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この9月、ふくしまの魅力あふれるイベントが東京都心の数カ所に大集合した「まるごとふくしまウィーク」が開催されました。その期間中の11日(日)、3×3Lab Futureでは、「ふくしまフードラボ」が開かれました。2011年の東日本大震災から11年半が経った今、復興への歩みを着実に進める福島県。「その道を後押しするために、福島の食材への理解を深め、魅力を発信する機会を創出したい」。ふくしまフードラボは、そんな想いのもとに実現した福島の食と地酒を堪能できるイベントです。チケットは完売の満員御礼。会場には福島をこよなく愛する人々が一堂に会しました。
第一部のトークイベントでは、中村 正明氏(6次産業化プロデューサー、関東学園大学教授、東京農業大学客員研究員)、北村秀哉氏(テロワージュふくしま実行委員会・委員長、かわうちワイン(株)取締役)、ヒラム美紗季氏(みなみそうま移住相談窓口「よりみち」副代表)、吉田淳一氏(NTTデータ コーポレート統括本部デジタル戦略担当シニアスペシャリスト)の4名が登壇し、福島の食やそれらの食材を用いた6次産業化、ワイン造り、日本酒について紹介しました。第二部のフードセレモニ―では、インプットトークのあと、福島の食材を用いた豪華弁当と共に、福島県の酒蔵11蔵からセレクトした選りすぐりの日本酒、川内村産のブドウで醸造したかわうちワインなどが振る舞われ、大いに盛り上がりました。
中村正明氏(6次産業化プロデューサー、関東学園大学教授、東京農業大学客員研究員)
中村正明氏は、大学の教員や研究員を務めるかたわら、都市とのつながりを活かした6次産業化、農商工連携による商品開発やブランディングなど、ソーシャルビジネスや地域活性のプロデュースに力を注いでいます。エコッツェリア協会が企画・運営する丸の内プラチナ大学では、「アグリ・フードビジネスコース」の講師としても活躍されています。
「福島は"食の王国"と言われるように、馬肉、あいづ人参、ブドウ、ワイン、高田梅、そばなど、食の魅力が満載です。そして今日、皆さんと一緒にいただく福島の日本酒は、今年、全国新酒鑑評会で日本一9連覇を達成したことでも知られています。多彩な農林水産物の中でも、『ふくしまイレブン』と称される11品目の中には、米、桃、りんどう、福島牛、地鶏、なめこ、ヒラメなどがあります。特にいわき市あたりでは、サバやサンマ、黒カジキなど、水産物も豊富です」
福島の食文化を考える時、阿武隈高地と奥羽山脈を境に、中通り、会津地方、浜通りの3つのエリアに分けられます。
「太平洋に面した浜通りは、他のエリアに比べて温暖な気候で、雪もあまり降らないのが特徴です。相馬市では明治時代の頃から、ほっき貝の漁が行われていて、柔らかな食感のほっき貝の出汁を使ったほっきめしは、いかにんじんと並んで、このエリアの郷土料理の一つです。盆地の多い中通りは、夏は暑く、冬は積雪の多いエリアで、水が美味しいことでも知られています。郷土料理として有名なのは、鯉のあらいです。猪苗代湖の豊富なミネラルの中で育った鯉は、臭みが少なくみずみずしいので、加熱せずに美味しく食べられるわけです。みそかんぷら(馬鈴薯)は、家庭のおやつとしても人気の郷土料理です。会津地方は、夏は山地で涼しくなりますが、盆地は蒸し暑くなる一方、冬の積雪量は多く、気温も他のエリアよりも低くなります。祝い事やお祭りに欠かせないこづゆ、にしんの山椒漬けが郷土料理として有名です。このように、福島では、気候風土や隣接する他県の影響などによって、多彩な食文化が育まれてきました」
中村氏は、この翌日に開催された「チャレンジふくしまフォーラムin東京」を紹介し、福島と都市をつなぐ人として、中村氏と共に登壇する3名について話しました。
「"ももがある"という会社の代表である齋藤由芙子さんは、桃の生産者と連携しながら、規格外の桃をスイーツのような感覚で瞬間冷凍した商品を作ったり、福島の郷土料理を加工品として展開するなど、非常に面白い活動をされている方です。後ほど振る舞われる日本酒のひとつ"南郷"を作られている矢澤酒造店の矢澤真裕さんは、このお酒に惚れてしまい、国家公務員から酒蔵の主に転身された方です。そしてもう一人、"陽と人(ひとびと)"を経営する小林味愛さんは、東京と福島を行き来しながら、農産物の流通や6次産業化商品開発、地域づくりを行われています」
中村氏はつい先日、本イベントのファシリテーターを務める田口真司(エコッツェリア協会 事務局次長、SDGsビジネス・プロデューサー)ら、丸の内プラチナ大学のメンバーと共に、福島のフィールドワークに出掛けました。電車の車窓を流れる美しい田園風景を眺めていたら、「福島と都市をつなぐモデルプラン」のアイデアが湧いてきたと話します。
「丸の内プラチナ大学では、座学とワークショップを主とした講座を担当しているのですが、福島にサテライトキャンパスを作ったらどうだろう? と思いました。空いている古民家をお借りして寺子屋風にしながら、農泊やマルシェ、里山体験などを楽しめるまちづくりの拠点にするというイメージです。ありがたいことに、今日、会場にもいらっしゃる『割烹 田季野』の由紀子女将が、農園を提供しますよ、と言ってくださっているので、農園付コミュニティのような場を作れたら面白いですね、と田口さんたちと話しています。可能性としては、福島の食を通じた地域の人材育成の場、6次産業化商品の開発、あるいは地域資源を生かした体験交流型のツーリズムなどが考えられます。サテライトキャンパスが実現したら、福島と都市の連携による持続可能なまちづくりを行うことができると思います」
北村秀哉氏(テロワージュふくしま実行委員会・委員長、かわうちワイン(株)取締役)
続いて、北村秀哉氏が登壇し、福島・川内村でのワイン造りについて紹介しました。北村氏は大学院を卒業後、大手電力会社に就職。原子力技術者として活躍したのち、交通関連の新規事業を担い、原発事故の発生から3年後の2014年、福島復興本社に赴任しました。
「福島の人たちと何ができるかと考えた時、思い浮かんだのが、自身の愛するワインを作ることでした。昔から福島は果樹の栽培が盛んですが、醸造用のブドウはあまり作られていませんでした。それまではワインは飲むのが専門でしたので、山梨県の酒造会社などを訪ね、ブドウ栽培やワイン醸造のノウハウを1から勉強しました。2015年に、川内村に村を上げてのワイン造りを持ちかけましたが、村の方々も、やはり外の人間が来て一緒にやりましょうと言っても、本当にできるのかなと心配された時期もありました。すぐにゴーサインが出たわけではなかったのですが、やってみよう! という情熱の方が上回り、着手することになりました」
北村氏が川内村にワイン造りを提案した当時、村では避難指示が解除された地区に少しずつ住民が戻り始めていました。山の南側に斜面が広がる標高約700メートルの高田島をブドウ造りの場に選び、村民や県内外からのボランティアの手を借りて、土地の開墾からスタート。2016年には、初めてブドウの苗木を植えました。2021年6月には、醸造施設が完成し、今年3月に初めて川内村産のブドウだけで作られたワインの発売にこぎつけました。現在、約4haのブドウ畑には、1万3,000本ものブドウの木が植えられています。
昨年、電力会社を定年退職した北村氏はワイン造りと共に、「究極の美味しさは産地にあり」を理念とした東北発・食のツーリズム「テロワージュふくしま」の活動に力を注いでいます。テロワージュとは、気候風土と人の営みを意味する"テロワール"と、食とお酒のペアリングである"マリアージュ"をかけ合わせた造語で、仙台・秋保ワイナリーの毛利親房氏が提唱したものです。福島県も氏の呼びかけに賛同し、2019年からテロワージュふくしまの名のもとに、本格的に活動をスタート。地域の食材を使った料理と地域のお酒の魅力を磨き、国内外に発信するプロジェクトを展開しています。
「ワインは食中酒ですので、福島の食と一緒に味わっていただけるといいなと思い、この活動を始めました。テロワージュふくしまに参画いただいている料理店や宿と連携し、シェフのスペシャル対談など、ウェブサイトでさまざまなコンテンツを発信しながら、テロワージュふくしまの魅力を味わっていただく旅づくりも行っています。11月には、日本酒You Tuberの吉川亜樹さんと共に行く『テロワージュ会津・磐梯 酒の旅』を実施する予定です。今後は、阿武隈の食と観光を楽しめるツアーも企画してまいります」
また、この秋冬は、都内と福島県内の各料理店でスペシャルディナーも開催されます。
「この取り組みでは、都内の若手実力派料理人の方々を福島にお招きし、いわき市のレストランHagiのオーナーシェフ萩春朋氏をはじめとする、テロワージュふくしまの料理人の方々が地域の食や酒の生産者をご案内するツアーを行います。その様子をYou Tubeで公開することで、多くの方に福島の魅力を伝えていくと共に、料理人の方々のお店では、福島の食材と酒を使ったスペシャルディナーを開催します。情報は随時ウェブサイトで公開していますので、皆さまにもお越しいただけたら嬉しく思います。第二部のフードセレモニーでは、川内村で造ったワインもご用意しております。高田島の風景と同じように、爽やかな味に仕上がっていますので、どうぞお召し上がりください」
ヒラム美紗季氏(みなみそうま移住相談窓口「よりみち」副代表)
次に登壇したのは、国際線CAから、生まれ育った南相馬市で移住コンシェルジュに転身したヒラム美紗季氏。高校2年生の時、東日本大震災に遭ったヒラム氏は一時的に県外に避難するも、その後、都内の大学に進学。卒業後は、ドバイ拠点の航空会社に就職し、約3年間、国際線CAとして勤務しました。結婚を機に日本に帰国し、南相馬市に戻りましたが、その後、日系の航空会社への転職が決まったことから、再び地元を離れて千葉県に2年ほど暮らしていました。
「昨年の秋、コロナの影響もあって航空会社を休職し、また南相馬に戻ってきました。そして、今年4月に、まちづくり事業を主軸としたMYSH合同会社に入社し、現在に至ります。南相馬にUターンしてから1年ほど経ちますが、かつて自分がここに暮らしていたどの時期よりも濃密な時間でした」
ヒラム氏は最初に、南相馬市について紹介しました。
「南相馬市は、浜通り北部に位置する人口約6万人のまちです。小高区、原野区、鹿島区の3つの区がありますが、平成18年に合併する以前は、別々のまちだったので、今でもそれぞれのカラーがあって、非常に興味深い市となっています。現在放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する御家人の千葉常胤(つねたね)は、小高区にあった小高城に居城していたと言われています。毎年7月になると、馬の祭り『相馬野馬追(そうまのまおい)』が開催されます。甲冑競馬や神旗争奪戦、騎馬武者が市内を練り歩くお行列は、今年3年ぶりにお客様を招いて開催されました。最近では、ロボットの街としても知られています。2020年3月にオープンした福島ロボットテストフィールドでは、災害対応のロボットの実証実験、無人飛行機の試験飛行が行われています」
サーフポイントとして有名な北泉海水浴場をはじめ、南相馬の美しい自然の写真を披露したのち、ヒラム氏は自身が副代表を務める、みなみそうま移住相談窓口「よりみち」について紹介しました。
「よりみちは、私たちと共にまちを元気にする、定住者を増やしたい、移住実践者による等身大の移住定住サポートというコンセプトで、南相馬に移住した仲間と運営しています。単なる移住相談窓口ではなく、移住するとどんな生活が待っているのかを知るために、実際に移住した人たちと交流できるスペースとして"寄り道"していただける場となっています。南相馬には大学がないため、進学する場合は必ず市外に出ていきます。高校在学中の学生たちが、地元で働くイメージが持てないという課題を解決するために、よりみちでは、高校生が市内外で活動する大学生や社会人にキャリア相談ができるイベントも開催しています。今年7月1日にオープンしたばかりですが、すでに多くの方にお越しいただいており、数十件の移住に関するご相談をいただいています」
最後に、ヒラム氏は南相馬の魅力について熱く語りました。
「国際線CAとして働いていた頃はドバイに移住していましたが、どんなにハードスケジュールでも、時間を見つけては、家族に会うために南相馬に帰っていました。そこには、空気がきれいで、四季折々の景色や風情が楽しめる地元に戻りたいという気持ちがありました。昨年、Uターンすることを決めたのは、自分が育った環境と家族のもとで暮らしたいという気持ちが大きかったです。この1年で、新たな南相馬の魅力を発見しました。それは仲間です。まちの課題を見つけて、それをどう解決していくかを一緒に考える仲間たち。毎週、畑仕事を教えてくださる地元の農家さん、市民の方々。そして、新しく南相馬にやって来る仲間たち。地元でしかなかった南相馬に新しい変化が起きていて、仲間と共に日々未来に向かって進んでいく、そんな魅力を感じられるまちになっていました。これからも仲間と一緒に、南相馬を元気なまちにしていきたいと思っています。南相馬は、凍み餅をドーナツ生地で包み込んで揚げた"凍天"やアイスまんじゅう、ピリ辛のからみ漬けなど、スイーツやお酒のお供も豊富なまちです。体験しに来ていただければ、とても嬉しく思います」
吉田淳一氏(NTTデータ コーポレート統括本部デジタル戦略担当シニアスペシャリスト)
第一部の最後を飾るのは、「吉田劇場支配人」の異名を持ち、スペクタクルな演出と痛快トークで人々を魅了する吉田淳一氏。「皆様、このイベント中はぜひ、『福島愛』を意識してお過ごしいただければと思います」というメッセージと共に"舞台"の幕が上がりました。吉田氏は、企業に勤めるかたわら、宮崎県小林市PR大使や丸の内プラチナ大学の「繋がる観光創造コース」の講師としても活躍されています。今回のトークイベントでは、先日、同大学のメンバーたちと一緒に体験した福島でのフィールドワークで出会った3名の素敵な福島人を、自ら編集した映像と共に紹介しました。
「地域にその人あり」と題して、氏が最初に紹介したのは、嘉永3年(1850年)創業「末廣酒造」の七代目・新城猪之吉社長です。
「新城社長は、地域を引っ張っていくという強いパッションをお持ちの方です。若者にも日本酒を飲んでもらいたいと考えた社長は、流行の発信地であるフランス・パリに、早速乗り込みました。とにかくもう、フットワークの軽い方です。しかし、ヨーロッパへの船便で輸出する場合、喜望峰ルートで運ぶので、マラッカ海峡で70℃、大西洋で70℃、蔵で2回殺菌するので、計4回殺菌することになります。となると当然、お酒に色が付いてしまう。それなら30%割高になるけれど、リファーコンテナを活用しようと新城社長は思い立ちます。そこには、無名ブランドでも、美味しく飲んでもらえば評価されるという思いがありました。食のプロである『フォション』のソムリエに飲んでもらい、日本酒の美味しさに気づいてもらうことができましたが、当時は自国のワインを優先するという態度だったそうです。その後、新城社長は、香港などアジアで日本酒用の冷蔵庫を置く環境を構築するなど、海外に日本酒を広めるために力を注ぎました。今はどうでしょう? フランスではKura Masterといって、日本酒の品評会が毎年開催されていますよね。新城社長のような方たちのご尽力のおかげで、ようやく海外の人々が日本酒の良さに気づいてくれるようになったのです」
先週、まるごとふくしまウィークの一環として、3年ぶりに新橋西口のSL広場で開催された「ふくしまの酒まつり」に参加した吉田氏。県内52蔵の102銘柄がずらりと並んだ祭りは大盛況だったそうです。
「このお祭りの開催に向けて、新城社長はこうおっしゃっていました。1人でも多くの方に福島を愛していただくために、我々蔵元が、お客様に直接お酒をつぎ、福島の酒や魅力を感じてもらい、風評被害に関しても、自分たちの気持ちや味を通じて伝えていく。地道に実直に活動するしかないと思っている。私はこの言葉が心に強く響きました」
次に吉田氏が紹介したのは、創業200年以上の伝統を誇る老舗の酒蔵「鶴の江」。「和醸良酒」を信条とし、チームワークで美味しいお酒を醸しています。7代目当主・林平八郎さんの長女、林ゆりさんが1997年に造った日本酒「ゆり」は、今も母娘杜氏が造る優しいお酒として人気を集めています。
「トランプ大統領が来日した際、ゆりが振る舞われたことで爆発的にヒットしました。常識的に考えれば、大量生産すればいいのでは? と思いますよね。でも、ゆりさんは、『やっぱり地産地消。福島の酵母菌とお米でないと私たちは造りません』と断言されました。流行りものは造らない。自分たちが美味しいと思わないものは造らない。お客様とのふれあいや語り合いの中で、自らお酒を売っていく。若者にもぜひ飲んでほしいけれど、廉価商品は出さない、と徹底されています」
「フランスの話に戻りますが、ここ10年ほどで、食の健康志向を背景に、肉、魚、乳製品の量を減らし、野菜などの素材を活かした料理へと変わってきています。料理が変われば、ワインも変わらなければなりませんが、ワインというお酒はフォーマットを変えることができません。一方、日本酒は、ワインが不得手とするうま味、苦み、卵、くんせい、酸味、辛み、ヨード香という7つの要素に対応できます。このような背景から、フランスの高級料理店のソムリエさんたちは今、自国の料理に合う醸造酒として日本酒に注目しています。十数年後には、福島の日本酒が、1本数十万円、数千万円になるかもしれません。それほどプロの方たちが日本酒の美味しさを認識し始めています」
3人目は、割烹「田季野」の由紀子女将です。本トークイベントのトップバッター、中村正明氏の話にも登場したあの方です。
「郷土愛、自然愛、食彩愛。そして、徹底したホスピタリティと関係人口愛。それらをあわせ持つ由紀子女将は、郷土料理で会津の魅力を発信するパワフルな女性です。我々が伺った際も、朝5時前に起き、遠いところにある自分の畑まで野菜などを採りに行ったあと、ホテルの前で仁王立ちして待っていらっしゃる。何かと思えば、いつまで寝てるの、うちの畑に来なさいよと(笑)。連れていっていただいた畑が、丸の内プラチナ大学の農園になるかもしれません。会津名物、田季野のわっぱめしは、トランスイート四季島の1泊2日コース(春〜秋)の朝食メニューにもなっています」
続いて、吉田氏が紹介したのは「御神酒」にまつわるお話です。地方の祭りでは、榊にお供えした神酒や食べ物をみんなで飲食する風習があります。これは、同じ釜で煮炊きした食べ物を一緒に食べることで、非常に強い関係性が生まれるという信仰に由来しているそうです。
「夫婦固めの盃、親族固めの盃というように、通常、婚礼の儀で御神酒の盃を交わす三々九度がありますよね。この場合、御神酒はあくまでも脇役ですが、江戸時代から21代続く山梨の井手醸造の方にこんな話を聞きました。河口湖周辺では、三々九度と日本酒を絡めたユニークな風習があるそうです。日本酒の盃1つと郷土料理3品を1セットとし、これをお客様との間で3回まわす。つまり、合計3盃、9献(3×3)で三々九度となるわけです。こんな風に、福島でも、美味しいお酒と郷土料理をセットにしたら面白いのでは? という一つのアイデアを皆さんに共有させていただきました」
最後に吉田氏は、ドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」と福島県会津若松市出身のボーカルがけん引するロックグループ「サンボマスター」の楽曲を紹介しました。
「この映画は、第一原発事故が発生したあと、苦悩しながら福島で農家を続ける家族と東京の若者たちの対話を描いた作品です。福島以外の農家の方々とお話すると、『うちの野菜、美味しいので食べてください』と言われます。一方、福島の農家の方々の第一声は、『安全だから、どうぞ食べてください』でした。この二つのギャップ、非常に大きいですよね。作り手の気持ちを考えるといたたまれない気持ちになります。サンボマスターが福島への愛を熱唱する姿は、本当に素晴らしいです。私も編集中に何度も泣きました。ぜひご覧ください」
サンボマスターのライブ映像が流れ、ボーカルの歌声が会場には響き渡りました。熱い空気に包まれる中、吉田氏はプレゼンテーションを結びました。
第一部の締めくくりとして、登壇者4名は次のようにコメントしました。
「私のように外から来た人間の立場でも、福島の人々と一緒になって、ワイン造りという新しい目標に向かってやってこられたことを光栄に思います。福島の郷土料理や日本酒は、言うまでもなく素晴らしいですが、福島が若い方たちにとって新しい料理やお酒にもチャレンジできる場になれば、地域の新しい魅力や文化が生まれてくると思います。地域の外の方も、ぜひ積極的に関わっていただけたらと思います。福島の魅力を一緒に磨いてまいりましょう」(北村秀哉氏)
「食やお酒など、いろんな視点で福島のことを考えてくださる方が、こんなにたくさんいらっしゃることを知り、福島出身の一人として非常に嬉しく思うと同時に、改めて福島が好きだと実感しました」(ヒラム美紗季氏)
「ひと言でいうと、福島の皆さんは受容性が高いです。多様性を認め合う化学反応が起こる地域だと思います」(吉田淳一氏)
「北村さんからご紹介のあったテロワージュというキーワードは、まさに福島にうってつけだと思いました。劇場さん(吉田氏)のプレゼンテーションを聞いていると、私も歌いたくなりました。ぜひこれをご縁に、皆さんと繋がっていただければと思います」(中村正明氏)
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鶴蒔かれん氏 (2022 Miss SAKE福島)
第二部の冒頭、2つのインプットトークが行われました。最初の登壇者は、「2022 Miss SAKE福島」に輝いた鶴蒔かれん氏。鶴蒔氏は日本酒を切り口として、その魅力や日本の食や文化の素晴らしさを発信するアンバサダーとして、年間約400件のPR活動を行っています。
「私は生まれも育ちも福島県、生粋の福島っ子でございます。学生時代に農業のボランティア活動をする中で、県内の多くの生産者の方々と交流する機会がありました。皆さんの情熱やこだわりを知ると共に、農作物を作ることの奥深さをじかに体験させていただきました。その経験を通じて、1人でも多くの方に、作り手の思いやストーリーをお届けしたいという思いで活動しております。福島の多彩な特産品のうち、福島の顔となる11品目に『福島イレブン』がございます。お米や野菜、果物から、お肉やお魚まで、幅広く取り揃えておりますが、この何でも揃うところが、福島の食の最大の魅力だと思っています。また福島は、全国新酒鑑評会で9年連続日本一となるなど、日本屈指の酒処としても有名です。福島の日本酒は、水がいい、米がいい、人がいいをまさに体現しており、県内の60を超える酒蔵では、それぞれこだわりを持った日本酒造りを行っています。本日は、福島の生産者が情熱と誇りをかけて造った日本酒とお食事のペアリングをお召し上がりいただければと思います」
唎酒師 本橋あい氏
次に、唎酒師(ききざけし)の本橋あい氏が登壇し、日本酒とその楽しみ方について紹介しました。福島県は全国で4番目に日本酒蔵が多く、現在63蔵で多様なタイプの酒が造り出されています。「地域によって気候風土や産業の特性があるように、日本酒にも地域ごとの特性があります」と本橋氏は話します。
「日本酒を醸すのに適した寒冷な気候に恵まれた会津地方は、醸造に必要な湧水も豊富で、全国的に有名な蔵が多い地域です。中通りも、会津地方に続いて日本酒の醸造がとても盛んな地域です。伝統的な酒造りを継承する蔵が多い一方、南部では、若い杜氏さんの活躍も目立ち、新しいタイプのお酒も注目を集めています。浜通りは、3地域の中で最も酒蔵の少ない地域ですが、実は90%以上のお酒が、地域内で消費されていると言われています。地域の外に流通しないため、幻の地酒と呼ばれる銘柄も多いです。フードセレモニーでは、これらの3地域から11蔵のお酒をバランス良くセレクトさせていただきました」
「味覚というものは、体調や環境、気温などさまざまな要因によって個人差があり、千差万別です。味覚に影響する要因の一つに、先入観もあります。例えば、『こちらのお酒は、甘口で芳醇です』と言われると、そういう風に感じてしまうのが人間です。ですので、皆さまのお手元にある日本酒リストには、極力、香味や風味について記載しておりません。ぜひご自身の舌や感覚で味わっていただきたいと思います」
本橋氏は、テイスティングの3つのポイントを紹介しました。1つ目は、「色を見る」。
「日本酒は無色透明だと思っている方が多いのですが、実は色がついているお酒も多くあります。本日は透明のカップをご用意していますので、お酒がつがれたら、光にかざして色を見てみてください。熟成したお酒は少し黄色っぽく、より長い熟成期間をかけたものは、ウイスキーのように茶色くなっているものもあります」
2つ目は、「香りを感じる」。
「ぜひ感じていただきたい日本酒の香りが2つあります。その一つは、お酒を飲む前にグラスから立ち上がる香りです。お酒がつがれたら、カップに鼻を近づけて嗅いでみてください。マスカットのようなフルーティーな香り、ヨーグルトのような酸味のある香りなど、食べ物に例えられる香りもあります。もう一つは、含み香です。口に含んだ時に鼻から抜けていく香りも感じてみてください」
そして、最後に「味わい」。
「まずは少量を口に含んで、とろみなどのお酒の質感を感じてください。そして、香りを感じたあとは、舌全体に行き渡る甘味、酸味、旨み、苦味の4つの味覚を感じてみましょう。最後に、アフターフレーバーと言われる余韻も確かめてみてください。プロがテイスティングする時は、口に含んで吐き出すのが一般的ですが、今日は日本酒を楽しんでいただくためのテイスティングですので、次のお酒を召し上がる前に、水を飲んでいただくか、口をすすいでいただくと、よりお酒の違いがわかりやすくなります。ぜひ喉元からお腹に入れて、体全体で楽しんでいただけたらと思います」
フードセレモニーでは、福島の食材をふんだんに使ったPeace Kitchen TOKYOの「福島の大地の恵み弁当」が、参加者の方全員に振る舞われました。福島県産のお米「里山のつぶ」、福島牛のローストビーフ、麗山高原豚ヒレ肉のタレカツ、蛇腹キュウリとトマトのナムル、桃とクリームチーズのサラダなど、日本酒に合う形で調理された特製のお弁当です。会津地方の「末廣」をはじめ、中通りの「南郷」、浜通りの「一生幸福」など、バラエティ豊かな日本酒と共に、 北村秀哉氏が川内村の人々と造ったワイン「Village Chardonnay 2021」や猪苗代ビール醸造所の地ビールを味わえるコーナーも登場し、3×3Lab Futureの空間は福島一色に染まりました。
登壇者の方たちが口々に言っていた福島への愛に包まれた時間の中、その地で生まれた食と地酒の魅力を堪能した参加者の方々は皆、満面の笑みを浮かべていました。今後も、エコッツェリア協会は、福島の方々との交流・連携を深めながら、その魅力を感じていただける企画を考案・実施してまいります。乞うご期待ください。