ビジネスパートナーたちは、まさに戦友であり、必要があれば『いざ鎌倉』の勢いで親身にサポートし合える信頼関係になります。ですから、『ちょっと知っている』というようなレベルではないんです。この強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークがシリコンバレーの強さの本質です」
シリコンバレーという世界有数のスタートアップ誕生の地であっても、「せんみつ(1000社に3社しか成功しない)」と言われるほど、実際に成功するスタートアップは稀です。しかしこの地で"強い信頼関係で結ばれた絆のネットワーク"の支援があれば、成功の確率が向上すると、水山氏は話します。
信頼できる仲間と、信頼できる情報を提供し合う。そうすることによってお互いの成功率を向上していける。このような強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークが、いわゆる「インナーサークル」を支えています。シリコンバレーでは、このインナーサークルと繋がり、強い人脈から極めて正確な情報を得られるようになることが、非常に重要になってくるのです。
シリコンバレーでは、情報に対する視点が日本とは異なっていることも大きなポイントです。日本の大手企業がスタートアップに投資を検討する際、技術力や市場動向、競合との関係性等をインターネットを通じて細かく調べ尽くします。ただその情報は「現在」という「点」の情報です。ところがシリコンバレーでは「線」も重視します。投資判断における「線」とはどういうことか、水山氏は次のように説明します。
「シリコンバレーで重視されるのは『マネージメントチーム』です。そのチームがどういうメンバーで構成され、今後どのような成長曲線を描けるかを見ていくのです。ですから、例えば『信頼している業界の大物がスタートアップのCEOを以前から良く知っていて、高く評価していた』とか、『スタートアップのCTOが、以前のスタートアップでイノベーティブなプロダクトを開発し、ベストセラーとなった』とか、またさらに遡って、『スタートアップのCEOは、高校時代にフットボールのクォーターバックとして活躍し、チームを州大会で優勝させた経験がある高いリーダーシップの持ち主』とか、『小学校の時にプログラミングのコンテストで優勝している』など、マネジメントチームの経歴、成長過程や評判などを「線」で見ていきます」
もちろん「点」の情報も軽視しているわけではありません。ただそれは、「点」の情報ですから「ベクトル」を持ちません。マネージメントチームのこれまでの経歴や成長過程を「線」でとらえると、「線」は「ベクトル」を持つので、そのスタートアップが今後どのように成長するのか予測しやすくなるのです。さらに、信用できると判断した強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークの人々は、スタートアップを驚くほどの支援します。
「私自身がスタートアップを立ち上げて間もない頃、VCのX氏に『提携したい企業があるが、規模が違いすぎて相手にしてもらえない』とこぼしたんです。すると数分後に提携したいと思っていた大企業のCEOから電話があり『VCのX氏から聞いた。今この場に各部門の責任者を招集した。何でも話してくれ、何でもサポートする』と言われました。強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークの関係者は、それくらいの勢いで、全力で勝たせにいくんです」
このように、シリコンバレーの強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークは、強力な人脈と驚異的なスピードでスタートアップをサポートし、成長を支えます。時には採用や、メディアへの露出、顧客の紹介など、具体的に売上の向上を強力にサポートします。
「VCは、投資をする際、スタートアップを勝たせるために、マーケティングに強いプレイヤーや、ファイナンスに強いプレイヤー、メディアに強いプレイヤーなどのネットワークを従え、他のVCと共にシンジケートを組みます。私はこれを『シリコンバレーのゆりかご』と呼んでいますが、シンジケート全体とそのネットワークでスタートアップを勝たせにいくわけです」
また一方、業績に結果が出始め、エグジットが見えてきたスタートアップには、投資家/VCが殺到し、通常投資することができません。この様な状況(オーバーサブスクライブになった場合でも投資枠が確保できるよう、VCは様々な戦略や戦術を駆使します。例えば、アーリーステージから投資したり、ある分野に特化したVCになったり、アーリーステージから積極的スタートアップを支援したりして、エグジットが見えてきた時点での投資枠の確保ができるようにします。
「シリコンバレーでは、スタートアップも投資家/VCも、強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークの中で、信頼度を向上させ、成功を勝ち取っていくのです。」
日系企業がシリコンバレーで活動する場合、ルール―や掟をよく理解したうえで、活動した方が良いことが沢山あります。
例えば、日系企業はシリコンバレーのスタートアップに投資する際、ボードシート(取締役)のポジションを要求することがありますが、それは慎重に行うべきだと水山氏は警鐘を鳴らします。
「日系企業が現地のスタートアップのボードシートに就く場合、現地駐在員か本社の社員が兼務することが多いですが、その人たちが目指すのは、あくまでも日系企業の利益です。しかしボードシートに就くのであれば、スタートアップの価値の最大化を目指す義務があります。このように互いの利益に相反する場合があるため、揉める原因となります」
こうした様々なトラブルに巻き込まれないために、また日系企業がシリコンバレーを有効に活用するために、シリコンバレーに通じた人材の採用がキーになりますが、日系企業の現地法人にとってはそれも簡単なことではありません。
「シリコンバレーで優秀な人材を採用しようとしても、最も能力があるトップティアの人材は自分でスタートアップやVCを起業してしまいます。セカンドティアの人材はGoogleやAppleなどの有名企業に入ります。サードティアの人材もその他の米国企業を選びます。もちろん日系企業が素晴らしい人材を採用できることもありますが、それは簡単なことではありません。」
また、水山氏は「リスクは取るべきではない。リスクは徹底的に排除すべきだ」と話します。リスクを取って失敗をすると、ネットワークからの信頼を失うからです。シリコンバレーは、日本で語られているほど、失敗に寛容ではありません。
「高校生や大学生であれば様々なことにチャレンジし、失敗から多くを学ぶべきです。企業活動においても、『試行錯誤』というコンテキストで、予算の中でトライアルを繰り返し、最終的に成功につながる失敗は許されるのかもしれません。しかしながら、「例えばスタートアップを潰すような失敗をしてしまうと、もう一度VCから投資を受けることは難しくなってしまいます。過去に失敗をした人と成功した人では、投資する側も成功した人を選びますよね。私の友人も、CEOとしてスタートアップをナスダックに上場させた経験があるにも関わらず、その後、次のスタートアップで結果が出せなかったため、CEOの座につけなくなってしまった人がいます。もちろん、一度の失敗ですべてが無になるわけではありませんが、信頼を取り戻すには、かなりの努力を要します」
シリコンバレーでは徹底的にリスクを回避します。投資家/VCは、徹底的にスタートアップの調査をしたうえで、様々な戦略を駆使して、リスクを最小化し、その戦略に基づいてスタートアップを指導します。投資家/VCは、リスク回避の科学者だと言っても過言ではありません。」
人材採用を巡る状況や失敗に対する考え方などは、実際に現地で生活し、働かなくては理解できないかもしれません。そんな中で日系企業が結果を出すためには、次の7つのステップで適切な活動を行う必要があると水山氏は言います。
(1)「ルールと掟」の学習
(2)ディールソースの獲得
(3)案件分析力の獲得
(4)「最恵国待遇」の獲得
(5)契約交渉力の獲得
(6)ボディーガードの獲得
(7)新規事業の成長戦略の獲得
(1)は先ほど説明したような現地の様々なルールと掟を学ぶこと。(2)は良質なディールソースを獲得するということです。そのためにも強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークは重要になります。また、(3)の案件分析力も得なくてはなりません。強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークを持っていないと、案件分析の精度を上げることができません。
(4)"最恵国待遇"もとても重要なポイントとなります。シリコンバレーのスタートアップも、強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークからの紹介であれば、優先的に検討を進めてくれます。水山氏も「四半世紀近くシリコンバレーにいるが、自分ひとりでは交渉できません」と苦笑するように、シリコンバレーという特異な地での交渉は一筋縄ではいかないのです。そのため、(5)交渉力を持った人材の獲得/サポートが必要となりますし、それを含め、様々なリスクから守ってくれる(6)ボディーガードのような存在の獲得も欠かせません。
そして、日系企業にとって最も大きな問題が(7)の「新規事業の成長戦略の獲得」です。提携や買収がゴールではありません。その後、日系企業もスタートアップも共に成長することがゴールです。日米の会社が共に成長するためには、様々な工夫が必要です。
「交渉の結果、契約できたとしても、日本本社のマネジメントが入ってきて、『日本の商文化はこうだから』と言って自分たちのやり方で事業を進めようとするのでスタートアップの人材が退職してしまい、一緒に成長することが難しいんです。アメリカにはアメリカの商文化があるわけですから、折り合いをつけてマネジメントをしていく必要があります。そのためにもサポートしてくれる強力なパートナーを得なければなりません。強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークを獲得し、事業を推進することで、初めてストラテジックな結果が出ると思います」
シリコンバレーのリアルを語ってくれた水山氏の講演は大いに盛り上がり、終了の時間を迎えました。最後に質疑応答が行われ、アメリカに駐在した経験がある参加者から次のような質問がなされました。
「インナーサークルに入っていくためには、プライベートでの付き合いを通じて"ウェットな関係"を築くことも必要だと数年間の駐在経験で感じたが、実際のところはどうなのか?」(参加者)
アメリカの企業の場合、あくまでもビジネスライクな付き合い方が基本と思われますが、"ウェットな関係"からネットワークに入っていくのも有効だと水山氏は答えました。
「適切なVCに投資をしてLP(リミテッド・パートナー)となると、そのVCを介して強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークに関わることができます。強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークの力で、様々な人に繋いでくれますし、必要が生じた場合には、助けてくれるのです。プレイヤーとつながって地道にトップの人々へ繋がっていく方法もありますが、それには長い時間を要するため、数年間で結果を出して帰国しなければならない駐在員には難しいと思います。それを考えれば、ある程度の投資が必要でも最初から強い信頼関係で結ばれた絆のネットワークとつながれるのであれば、その投資には価値があります」(水山氏)
この日、水山氏が語ったシリコンバレーのリアルな姿には、少なからず衝撃を受けた参加者もいたことでしょう。「今日の話はあくまでも私が見て感じたことで、他にもいろいろな捉え方があると思います」と水山氏は話しますが、こうした情報を知っているのといないのとでは、実際に現地に進出していく上で大きな違いが出てくるはずです。実際に海外を行き来するのは未だ簡単な状況ではありませんが、だからこそオンラインを通じて今回のようなプログラムに参加し、多くのリアルを知っておくことが、今後のグローバル進出の成果を左右すると言っても過言ではないでしょう。