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「東京ファーマーズイノベーション」は、都市農業をテーマに、販路開拓、商品開発、6次産業化等、新たなビジネスフェーズに入ろうとする東京の生産者たちを応援するインキュベーションイベントです。
本プログラムの第1部はインプットトークで、現在の農業や食ビジネスの現状を学び、第2部では農業経営者の方々のプレゼンテーションおよび議論。そして実際にお持ちいただいた産品、商品の試食を行い、フリーセッションでさらに議論を深めます。そして、そのまま第3部の交流会へと進む仕様になっています。
今回、第1部のインプットでは、東京農業大学教授の上岡美保氏が「都市の消費者ニーズと食育」をテーマに講演。第2部には、練馬区・山口トマト農場の山口卓氏、立川市・小山農園の小山三佐男氏、つくば市/葛飾区・つくばブルーベリーゆうファームの大年久美子氏の3名にご登壇いただきました。
アドバイザーは、前回もご登場いただいた、皇居外苑 楠公レストハウス総料理長の安部憲昭氏、日本の御馳走えん マネージャーの有馬毅氏の2名。会全体を通してのファシリテーター、モデレーターは、6次産業化プロデューサーの中村正明氏が務めました。
上岡氏は、以前は食生活の解析を専門としていましたが、戦後の食生活が大きく変化し、世代間のギャップが大きくなっていることに懸念を覚え、伝統的な食と農業を残すために、研究のフィールドを『食育』へと移し、現在に至ります。また、食育の専門家として、政策審議会や食育関連の協議会で委員等も務めています。
そのように専門とする食育ですが、「これぞ、ザ・食育、というものを定義するのは非常に難しい」と上岡氏。しかし、食と農をめぐるさまざまな課題の根本にある問題が「食と農の乖離」であり、その離れいく距離を埋めるものとして、食育が必要なのではないかとしています。
上岡氏は、「農業と食を取り巻く問題は、個人レベルから地球規模まで、さまざまな段階・レベルで発生し、複雑化している」と指摘。20年以上前から続く後継者不足、就農人口の低下、食生活の『洋風化』『外部化』と、それに伴う生活習慣病などの健康問題。農村コミュニティの崩壊と、それに伴う地域の神事、祭事の喪失、同時に伝統食・行事食も失われていくという問題。さらに、日本全体で考えれば食品ロス、自給率の低下などの問題や、農業が維持してきた里山など、地域の自然環境の喪失。そして地球規模では、環境問題、飢餓と飽食が同時発生する問題など、多岐に渡る問題が発生しています。
「このように、多様化・複雑化した食と農の問題の根本にあるのが、食と農の距離が離れたことだと考えています。そして、それを解決するのが食育です。食農教育、食の環境教育といった、子どもから大人まで、全員を対象にした食育が、これからの社会には必要ではないでしょうか。食育基本法が定められたのも、そのような文脈によるものです」
上岡氏は、消費者と農業の隔たりについて、農大OBと現役生が池袋で開催したマルシェでのエピソードを紹介しています。農大OBが生産した農産物や加工品を、現役生がバイヤーとして仕入れ、マルシェで販売するというものでしたが、「価値を分かってくれない」と感じたのだそうです。
「来たお客さんが『ちょっとお高いんじゃないの?』とおっしゃるんです。鮮度が良い、希少な野菜、手のかかった加工品という、付加価値の高いものを販売しているのですが、消費者にとっては『マルシェ=産直=安い』という認識があります。マルシェを開くコストや苦労のこと、それらを含めた価格設定であること。そういったことを知らない大人が増えているのは問題なのではないでしょうか」
丸の内の行幸地下通路で開催されている「丸の内行幸マルシェ×青空市場」での調査では、マルシェに求める要素は、「鮮度」「健康に良いもの」「栄養価」となっており、価格を重視する人は少なかったそうです。「丸の内という意識の高い人が集まるエリアだからなのかもしれないが」と断ったうえで、「直接生産者と言葉を交わすことで、マインドが変わるのでは」と上岡氏。
「言葉を交わして生産者から直接買うのは、安心・安全にもつながるし、食べ方や保存法を学ぶなど、食と農を学ぶこともできます。マルシェでそういう経験をすると、国産品の応援をしようという意識を持つようになって、高くても国産を買うようになるという調査結果もあります。これも食と農の距離を縮めるうえで重要なことです」
また、都市の外食産業の果たすべき役割が大きいことも指摘しています。
「あるバーでは、国産の果物しか扱わず、生産者の言い値で買っているんです。それをフレッシュカクテルにして、1杯2500円とか3000円とかで提供しているわけですが、こういう付加価値の付け方は都市でしかできないでしょう。このように、外食産業は、国産品の高付加価値化でまだまだできることがあると思います」
講演の後の質疑応答では、生産者がマルシェに出る際の作業量や苦労などに話題が及び、上岡氏のみならず生産者の方も意見を述べるなど、リアルな現場を垣間見せるものになり、学ぶ点の多い議論となりました。
第2部は生産者のみなさんのプレゼンテーションです。今回もまた、エッジの効いたメンバーが揃い、興味深いセッションとなりました。
山口トマト農場(練馬区)――山口卓氏
「農業の収入がマイナスになるならやらないほうがいい」というスタンスで、婿入りした山口家の畑を活用して、売れる農業、勝てる農業を追求した結果、トマトのハウス栽培にたどり着いたそうです。
「いくら練馬区民73万人が対象であっても、露地では作物がかぶるし、立派な農家がやっていらっしゃる中では勝てないだろうと思いました。しかし、トマトをハウスで水耕栽培すれば、土壌消毒も不要で初期導入もしやすく、水の量で糖度のコントロールもできます。一定の品質に達すればきちんと売れるということも分かりました。レストランやマルシェのほか、ハウスの前に自販機を置いて販売していますが、多い時には1日150袋売れるようになりました」
農福連携で障害者雇用に取り組むほか、農業関係者とのネットワーキングや勉強会にも力を入れています。年に1回は仲間たちとファーマーズマーケットを開催。若手にはハウストマトの先行者として指導することもあるそうです。
小山農園(立川市)――小山三佐男氏
カラフル野菜、ヨーロッパ野菜で知られる有名農場。9年前に婿入りで就農したものの、半年かけて育てたキャベツの卸値が1箱80円という低価格であることに疑問を覚え、6年前から商品価値の高いヨーロッパ野菜に取り組むように。現在は3000坪で120種以上を栽培しており、ホテル、デパートなどに卸しています。
「きっかけは、知り合いのそば屋さんから、紅芯大根を作ってくれたら1本400円で買うよ、と言われたことでした。主婦よりはシェフが買うような変わった野菜ですが、高い値段で買っていただけています。同じように、自分で作った野菜には自分で値段を付けたいと考える仲間たちと一緒に、ヨーロッパ野菜の研究会を作って、勉強したり、月1回マルシェを開催しています」
ヨーロッパ野菜の普及の先駆者、埼玉県のトキタ種苗の指導も受けています。小山氏が立ち上げた「東京西洋野菜研究会」も、トキタ種苗が主宰する「さいたまヨーロッパ野菜研究会」にならったもの。「東京でも知名度を上げて負けない野菜を作ろうとがんばっています」。
つくばブルーベリーゆうファーム(つくば市/葛飾区)――大年久美子氏
農場はつくば市ですが、出身地の葛飾区でカフェスタイルのブルーベリー専門店「Blue THE Berry」を2019年9月にオープンしたことで、今回の登壇。
「日本ではブルーベリーは加工品中心ですが、生のブルーベリーのおいしさに感動して、週末農家から専業にステップアップしてきました。品種が50種以上あるのにそれも知られていない、ということにも将来性があると感じています」
大年さんは1500本を栽培し、お客さんの摘み取りを中心に運営。つくば市はブルーベリーの三大産地のひとつではあるものの、現地では「売れない」作物と言われています。そのため、利益率の高い生産・販売体制が課題で、6~8月のシーズン中は摘み取り体験が中心で、オフシーズンは生食以外のブルーベリーの活用法の模索、特に加工品の開発に力を入れています。定番のジャム、アイス、シャーベットに続いて、今年は日本初のブルーベリーリキュールを開発しました。
ブルーベリー専門のカフェも高付加価値化策のひとつです。
「東京は価格が高くても反応良く売れることが分かったので、葛飾区の起業家の会で得たご縁から3、4カ月でオープンさせました。国産ブルーベリーのニーズは高まっていますが、まだまだこれから。今日はリキュールや加工品を評価してほしいです」
後半の試食会・交流会では、参加者がフラットな場で、生産者のみなさんと意見交換する姿が見られました。生産者のみなさんが、どのような思いと目的を持って本会に臨んでいるのか、また、何か成果は得られたのか。お聞きしました。
山口氏「参加したのは、都市農業の理解者が増えてほしいという願いがあったから。都市農業は、いろいろな人の協力がないと成り立たないものだと思います。僕自身、農業に関わって、お金だけじゃなく、いろいろな人との関係性が大事なんだと気づかされました。
行政は都市農業の多面的価値などをアピールしていますが、個人的には、代々引き継がれてきた昔からの財産をきちんと活かしたいという思いでしかないんですね。この場から、都市農業の理解者が増えて、仲間になってくれる人が出てきたらうれしいです」
小山氏「ヨーロッパ野菜の普及のために、こういう機会があればできるだけ出席するようにしています。今日は、プロの料理人、大学の先生など野菜を知り尽くしている方々に、うちの野菜の評価をしていただけたことがうれしい。また、一般の方にも試食していただき、高い評価を受けたので、感度の高い人には受け入れられるということも分かりました。農業をやっている人は口下手な人が多いですが、こういう場をもっと設けてもらえると、話す機会も増えるんじゃないでしょうか。そんな発信の場になってもらえればと思います」
大年氏「消費者とつながる、ということを体験できた場となりました。反応も良くて、間違ってなかったという自信をもらえた気がしています。今日は、リキュールが売れる可能性があるのか、問題があるとしたら何か、そういったことを探ろうと思っていましたが、販売に向けてヒントをもらえたと思います。ここでいただいたみなさんからの意見を参考にしていきたいと思います」
前半講演した上岡氏に改めて本イベントの価値をお聞きすると、アンテナの高い人の集まる大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアで、都市農業をアピールできること自体に価値があるとしています。
「都内で大きい農地があるのは、練馬、世田谷など限られた区ではありますが、そもそも都内で農業が行われていることさえ知っている人が少ないでしょう。明日にでも出掛けられるところに畑があるということを知ることに価値があります。都市農業では高付加価値化がひとつのキーワードになると思いますが、大丸有の飲食店は、その格好のフィールドになるでしょう。生産者と大丸有の飲食店がつながって、価値のあるものにしていくきっかけにしてもらえるといいですね」
また、都市農業は食育にも役立つうえ、働き方改革の中で新しい生き方を考える人にとっても、重要な示唆があるのではとも指摘しています。
全体を統括する中村氏は今回の生産者のみなさんの特徴が「ネットワーキングにあった」と振り返っています。
「三者三様で、取り組みや目指すところは少しずつ違っていたわけですが、研究、生産、販売などさまざまなレベルで、人とのつながりやネットワークを大事にしている点が共通しており、非常に印象的だったと思います。魅力を磨く、研究する、販売するなど、いろいろな面がありますが、やはり一人でやるよりも仲間とやるほうが効果は最大化できるのでしょう。そういうことを意識して取り組むことが、これからの都市農業では重要なのかもしれません」
東京の生産者の農業ビジネスを成長させるキーワードのひとつが見いだされた開催となったと言えそうです。次回も、また新たな気付きが得られることに期待したいと思います。
大丸有エリアにおいて、日本各地の生産者とエリア就業者・飲食店舗等が連携して、「食」「農」をテーマにしたコミュニティ形成を行います。地方創生を「食」「農」に注目して日本各地を継続的に応援し、これらを通じて新たな価値創造につながる仕組み・活動づくりに取り組みます。