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人や物流を繋ぐ役割を担い都市の発展を支える一方で、足元の街を分断する危険性も持った高速道路。光と影を持ちながらも都市に君臨してきた存在ですが、近年そのあり方に変化が生じ、人々に解放され新しい賑わいとライフスタイルを創出する場としての可能性を見込まれています。実際にそんな場として活用する計画が進行しているのが、1950年代から東京の象徴的な存在として親しまれてきた東京高速道路(通称:KK線)です。京橋、有楽町、新橋などを通るKK線は、2030年から2040年代にかけて廃止され、歩行者中心の公共空間としての再生が検討されているのです。
エコッツェリア協会では、まちづくりの観点から社会課題解決を目指す取り組みを展開するinspiring dots、社会のパブリックスペースの豊かさを追求するソトノバと連携し、KK線の新たな活用法を考える取り組みを展開しています。その端緒として、2021年8月25日に「世界から見たKK線に眠るポテンシャル」と題したトークセッションを開催しました。スペシャルゲストにお迎えしたのは、アメリカのポートランドやニューヨークにおいて、新しい公共空間のあり方を通じて街全体の付加価値向上に携わってきた山崎満広氏(都市デザインコンサルタント)、島田智里氏(ニューヨーク市公園局)のお二人。アメリカでの実例や、世界から見たKK線の可能性、KK線を通じてまちを豊かにするために必要なことについて議論していきました。なお、inspiring dots代表の重松健氏、ソトノバ共同代表の石田祐也氏、エコッツェリア協会から田口真司の3名がパネリストを務め、モデレーターはオンデザイン代表の西田司氏が務めました。
「KK G-LINE CONNECTION」は、重松氏が提唱する「東京G-LINE」という構想からスタートしたものです。様々な要因によって世の中の価値観が転換し始めている現代では、多機能を持つ複合施設を乱立させるのではなく、エリアごとの境界線を消失させてパブリックとプライベートを融合させるアプローチが重要視されています。つまり何らかの「目的」によって人を集めるのではなく、「自然」に人が集まる環境をつくることが重要であり、そうした環境を東京に生み出そうというのが東京G-LINE構想です。
「今は100年に一度のモビリティ変革期と言われていますが、どうしても自動車技術の話が中心に据えられていて、都市のインフラに関する議論が欠けてしまっています。しかしモビリティ革命が実現したとき、東京のど真ん中にある一周14.8kmという環状線は間違いなく必要なくなってくるので、そのあり方を考えなくてはいけません。そこを単に公園にするだけではなく、新しいパーソナルモビリティの実験ができるイノベーション特区にしたり、年齢、性別、障がいの有無に関係なく誰もが同じペースで街歩きを楽しめるエリアにすることができれば、東京が面として面白い街になっていくのではないかと考えています」(重松氏)
かねてよりこうした考えを発信してきた重松氏は、KK線の廃止と跡地利用について具体的に論じられるようになったことで、KK線を通じて周辺の街の魅力の最大化を図ると共に、KK線を舞台として様々な実証実験を行っていくための体制を作るべく動き出します。そこで、パブリックスペースに関する豊富な知見と具体的なプレイスメイキングのノウハウを持つソトノバ、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアのまちづくりを推進するエコッツェリア協会と連携をした上で、東京G-LINE構想を進めることとなったのです。
「KK G-LINE CONNECTION」の概要を紹介したところでスペシャルゲストによる基調講演へと移ります。最初に登壇したのは、日米を中心に都市デザインコンサルタントとして活躍する山崎満広氏。山崎氏からは、先進的なまちづくりへの取り組みが世界中から注目を集めるポートランドの事例が紹介されました。
アメリカで「最も環境にやさしい街」「最も住みやすい街」「最もクリエイティブな街」など、アメリカの数ある都市の中でも一際高い評価を受ける街であるポートランド。この街が様々な視点から讃えられるようになったのは、1970年代から現在に至るまで持続可能なまちづくりを進めてきたことが大きな要因となっています。例えば1971年にはアメリカで初めてガラス瓶のリサイクルをスタートし、1986年にはライトレールを導入して環境負荷を削減。京都議定書が採択されるよりも以前に、アメリカで初めて再生可能エネルギーの普及基準を設けるなどの取り組みも行ってきました。これらの動きを山崎氏は「短期的には儲からないが、長期的には地球のためになるようなことばかりをやってきた街」と評しますが、それが住民に受け入れられたのは、まちづくりを行う上で明確なビジョンを持って臨んだことが大きな要因でした。
「何らかの課題解決に臨む際、現状を良くしていくためにはどういうギャップを埋めていけばいいかという『ギャップフィル型』と、目指すべき姿を設定してそこに向かっていく『ビジョン設定型』という2つのタイプがあります。日本では前者が、欧米では後者がよく採用されますが、ポートランドの場合はまさにビジョン設定型で、グランドデザインを掲げてそのためのプランをつくり、実行してきました」(山崎氏)
ポートランドにおけるビジョンとは「住んで、働いて、遊んで楽しいダウンタウンをつくる」というもの。このビジョンに向かっていくために、住宅地や緑地を増やしたり、人々が滞留できる公共空間をつくったりしていきました。また1970年代から1980年代にかけて全米で進んでいた高速道路の拡張工事反対運動を展開し、アメリカで初めて高速道路の跡地に公園を造設することも実現。こうした取り組みを行っていった末、世界中から憧れられる街へと成長していきました。この事例を紹介した上で山崎氏は、「きっちりと計画を立てながら進めていく方法だとすぐに状況が変化していくので、遠くのビジョンを掲げてそこに向かって頑張っていく時代になっている」とも説明しました。
ビジョンの実現には具体的な構想、つまりコンセプトを練ることも重要です。ポートランドの場合、「エコ・ディストリクト(ECO district/健康的で、自律的に持続可能な地区)」というものがコンセプトでした。これは街をいくつかの地区に分けて個別に自律的な運営をしてもらうというものです。一つひとつの街区をコンパクトにすることにより各地区が持つ資産を活かしたまちづくりを行いやすくし、同時にビジョンも落とし込みやすくします。また、各地区が分断しないようにモビリティを通じて地区同士をつなげることでコミュニティ機能を維持します。こうすることでコミュニティからの意見も取り入れやすくなり、持続可能かつ官民連携のまちづくりをできるようにしていったことが、ポートランドのまちづくりの肝だったといいます。
まちづくりを進める上で忘れてはならないことは他にもあります。活動を推進する専門組織です。活動の主導が官になるか民になるかは時と場合によりますが、いずれにせよ専門家としての教育を受けた人間がリーダーシップを取ることが重要になります。ポートランドの都市再生事業では、ポートランド市開発局(現プロスパー・ポートランド)という市の組織がそれを担い、1958年の設立以降街の経済開発と都市再生のために13億ドルもの投資を実施。現在でも5年毎にビジョンと政策を見直しながらまちづくりを行っていますが、そこでポイントになるのが他の専門家を集めて横のつながりを増やしていくことです。
「ポートランド市開発局は自分たちだけで問題を解決しようとはせず、ワークショップを通じて市民からのアイデアを集めたり、費用と恩恵を分け合う仕組みを考え、作ったりしながら丁寧に進め、実行に移していきました。こうした進め方を『ポートランド流』と呼び、現在アメリカでは主流の手法になっています」(山崎氏)
ポートランド流のワークショップでは、その地域に住む人や働く人たちに対して「自分たちの生活やライフスタイルを改善するためのワークショップである」「皆が恩恵を分かちあえるような取り組みをしていく」といったことを伝えて住民参加を促し、関係性を構築しやすくします。こうしたプロセスを経ることが、いいまちづくりにつながると山崎氏は述べ、最後に次のように話して基調講演を締めくくりました。
「ポートランドには観光地はそれほどありませんが、ソフトの部分に時間とお金を掛けているため、生き生きとした街になっていると思っています。こうしたソフト重視でまちをつくっていくという点は、今後KK線について考えていく上で参考になる部分だと言えるでしょう」(山崎氏)
続いて登壇した島田智里氏は、ニューヨーク市公園局に勤務してまちづくりに関わっています。そんな島田氏からはニューヨークにおける公園の役割や、公園を通じてどのようなまちづくりが行われているかが紹介されました。
ニューヨークでは2007年に当時の市長マイケル・ブルームバーグ氏が、持続可能で健康な社会をつくることを目指して「PlaNYC」という長期計画を策定します。この施策は2015年に現在の市長であるビル・デブラシオ氏の下で「OneNYC」と改題され、「育ち繁栄するまち」「平等で公正なまち」「持続可能なまち」「災害に強いまち」という4つの観点からまちづくりを行うことが明記されました。これらの実現のために重要な役割を担っているのが市内面積の14%に及ぶ公園であり、それらを管理し、データ収集や分析、デザイン、様々なプログラムづくりなどを手掛けるのがニューヨーク市公園局なのです。
ニューヨーク市には多様な公園が存在しますが、大きく次の3つのタイプに分けられます。
(1)公園局が主体となって市直轄で管理される公園
市の政策OneNYCを下に、地域ごとに不平等さが出ないように公正な公園づくりがなされています。例えば2014年からスタートした「Community Parks Initiative(CPI)」というプロジェクトでは、設計前から市民に参加してもらうことにより、一律的ではなく本当にその地域に求められる公園をデザインしたり、環境向上といった似た目的をもつ他の事業と連携して資金やリソースを共有しながら公園のリノベーションを実施するという試みを行っています。
(2)公民連携で管理される公園
公園局とNPOなどの民間組織がパートナーシップを締結して管理・運営する公園。民間組織には、ニューヨークで公園が廃退していた1980年代に危機感を抱いた市民が立ち上げたボトムアップ型のNPOが多く存在しますが、近年では市側が働きかけて組成されたトップダウン型のNPOも増えてきています。また、公園を管理する組織・団体だけではなく、公園空間を充実させるために様々な専門家や市民ボランティアなども参加しており、公園を介して新たなネットワークを構築することで技術やノウハウの共有がなされて新たなプログラムが開発されたり、長期的な人材育成にもつながったりしています。
(3)民間により開発される公園
住宅開発やリゾーニングによって生まれた公開空地や、土地建物の用途変更で解放される空間、商業施設の一部として開発される空間などを公園利用にしたもので、近年増加傾向にある新しいタイプの公園です。
このように一口に公園といっても、管理・運営する主体によってその公園が持つ特性や地域に与える効果は変わりますし、複数の組織が関わるからこそ平常時ではプログラムの充実、非常時では連携による迅速な対応なども実現可能になるのです。島田氏はその例として、コロナ禍におけるオープンスペース開放の取り組みについて紹介しました。
「新型コロナウイルス感染症の影響で人々の行動が制限されたとき、ニューヨーク市では道路や歩道などの道路空間を開放し、臨時に屋外で市民が安全に過ごせる環境をつくりました。その際には『市民に安全を提供する』という目的の下、具体的な目標を設定し、関係各所と迅速に情報共有をしていくことで、警察や文化局といった普段は密接に仕事をしない組織との連携も可能にしました」(島田氏)
そして島田氏は、まちづくりにおける重要なポイントを次のようにまとめて講演を締めくくりました。
「山崎さんも指摘していましたが、まちやエリアとして統一した目的、ビジョンを持ち、その下に短中長期ごとの明確な目標を立てることが重要です。そのためには様々な手段が用いられますが、一番大切なのは『健康的なコミュニティ』です。人間は心が病むと身体も病みますし、身体が病むと心も病むことがある。同じようにまちを良くするには健康なコミュニティが必要だと思います。そのためにも、三歩下がってまちの視点から公園づくりを考えるといいのではないでしょうか。さらに、地域のアイデンティティ、変わりゆく時代に柔軟に対応できるフレキシビリティ、これまでにないアイデアを出すクリエイティビティも大切ですし、加えて第三者を巻き込んでいくことも重要だと考えています」(島田氏)
地域を統括する公的機関に属する人々、その地域で暮らし働く市民に加え、所属はしていなくてもそのまちを愛する第三者を仲間に加えること、そしてそのためにもクリエイティビティを持って事に臨むことが重要だと言えるのでしょう。
両氏の講演を終えたところで、パネリストを交えたディスカッションへと移ります。山崎氏と島田氏は共にプレゼンテーションの中で、「ビジョン」を持つことがまちづくりに欠かせないと指摘しましたが、これに対して石田氏より「ビジョンを描く上で市民はどう関わっていくべきか」という質問がなされました。
「ポートランドでは2000年に策定したあるビジョンがあるのですが、それをつくる際には外部のコンサルタントの協力も得て2年間で2万人の市民の意見を聞いたそうです。集めた意見は最終的に3層18分割のテーマに分けて整理し、テーマごとに戦略を立ててビジョンを作っていったそうです。そうやってつくられたビジョンを見ると、市民としても自分の意見が採用されていることがわかりますし、取り組みもしやすくなりますよね」(山崎氏)
「PlaNYCができたときに担当部署を新設し、市民を含む関係者と一緒に目標を作り上げていきました。こうした目標は一度作ったら終わりではなく数年ごとに再評価を行い、その際には市民の意見も取り入れ、出来るだけ市民参加を促し行っています」(島田氏)
ビジョンの設定の他にポートランドとニューヨークに共通しているものとして、「柔軟性を持った活動」が挙げられます。
「"やってみてダメだったら戻せばいい"というように、いろいろと実験的取り組みが行われていることが印象的でした。日本でそれをやろうとすると週末だけのイベントで終わってしまい、実際の効果を見ることが難しくなってしまいます」(重松氏)
なぜアメリカでは柔軟な取り組みができるのかについて、山崎氏と島田氏は次のように見解を述べました。
「アメリカでは各州に権限が与えられているので、独自の取り組みがやりやすい点が挙げられます。日本では国が法律をつくっていますから、各地域における最適化は考えられておらず、何十年もの間放っておかれてしまっているのが現状です。そのため、本当の意味で地方自治をしていかないとならないと思います」(山崎氏)
「ニューヨークでは1970〜1980年代にかけて公共空間の治安が悪かった歴史があります。その中で、いかに開放的な公園をつくって利用に興味を抱いてもらい、賑わいを創出するかということが安全の向上ためには必要でした。もちろん法律や決められた枠組みはありますが、そうした背景があるからこそ型にとらわれないやり方、フレキシビリティさを持って取り組みができているのだと感じます」(島田氏)
さらに島田氏は、スピード感を持ち、かつ長期的視点で物事を進めるためのポイントとして「主催者側が何をしたいのかを明確にするのは当然として、参加する、近くで見ている人たちにも同じ共通認識を持ってもらうこと」「ハードの部分ではチャレンジをしながらも、ソフトの部分ではアウトリーチをしていくこと、つまり主催者と参加者が安心してコミュニケーションを取れる場所やプラットフォームを作ってあげることが重要になる」とも指摘し、主催者と参加者の間で同意を得ることがポイントだと訴えました。これを受けてモデレーターの西田氏は「市民に対する信頼感を持つこと」の重要性を説きました。
「市民に対して『巻き込んでいける』と考えるのと、『言っても伝わらないかもしれない』と考えるのでは、実際に行動に移したときに結果が違ってきますよね。市民を信頼することがとても大事だと思いました」(西田氏)
さらに議論は進みます。聴講者から「KK線活用のための具体的なアイデアや取り組み方」について質問されると、山崎氏は「ボトムアップとトップダウン両方からのアプローチ」を、島田氏は「三歩下がって考えてみること」を提案しました。
「仮に僕がKK線の取り組みに関わるとすれば、ボトムアップとトップダウンの両面で始めると思います。例えば、ミズベリング・プロジェクト(※)という市民発で日本全国に広がったプロジェクトのようなボトムアップ型と、中央に入り込んで戦略特区をつくり、そこから仕掛けていくトップダウン型の両面から仕掛けていくと、日本では上手くいのではないかと考えています」(山崎氏)
※ミズベリング・プロジェクト:まだ十分に活用されていない日本の水辺の可能性を切り開くため、水辺に興味を持つ市民や企業、行政をつなぐ官民一体の協働プロジェクト。
「KK線の話を聞いた時、三歩下がって考えた方がいいのかなと思いました。私たちのようにまちづくりに従事する立場にいると、KK線というとピンときやすいですし直ぐにその使い方や問題に取り掛かかろうとしますが、一般の方や周囲の他事業者からするとKK線を活用することが何を意味し、どんな影響を与えるのかわからないかもしれない。公園をつくる時にも、公園の建設が目的ではなくて、公園を通じて何を目指しているのかを伝える事で、情報を受け取る側の印象も変わってきます。KK線の場合も、道路の用途変更ではなく、周辺エリアを豊かにするための手段としてKK線を活用したいということを私達の中でもはっきりすることが大事ではないかと思います」(島田氏)
また聴講者からは「ステークホルダーをまとめる主体はどのような組織が望ましいのか」という質問もなされ、「どのような組織にしろ、ボードメンバーには必ず行政、市民、近隣事業者の代表者を入れること。また規制やルールを理解して、わかる言葉で周囲に伝えられる人を入れること」(島田氏)、「デザイン面や経済面、コミュニティづくりがわかる都市の専門家を入れ、リーダーシップを取って色々な人を巻き込み続けていくことが重要であり、方向性やビジョンのブレを無くした上で、組織としては状況に応じてアメーバ的に変化しても構わない」(山崎氏)といった回答がなされました。
このように、次々と意見が交わされる白熱した議論が展開されたところで、この日のセッションは幕を閉じることになりました。終了後、各パネリストが「お腹がいっぱいになった」と口を揃えたように、質も量も当初の想定を大きく超えるものとなりました。「KK G-LINE CONEECTION」というプロジェクトには、それだけ大きなポテンシャルが秘められていると言えそうです。最後に、発起人である重松氏が参加者に向けて「ぜひ一緒に東京のワクワクする未来を作っていきましょう」と呼びかけたように、今後も多くの仲間を集めるためにこのプロジェクトは続いていきます。ぜひご注目ください。