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40〜60代の"ミドルシニア"世代の方々を中心に「起業」について考えるきっかけを提供する「ミドルシニア"マイ・スタートアップ"プログラム(※)」。2021年度のプログラムでは、第1回は起業に必要な心構えについて、第2回は複業起業の選択肢について、それぞれ有識者をお招きして講演を実施してきました。それらを受けた第3回では、「私のビジネスモデルをデザインする」と題して、ビジネスの仕組みを俯瞰し、何から始めるべきかを考えるために、世界中で起業の際に用いられる「ビジネスモデルキャンバス」のフレームワークをご紹介いただくセッションを開催しました。講師にお招きしたのは、一般社団法人BMIA協会認定コンサルタント/株式会社Grow Fast代表取締役の宇都宮雄一氏。宇都宮氏のファシリテートの下、受講生たちはビジネスモデルキャンバスの使い方について学んでいきました。
*※「ミドルシニア"マイ・スタートアップ"プログラム」は、東京都が2013年度より実施する創業支援事業である東京都インキュベーションHUB推進プロジェクトのひとつです。本プロジェクトは、高い支援能力・ノウハウを有するインキュベータ(起業家支援のための仕組みを有する事業体)が中心となって、他のインキュベータと連携体(=インキュベーションHUB)を構築し、それぞれの資源を活用し合いながら、創業予定者の発掘・育成から成長段階までの支援を一体的に行う取組を支援し、起業家のライフサイクルを通した総合的な創業支援環境の整備を推進します。
一般社団法人BMIA協会認定コンサルタント/株式会社Grow Fast代表取締役の宇都宮雄一氏
そもそもビジネスモデルとは、「価値の創造の仕方と、それを顧客に届ける方法を論理的・構造的に記述したもの」です。起業をしようとしても、どのようなビジネスモデルに則ってビジネスを実施していくかが明確でなければ、収益は上げられません。そこでビジネスモデルの創造に役立つのが「ビジネスモデルキャンバス」です。このビジネスモデルキャンバスは、2011年に発行されたスイス・ローザンヌ大学のアレックス・オスターワルダー教授とイヴ・ピニュール教授の著書『ビジネスモデル・ジェネレーション』の中で提唱され、全世界に浸透していったフレームワークです。同著では、次の9つのブロックでビジネスを俯瞰し、それぞれの項目に対し行おうと考えているビジネスで該当するものを記していき、ビジネスモデルを描き出します。
(1)顧客セグメント(Customer Segment:CS)
どのような顧客に喜んでもらいたいか、どのような顧客に満足してもらいたいか
(2)価値提案(Value Propositions:VP)
顧客にどのような価値を提供し、どんな願いを叶え、問題を解決するか
(3)チャネル(Channel:CH)
自社がつくった価値を顧客に届けるためのチャネル(タッチポイントや媒体)
(4)顧客との関係(Customer Relationships:CR)
顧客との関係性を築く手段
(5)売上(Revenue Streams:RS)
どうやって売上・収益を得るのか
(6)重要なリソース(Key Resource)
顧客への価値提供を行う上で必要なリソース(ヒト・モノ・カネ等)
(7)主要活動(Key Activities:KA)
顧客に価値提供するために必要な企業活動
(8)重要なパートナー(Key Partner:KP)
顧客に価値提供する際に必要となるパートナー
(9)コスト構造(Cost Structure:CS)
顧客に価値提供する上で必要なコスト
特に大事なのは(1)と(2)で、「これがビジネスモデルの柱」と、宇都宮氏は説明しました。また、(2)を除いたキャンバスの左側である(1)〜(5)は企業が顧客に価値等を届けるために必要な活動で、右側である(6)〜(9)は顧客への提供価値を大きくするために企業が内側で実施する活動となります。
ビジネスモデルキャンバスを構成する9つの要素
一枚の紙に目指すものや有するリソースなどを書き出し俯瞰して、起業して何をしたいのか、何ができるのか、逆にどのようなネックがあり、それを解決するためには何が必要なのかを把握できるようになります。このような方法でビジネスを可視化する手法は、新しいビジネスモデルを作成するときだけでなく、将来ビジネスの展開に悩んだ際に原点に立ち戻るためにも役立ちます。さらに、競合他社のビジネスモデルの分析にも活用できますし、競合他社を上回るビジモデルを創造するきっかけづくりにも有効です。
ビジモデルキャンバスの概要を紹介したところで、宇都宮氏は、伝統的なビジネスモデルの可視化と、そのビジネスモデルに変革をもたらした事例として、新旧の理髪店のビジネスモデルを紹介しました。
「まずは従来の理髪店のビジネスモデルを紹介します。顧客は主に男性と子どもで、『理髪』という価値提供をします。それは店舗をチャネルとして行われ、上手に理髪して顧客との関係性を築き、リピートに繋げます。料金はおおよそ3000円程度で、パーマや毛染めを提供して単価をあげます。キーリソースは理容師、バーバー椅子、洗髪台で、キーアクティビティはカットや洗髪、ひげ剃りといったものです。パートナーはシャンプー等を提供する理容メーカーで、地代家賃や設備費、材料費、人件費といったものがコストとして掛かります」(宇都宮氏、以下同)
「これに対して、10分1000円という理髪店が誕生しました。従来の理髪店との違いは、忙しい男性や子どもを顧客にセグメントしている点、彼らに対して短時間と低価格という新しい価値提供を行っている点です。文字通り10分1000円で理髪が終わるのでリピートしやすいビジネスモデルとなっています。設備は簡素にし、省スペース、低い地代家賃と材料費にしてそれらを可能にしていますが、一方で理容師の人件費は高くし人材は確保しています。このように、新たなビジネスモデルは、伝統的なビジネスモデルを更新して構築されているのです」
従来の理髪店のビジネスモデル(左)と、10分1000円の理髪店のビジネスモデル(右)
事例を紹介したところで、個別のワークへと移ります。宇都宮氏から出されたお題は「コンビニエンスストアのビジネスモデルを描き出す」というもの。ここまで紹介されたビジネスモデルキャンバスの手法を用いて、コンビニにはどのような顧客セグメントをつくり、彼らに対してどのような価値を提供しているのかなどを各自が考えていきました。多くの人が高頻度で使用しているコンビニをモチーフにしたのは、日常の延長線上でビジネスモデルを考えてもらおうとの意図だったのでしょう。「意外と難しい」といった声も聞かれましたが、参加者は徐々にビジネスモデルキャンバスに馴染んでいった様子でした。
ビジネスモデルキャンバスについて理解が深まったところで、参加者それぞれがより具体的に起業のイメージを掴んでいくために「個人のビジネスモデル(パーソナル・キャンバス)」の紹介へと移ります。基本的には先述のビジネスモデルキャンバスと同様に内容を考えていくものですが、より個々人の考えや希望に沿って形成させ、自分自身のキャリアを考える上での羅針盤としたり、起業時の方向性を見定めたりする際に効果を発揮するものです。
「使うフレームワークはビジネスモデルキャンバスと同じですが、視点を少しだけ変えます。ビジネスモデルキャンバスでは『重要なリソース』は企業が持っているリソースとして考えていましたが、個人のビジネスモデルでは、自分自身が持っているスキルや能力、興味、個性、財産などから探してきます。また、『売上』や『コスト構造』は、満足度や貢献感、あるいはストレスなど、個人の場合は単純に金銭だけにはとどまりません」
パーソナル・キャンバス。基本的にはビジネスモデルキャンバスと同様ですが、「重要なリソース(KR)」や「売上(RS)」、「コスト構造(CS)」等の詳細が異なってきます
よりイメージを掴みやすくするため、宇都宮氏は、自身が起業前に従事していたエンジニアとしてのパーソナル・キャンバスを例に挙げました。
「会社員時代の私が価値提供する相手は上司でしたので、上司という顧客セグメントを対象に、エンジニアとして、納期通りミスのない仕事を提供していました。当時の主要な活動は設計・検証で、開発やツールの知識をリソースとしていました。そういったものを、自分の時間と心をコストとして費やしながら提供し、対価として給与や社会に対する貢献感といったものをもらっていました。これが当時の私のパーソナル・キャンバスです」
ここで再びワークへと移ります。宇都宮氏の事例を参考に、参加者それぞれの「現在のパーソナル・キャンバス」を描いてもらいます。描き出せたら、「自分がやってみたい仕事」を考え、そのキャンバスに「顧客セグメント」と「価値提案」を描き加えていきました。
「あくまでも妄想ですので、非論理的で結構です。自由に描いてみてください。やってみたい仕事をするためには、新しいスキルや新しい活動、鍵となるパートナーなどが必要になるかもしれませんが、その場合も描き加えてみてください。あるいは、新しい仕事をするために過去のしがらみや人脈が不必要であれば、すべて書き換えても大丈夫です。新しいビジネスモデルを生み出すためには、このパーソナル・キャンバスと先のビジネスモデル・キャンバスをたくさん描いていくことが重要なので、ぜひ気楽に描いてみてください」
なかには苦戦する受講生もいましたが、それぞれが将来の起業を見据えながらパーソナル・キャンバスを描き出し、他の人々と共有を図っていきました。
起業に必要不可欠な事業計画書も、ビジネスモデルキャンバスを活用して作成可能と宇都宮氏
ビジネスモデルキャンバスとパーソナル・キャンバスについて学んだところで、それぞれを応用して描き出す「事業計画書」の説明へと移ります。事業計画書とは「ビジネスを共有したい対象者に、ビジネスを理解していただき、行動していただくこと」を目的に作り出すものです。その対象者は(1)自分自身、(2)内外の協力者、(3)銀行や投資家、となっています。事業計画書には、企業概要(企業名、経営者略歴、起業の動機等)や事業内容(ビジョン・目標、事業コンセプト、現状分析、販売・仕入計画、店舗・施設計画、実施体制・人員計画等)、数値計画(投資・調達計画、損益計画等)、スケジュールなどの情報を掲載します。ビジネスにまつわる計画や数字等、詳細な情報が必要なために難しいと感じる人も多くいますが、そこで有用になるのがビジネスモデルキャンバスやパーソナル・キャンバスです。
「事業計画書に必要な要素のうち、ビジョン・目標、事業コンセプト、販売・仕入計画、店舗・施設計画、実施体制・人員計画、投資・調達計画、損益計画といったものは、ビジネスモデルキャンバスで触れてきたところです。もちろんそっくりそのまま当てはめられるわけではありませんが、ビジネスモデルキャンバスを描いていけば、事業計画書の骨子はつくれますし、そこから深堀りしていくと自ずと事業計画書が形成されるでしょう。なお、『現状分析』だけはビジネスモデルキャンバスにはありませんので、そこは別途用意する必要がある点は留意してください」
最後に宇都宮氏は、次のようなメッセージとともに講演を締めくくりました。
「ビジネスを思いついたときや始めたいと思ったとき、試しに、気楽に、雑に、キャンバスを描き、ビジネスを大雑把に創造してみてください。そこで描いたものをさらに進めたくなったとき、仲間を集めたり、融資してもらいたくなっていくはずなので、その際には今日紹介したフレームワークをもとに事業計画書を作成してみてもらえればと思います。ビジネスモデルキャンバスは面白いフレームワークですので、このフレームワークを使ってたくさん妄想し、たくさん描いていただきたいと思います。皆さんの新しいビジネスの創造と成功をお祈りしています」
また、「ミドルシニア"マイ・スタートアップ"プログラム」全体のファシリテーターを務める塚本恭之氏(ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社 代表取締役)は、実際にご自身が起業する際にビジネスモデルキャンバスを描いたことでスムーズな創業につながったと紹介。さらに、「大勢の人の前で自分のビジネスについて説明する際にも、このビジネスモデルキャンバスを作った経験があったからこそわかりやすく説明することができた」と紹介していました。
宇都宮氏が折に触れて語ったように、ビジネスモデルキャンバスとパーソナル・キャンバスは、かしこまって描くものではありません。試しに、なんとなく紙に描き出してみると、新しいビジネスのヒントや、それまで気づいていなかった自分の強みの発見につながっていくものです。昔よりも起業が身近になった現代だからこそ、その準備も気楽にやってみてもいいのかもしれません。もし、このレポートを読んで気になった方は、リラックスしながら、やってみたい仕事や自分自身のキャンバスを描いてみてはいかがでしょうか。
本プログラムのファシリテーターを務める塚本恭之氏(ナレッジワーカーズインスティテュート株式会社 代表取締役)