9,12,15
大丸有フードイノベーションも回を重ねること3回目。年度押し迫った今回、ここに至ってイベントが新たなフェーズに突入していることを感じさせる開催となりました。
7月の第1回、10月の第2回同様、生産者が自らの生産物をアピールし、試食、審査員・一般参加者の評価の後に交流会という流れですが、登場する生産者はこれまでで最小の4者。また、交流のしつらえも今までとは変わり、フリートークではなく、着座したまま生産者が移っていくかたちで行われています。これはイベントが低調になっているのではなく、逆に期待が高まったことを受けて、より大きな効果を上げるためにやり方を精査した結果です。
審査員も兼任し、全体をコーディネートする中村正明氏は「新しい変化の兆しが生まれているように感じる」と話しています。日本の農業と食が変わろうとする、その兆し。今はまだ明らかな形を取ってはいないものの、その萌芽は確かに生まれている。まさに食と農のイノベーションの現場に成長しつつあることを感じさせたのが、この第3回開催だったのではないでしょうか。
今回この日登場した生産者は、
【北海道】JAびえい販売(髙橋沙緒里氏)
【全国】JA全農(三浦広貴氏)
【山口県】下関農業協同組合(三牧成生氏)
【岡山県】黄ニラ生産者・黄ニラ大使 植田輝義氏
の4者でした(発表順)。図らずもJAが中心となりましたが、生鮮×2、加工品×2とバランスのとれた発表となりました。
また、評価委員は引き続き大丸有エリアの食農分野に関わる以下の6氏が担当しています。
上岡美保氏(東京農業大学国際食料情報学部食料環境経済学科准教授)
安倍憲昭氏(皇居外苑「楠公レストハウス」総料理長)
永島敏行氏(俳優、青空市場代表取締役)
薄井麻衣子氏(株式会社ビー・ワイ・オー営業本部HMR事業部営業企画部リーダー)
中村正明氏(6次産業化プランナー、東京農業大学客員研究員、関東学園大学教授、大丸有「食」「農」連携推進コーディネーター)
兼子恵子氏(フードプロデューサー)
(各開催のレポートはこちら 第1回 第2回)
あらためて説明すると、本イベントは、生産者と消費者の新しい関係を創出し、食と農の、特に消費レイヤーにおけるインベンション・変革を促進し、食と農全体のイノベーションを喚起するのが狙いとなっています。「単なる商談会ではないし、ただの試食会とも違う」と全体司会を務めるエコッツェリア協会の平本真樹氏は説明しています。生産者一人ひとりと向き合うことでしか食と農のイノベーションは起こり得ない。その観点からこのイベントは設計されています。
登壇者は5分程度のプレゼンテーションを行い、生産物のアピールを行います。その間、会場では審査員・一般参加者ともに試食。そして質疑応答を行います。
審査員の評価は、学術的視点、マーケティング的観点、消費者的観点を盛り込んだ独自の手法に基づくもので、多角的な分析を交えて登壇者にフィードバック。また、一般参加者からもアンケートを取り、今後の活動に活用してもらいます。
東京のビジネスマンが一方的にマーケティングを教えるのでもなければ、地方の生産者が一方的に農業について教えるのでもない。双方向性の交流があり、相互に刺激し学び合うことができる内容になっています。食と農を中心に、地方と東京の両者が変革するための場、それが大丸有フードイノベーションという言い方もできるかもしれません。
以下、順を追って発表の内容を見ていきます。
①「丘のおかし あずき」――JAびえい販売(北海道)
美瑛町は北海道の中部に位置しており、一部ではポテトチップスの原料となるジャガイモの生産地として、また、さまざまな作物を組み合わせる"パッチワーク"と呼ばれる農地でよく知られています。登壇したJAびえい販売の髙橋氏は、「限られた農地で作る生産物の付加価値をどう上げていくかが課題だった」と話しており、この日紹介した「丘のおかし あずき」もその施策のひとつとして開発されたもの。フリーズドライのあずきです
美瑛町はいち早く20年前にフリーズドライ化する機械を導入し、スープなどの商品を製造していましたが、同種の取り組みが増えてきたことから差別化を図るべく、豆類に着目。「生豆の消費量は減少傾向。若い女性をターゲットに、あずきを楽しんでもらう製品として開発した」と髙橋氏。
フリーズドライのあずきは軽くサクサクとした食感で、グラニュー糖で軽く甘みを加えられています。軽く食べられるので、いろいろな使い方・食べ方ができそうな感じ。そのまま食べても良いし、おしるこにしてもいい。会場からは「シリアルのように食べてもいけるんじゃないか」という声が聞かれます。
質疑応答では、永島敏行氏が「生産者が食べ方をきちんと伝えていくことが大事」と指摘するとともに、外国人向けの商品化、砂糖ではなく塩で調味することをアドバイス。他の審査員からも積極的なアドバイス、指摘があり、「高級感を出すと良い」「機能性をPRすべき」「クルトンとして使えるのでは」(上岡氏)、「外食では使いやすい、業務用に期待」「和菓子業界が消費低迷に悩んでいる。一策を講じるヒントになりそう」(安倍氏)、「健康志向の女性にマッチしそう。グラニュー糖以外の砂糖に期待」(薄井氏)とさまざまな意見が出されました。
②「旬の果実ジャムシリーズ いちじく」――JA全農
「これは地産全消である」とアピールしたのがJA全農の三浦氏。JA全農が、その組織力と機動力を本気で使うとどんなことができるのか、その実証でもあるといえそうです。全国で生産されるその時々の旬の果実を使った、期間限定のジャムを全国展開する意欲的なシリーズです。毎月1種で12種類。いちごなどの定番から、くりなどのあまりお目にかからないものまでを揃えます。この日の試食用には、福岡・静岡産のいちじくを使った旬のジャム。「全国各地、それぞれで旬のタイムリーなときに収穫してジャムにする。他では真似出来ない製品ではないか」と三浦氏は胸を張ります。
ジャムは6次産業化で扱われることが多く、"ジャム市場"は飽和気味であるという声も聞かれます。12カ月、毎月異なる旬を全国から集めてジャム化するのは面白いですが、審査員からは「12カ月セットではないのか・売れないのか」と、旬にこだわることなく展開する可能性についての議論がありました。また、薄井氏はジャム市場の飽和している現状に触れて、「高級路線と安価なものに二極化している、国産アピールがどの方向に行くものなのか、明確にすべき」との指摘。また、都市圏の女性は砂糖が強いジャムを嫌う傾向があることから、果実味をもっと出した商品設計のほうが好ましいのではないかとアドバイスもしています。
会場からは、パッケージに産地表記がないことについて「せっかくの旬を楽しむなら産地が分かるようにしてほしい」という声や、砂糖の甘みが強く、果実の風味や素材感が薄くなっていることから「もっと特徴を出してほしい」という厳しい声も。その一方で「シナモンを加えて食べたいと思った」ともうひと工夫することで劇的によくなるのではという声も聞かれました。
③「福ねぎ」――下関農業協同組合(山口県)
福ねぎとは下関市安岡地区で生産される極細のネギのこと。「柔らかい食感、高い香りに特徴がある」と話すのは当地で営農指導員を務める三牧成生氏。ふぐの薬味としては非常に有名で、審査員の安倍氏が「ふぐといえば(山口の)このネギ、というくらい外食産業では定着している」と、広く使われていることを説明。試食ではお豆腐と一緒に出されましたが、一口食べると「あ、ふぐだ」と思うくらい、確かにふぐのイメージが強い味、香り。
三牧氏が「関東にはネギ文化がないので、どう攻めるかが難しい」と話すように、関東人にとっては、わけぎ・万能ねぎと大差ないように思えるし、積極的なつかいどころも思いつけないのが現状。会場でも「おいしいけど......」と二の句が継げない様子が多く見られました。永島氏からは「香りの高さ、使いやすさといった利点を積極的にアピールしないと、東日本では使いたがる人がいないんじゃないか」という指摘も。
上岡氏は「主役になる料理がない、薬味程度しか使いようがないのでは、なかなか消費が進まないのでは」と指摘、「既成概念にとらわれない発想で考える必要がある」と、例えば最近流行りの「野菜寿司」など大胆な使い方を提唱してくべきだとしています。兼子氏は「ふぐではブランド化しているが、和洋食以外、例えば中華など幅広い食べ方やレシピなどはどうなのか」と、幅広い利用法を消費者に訴求していくことの重要性を指摘していました。
④「おかやま黄ニラ」――黄ニラ生産者・黄ニラ大使 植田輝義氏(JAおかやま黄ニラ部会)
全身黄色の衣装で登場した自称・黄ニラ大使の植田氏は、サラリーマンから農家に婿養子に入り、黄ニラ生産20年目という少し変わった経歴の持ち主で、黄色い衣装を来て広報活動に努めるのも強い義務感から。「明治5年には生産が始まったと言われる歴史ある生産物。なのに全国ではまったく知られてないのがもったいない」と植田氏。テレビや雑誌などでも取り上げられるようになった有名人でもあります。
普通に育てたニラを、太陽光を遮って軟白化させたもので、種まきから2年以上、大層手間のかかるのがこの黄ニラ。緑のニラとまったく変わらないたっぷりの栄養ながら、食感と香りは優しくなり上品さを増す。中華料理ではおなじみですが、日本での食卓に登ることは確かに少ないといえるでしょう。試食にはおひたしと、もやしとさっと炒めた料理を提供。非常に独特の風味があり、会場からも「おいしい!」という声が上がります。
審査員からは、流通、販路開拓の難しさを問う声が上がっていました。黄ニラは収穫後でも日に当たるとだんだん緑色になってしまうので、価値が下がらないようきちんと管理して流通する必要があります。行幸通りで「青空市場」を主宰する永島氏はそのあたりの難しさにセンシティブで、「そこを管理できればチャンスは広がるだろう」と話しています。
これまでの開催で得られた経験と反省を活かし、試食は素材の味、香り、風味が分かるように工夫されていたこともあり、審査員、一般参加者とも非常に盛り上がった審査会となりました。また、審査の終わりにあたって永島氏は「日本の農業が変わるためには消費者が変わらなければならない。この場がそのための生産者と消費者の交流の場になれば」と期待を語り、締めくくっています。
審査の後は、東京農大の学生たちの協力のもと、改めて提供された食材を使った料理を用意して交流会を行いました。交流会では、参加者はテーブルに着座したまま、15分ごとに生産者、関係者が各テーブルを順番に回っていくという方法をとっています。
中村氏によると、これまでの開催で、生産者側から「もっと大勢のみなさんとしっかり話をしたい」という声が上げられたため。フリーにすると、どうしても偏りが出たり、少数の参加者が生産者を独占するような格好になってしまいがちで、「せっかくこれだけ集まったのだから、できるだけ多くの、できうるならば全員と話したい」というのが正直な思いなのだとか。それにできるだけ答える形として、このような形になりました。
軽くお酒も提供されていたために舌も滑らかになって、交流会では非常に活発な意見交換が行われていました。黄ニラでは生産の難しさや苦労について話され、全農のみなさんが着くテーブルではパッケージ談義に花が咲いています。着いたテーブルによって話される内容も少しずつ異なり、生産者のみなさんも満足げな様子。
JAびえい販売の髙橋氏は「これまでは"作る"ところまでしか考えられていなかった。売ること、販路拡大について大いに勉強になった」と話しています。特に和菓子業界へのアプローチには啓発されていたようで、今後のマーケティングに意欲を見せています。黄ニラ大使の植田氏は、こちらへの参加を「確認のためだった」と話しています。「感じていた知名度の低さを再確認することができた。おかげで今後取るべきアクションが明確になった」と、この日十分な成果があったと話しています。
受けた印象としては、ゼロ→イチ、イチ→100のスタートアップベンチャー的な生産者ほど、目的意識が明確で、大丸有フードイノベーションを有効に活用できていると言えそうです。逆にいえば、そうしたビジネスアイデアに優れた人々が一般参加者に集まっているからでもあるでしょう。また、販路開拓、消費者へのリーチ拡大といったPR目的では、この会場にとどまらない、"その後"の展開が求められている印象がありました。JA全農の三浦氏は、「良いアイデアはいただけた、これを活用できるかはこの後の我々自身の課題」。下関市の三牧氏も「関東圏でのPRの難しさを改めて認識した。野菜寿司には可能性を感じたが、今後のPR展開には知恵を絞りたい」と話しています。
中村氏は「良い変化が生まれる兆しが、この場から生まれているように思う」と話しています。
「例えばJAが、大丸有の専門家やオフィスワーカーの声に正面から向き合い、生産者の思いを形にする、新しい価値を創造するパートナーになろうとしている。これまでにはない、新しい関係や動きがここから始まろうとしているのではないか」(中村氏)
次回が今年度最終回ですが、どんなフィナーレとなるのか、そしてまた、来年度に向けてどんなステップ材料をつないでいくのか。非常に楽しみな回となりそうです。
大丸有エリアにおいて、日本各地の生産者とエリア就業者・飲食店舗等が連携して、「食」「農」をテーマにしたコミュニティ形成を行います。地方創生を「食」「農」に注目して日本各地を継続的に応援し、これらを通じて新たな価値創造につながる仕組み・活動づくりに取り組みます。