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【レポート】国内初の車両更新ファンドで持続可能な企業へ、しなの鉄道の挑戦

"しなの鉄道" 車両更新の魅力を探る~地域と生きる持続可能な鉄道を目指して~ 2021年4月26日(月)開催

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長野県の東信エリアの貴重なインフラであると共に、地域の観光資源をつなぐ役割も持つ「しなの鉄道」。多くの人に愛されるローカル鉄道ですが、その一方で地域の人口減少と少子高齢化、働き手不足、そして車両を始めとした設備の老朽化などの課題を抱えています。そこでしなの鉄道は、今後も安定的な運行をしていくために、新型車両の導入に向けたファンド募集を2021年1月にスタートしました。このようにローカル鉄道がファンドを通じて資金調達するような事例は日本初のものであり、今後の地域活性化へのヒントが詰まった取り組みと言えます。

今回、しなの鉄道株式会社の岡田忠夫氏(専務取締役)、ファンドのプラットフォームを提供するミュージックセキュリティーズ株式会社の渡部泰地氏(取締役)、しなの鉄道沿線地域の活性化に取り組む三菱地所株式会社の青木重剛氏(ソリューション営業二部 理事)をゲストにお招きし、ファンドがスタートした背景やしなの鉄道の魅力と課題などを紹介するイベントを開催。実際の活動の模様から、ファンドを通じた地方創生や、SDGsへの新しい取り組み方などについて学んでいきました。

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ローカル鉄道が選択した「ファンド」という新たなチャレンジ

ローカル鉄道が選択した「ファンド」という新たなチャレンジ

image_event_210426.002.jpegしなの鉄道株式会社 専務取締役の岡田忠夫氏

最初に登壇したのは、しなの鉄道の岡田氏。2019年6月より現職に就く岡田氏ですが、それ以前は三菱地所を基点に日本経済研究所や日本郵政、経済同友会等に出向し、地域活性化に取り組んできた経験を持ちます。岡田氏はまず、しなの鉄道の特徴や課題を紹介しました。

「しなの鉄道は軽井沢から妙高高原まで、信州の中でも東信から北信と言われる約100kmの地域を走る鉄道です。軽井沢を始め、上田城のある上田や、善光寺参りの精進落しとして知られる千曲市の温泉、蕎麦で有名な小諸や、ワイナリーで賑わう東御など、信州の観光資源をつないでいます。また沿線には約80万人が居住し、年間で約1400万人の方にご利用いただいています」(岡田氏)

こうした特徴を持つしなの鉄道ですが、現在は新型コロナウイルス感染症の影響で乗客数が大きく減少しています。さらにコロナ以前から(1)沿線人口の減少、(2)施設老朽化、(3)人件費や修繕費等の固定的費用の増加、という慢性的な3つの課題に悩まされており、その解決が急務とされていました。

「我々のお客様は『通勤』『通学』、それから切符を買って乗車いただく『定期外』の3種類に分けています。この内人数の割合としては通勤が3割、通学が4割、定期外が3割で、主に高校生の足として使われているんです。ただ、沿線の15歳〜19歳の人口は2015年時点で40万人ですが、2035年までに28万人ほどに減少すると見られており、マーケットは確実に縮小していってしまいます」(岡田氏)

「鉄道会社の資産は車両や線路だけではなく、架線や軌道、踏切や信号など多岐に渡りますが、それだけ細分化されていると、施設の老朽化に伴って修繕費もかさんでいきます。全国の並行在来線では、平均して出費の45%ほどが修繕費に充てられていますし、当社の場合も34%が修繕費になっています。それから、弊社の社員の平均年齢は39歳とまだ若いのですが、逆に言えばこれから年齢が上がっていくにつれて給与規模も大きくなっていきますし、人材確保も課題になっています」(同)

image_event_210426.003.jpegしなの鉄道の営業費用の推移。人件費や修繕費など、固定費の増大が大きな課題になっている

しかし、人件費や修繕費のような固定費はすぐに削減できるものではありません。そこでしなの鉄道が目をつけたのが車両です。老朽化した車両を更新すれば、使用電力は従来の約半分で済むため、電気代の節約はもちろんCO2の大幅な削減にもつながるため、長野県が推進するSDGsに貢献できるのです。とはいえ、新型車両の値段は一車両あたり2億円(しなの鉄道は2両編成のため一編成あたり4億円)と非常に高額であり、簡単に導入できるわけではありません。そこで同社は「ファンド」という異例の手段で車両更新を行うことになりました。その狙いを岡田氏は次のように説明します。

「鉄道設備は国や自治体から補助を受けることができるため、新型車両一両につき、国から7000万円、県や沿線自治体から7000万円、そして当社が7000万ずつ負担をします。ただ当社にとっては、7000万円という数字は非常に大きな負担のため、どうにか調達するためにファンドを活用することにしました。ただし、単にお金が足りないからというだけでファンドを導入したのではありません。これから先、沿線人口の減少に伴って収入は減っていきます。そうした中で、新たな資金調達の手段を得たいと考えてファンドを行うことにしました。それに、比較的補助金を受けやすい地方鉄道と言えども、口を開けて待っているだけではなく、新しいことにどんどんチャレンジしていきたいという思いもありました」(岡田氏)

インフラ系の企業と言えども、現状維持だけを考えているだけでは持続していくことが難しいというのは、コロナ禍の中で多くの人が実感したことだと言えます。そうした不確実性の時代の中で、しなの鉄道はファンドという資金調達方法に可能性を見出したというのです。

image_event_210426.004.jpegしなの鉄道の新型車両。青い車両が快速用で、赤い車両は一般用の車両

新しい資金調達に不可欠な「共感」

image_event_210426.005.jpegミュージックセキュリティーズ株式会社 取締役の渡部泰地氏

しなの鉄道の車両更新ファンドは具体的にどのように進められたのでしょうか。その詳細については、ファンドを組成したミュージックセキュリティーズの渡部氏がバトンを受けて説明していきました。

「従来の資金調達方法は、銀行等の金融機関からの融資や、ベンチャーキャピタルからのエクイティファイナンス、行政からの補助金などが主なものでした。しかし、これらの方法だけでは資金調達が難しい事業も多く存在しているため、個人や家計、法人から『資本性の資金』を供給することが求められていきます」(渡部氏)

「資本性の資金」とは、株式発行や譲渡も伴わず、企業の議決権にも影響は与えないことや、元本保証や個人保証も不要であること、資金を提供する側には売上に連動して一定金額を分配するという成果連動の分配という特徴がございます。利回りのみを追求していく金融商品と異なりますが、そのような金融商品になぜ投資家が注目するのか。それは、その事業が地域社会の課題解決やSDGsの達成にどうつながっていくのかという、「共感」を動機とした投資が増えてきているからです。しなの鉄道の場合、地域のインフラとして持続的に事業を推進していく点に加え、車両更新による使用電力削減、それに伴うCO2削減効果も重要な共感ポイントであるため、ファンドを募る際にはこの点を重点的に発信していったそうです。

「もともとしなの鉄道が好きだからという方や、沿線地域の出身だからといった理由で投資をしてくださる方も多くいましたが、SDGsの取り組みに共感したという投資家もいました。動機は異なっていても、『共感』を通じて投資をしたという点は共通しています。投資をきっかけに、しなの鉄道のファンになったというケースもありました」(同)

SDGs時代に重要性増す「ブレンド・ファイナンス」

しなの鉄道のファンドでは、個人投資家から3000万円(一口5万円)、法人から2000万円(一口100万円)の資金を調達するという目標が掲げられました。法人の場合は前述のようにSDGsを通じて共感を得ることで投資を募りましたが、個人投資家に対しては、観光列車の乗車券や沿線地域の産品の提供、また車両の部品取り体験などユニークなリターンを用意し、楽しみながら投資できるような工夫を施しました。

「目標の金額を達成すれば、107〜108%ほどの償還を受けられることになります。投資商品としてさほど大きな利回りではありませんが、運用期間は10年という長期に渡るため、その間にしなの鉄道を通じたネットワークの構築や新規事業開発の機会も提供していけると考えています」(渡部氏)

今回のように、単に経済的リターンだけでなく社会的リターンも追求するために、複数の資金調達手法を組み合わせることを「ブレンド・ファイナンス」と呼びます。この手法は、今後SDGsを始めとした社会的課題の解決に通じる投資の重要度が増していく世の中において、ますます注目度が高まっていくと見られています。

「社会的リターンとは、社会に対するポジティブな成果を提供するというもので、しなの鉄道のファンドで言うと、CO2の削減や、車両更新によってしなの鉄道の社員の方々に良い変化を及ぼし、事業活動が活発になるようなことを言います。従来の経済的リターンに加え、社会的リターンも最大化できるようなファンドを設計することが今後ますます求められていくでしょう。当社としてもこうした点を意識し、しなの鉄道と三菱地所とのタッグで沿線も含めた地域活性化にチャレンジしていきたいと考えています」(同)

「関係人口」の増加がしなの鉄道を救う

image_event_210426.006.jpeg三菱地所株式会社 ソリューション営業二部 理事の青木重剛氏

しなの鉄道の岡田氏、ミュージックセキュリティーズの渡部氏のプレゼンテーションを終えると、両者をつなぎ合わせた三菱地所の青木氏も加わり、質疑応答が行われました。三菱地所は2016年9月に長野県の地方創生に関する連携協定を締結し、2019年3月には軽井沢駅北口の遊休地の有効活用についての優先交渉権を獲得するなど、近年長野県における地域活性化や産業振興などに取り組もうとしています。

参加者から、まずは岡田氏に対して「人口減、施設老朽化、固定的費用の増加の他に、しなの鉄道はどのような課題を抱えているのか」という質問がなされます。これに対して同氏は「地域コミュニティの弱体化」を挙げました。

「これまでしなの鉄道と沿線市町はお互いに助け合ってきました。例えば、駅周辺の清掃や駅舎の軽微な修繕といったことは地域の方々の手を借りていました。しかしながら、高齢化や人口減少に伴って地域の方々とタッグを組んで前進するということが、だんだんと難しくなっていることを実感しています」(岡田氏)

地域の高齢化によって労働力が不足してコミュニティの結びつきも弱まることは、しなの鉄道沿線に限らず全国的な課題になっています。その解決の一手として期待されているのが「関係人口」を増やすことです。青木氏は次のように解説します。

「地方の定住人口は簡単に増やせませんが、その地域やそこに暮らす人々と関係する『関係人口』を増やすことは重要な一手と言えます。例えば現在長野県は、ITやクリエイティブに強い人材を増やしていきたいという要望を持っていますから、IT系企業や大学と連携して長野県に携わる人を増やしていけるのではないかと考えています。アフターコロナの時代において、そうした地方と都市を行き来するような動きは強まっていく可能性が高いので、我々としてはそのためにインフラを整えていくことも必要だと感じています」(青木氏)

関係人口を増やす取り組みも全国的に注目されているもので、これまでエコッツェリア協会でも、都市部のビジネスパーソンが地方で期間限定型リモートワークを行う「逆参勤交代」を実施し、日本各地で関係人口を増やす取り組みを進めてきました。この日は逆参勤交代の提唱者である松田智生氏(三菱総合研究所 主席研究員/丸の内プラチナ大学副学長)も聴講者として参加しており、「意識の高い人だけではなく、多くの人を動かす制度づくりが関係人口増加の鍵」と話しました。

こうして質疑応答の時間も終了を迎えます。最後に各登壇者からは、次のように今後の展望が語られました。

「地域に入って活動していて感じるのは、『東京の人や企業をうまく使って下さい』と言っても、地元の人々は動くことがなかなか難しいということです。東京側の人や組織はもっと噛み砕いて説明し、地域に合わせたサポートの仕組みを提供していけるかが都市と地方が協力する上でのポイントになるでしょう」(岡田氏)

「関係人口になるために何をすればいいのかわからない、という人も多いと思いますが、我々からすると、遠くにいながら地域に関われるという意味では、投資という行動も関係人口になるためのものだと考えています。今日の話を踏まえて、しなの鉄道のファンドにも興味を持っていただき、投資ではなくとも何らかのご意見をいただきたいと思っています」(渡部氏)

「三菱地所としては、しなの鉄道の沿線エリアに中長期的に関与していきたいと考えていますし、私個人としても仕事を通じて信州に魅了されています。例えばこの地域は標高の差が大きいため、桜の時期が1ヶ月以上続くんです。今はなかなか移動がしづらい時期ですが、事態が落ち着いたらぜひ足を運んでいただき、しなの鉄道に乗って、沿線を体感してもらいたいと思います」(青木氏)

この日のセッションは80人以上が参加し、しなの鉄道やファンドという資金調達方法の注目度の高さが伺えました。岡田氏や渡部氏が口にしたように、経済的リターンだけではなく、社会的リターンも追求するファンドは今後確実に増えていくでしょう。その中でもインフラ企業であるしなの鉄道の取り組みは、日本における画期的な先進事例と言えます。このファンドは2021年6月30日まで募集されていますが、募集期間が終わった時にどのような未来が待ち構えているのか、今から楽しみです。

image_event_210426.007.jpeg聴講者として参加していた逆参勤交代の提唱者である松田智生氏(三菱総合研究所 主席研究員・丸の内プラチナ大学副学長)

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