シリーズコラム

【コラム】持続可能な社会の実現のために、金融ができること[第2回]

インタビュー:竹ケ原 啓介氏
(日本政策投資銀行 環境・CSR部長)

日本政策投資銀行 環境・CSR部長の竹ケ原啓介さん

持続可能な社会の実現のためには、社会に対して「いい取り組み」をしている企業の、非財務情報の価値を正当に判断することが求められる。いかにして、定量的な指標のない分野の価値を見定め、共有していくのか。
竹ケ原さんに環境格付や国内外の事例についてお聞きするなかで、ヒントを探った。

「環境格付」という道具を持つだけでは、非財務価値を正しく評価できない

―ここまで、21世紀金融行動原則の概要と取り組みについておうかがいしてきましたが、「非財務価値の共有」というのが、大きな課題だということを理解しました。
そのためにはやはり、環境格付のような、わかりやすい"お墨付き"が不可欠だという気もしますが、いかがでしょうか?

DBJ「環境格付」のロゴマーク確かに、私自身、10年前からDBJ環境格付に関わってきて、その効果を実感しています。実際に、地銀さんからのリクエストを受けて、一緒に格付をしたこともあります。そうした取り組みのなかで、対象企業から教えられることも多く、有効なツールだとは感じています。

ただ、そういうツールさえあればいいのか、というとそうとも限らない。とくに難しいのが、中小企業の取り組みに対する評価です。大企業の場合、CSRレポートや環境報告書を作成していたり、多くの企業がISO14001認証を取得していたりと、よるべとなる評価の材料がある程度可視化されています。一方、中小企業ではそういったかたちから入るところは少ないし、一人が何役もこなしているなかで、「御社の環境経営について教えてください」と言ったところでなかなか対応できないでしょう。

しかし実際には、サプライチェーンの一つとして、生産効率や歩留まりを上げる、無理・無駄を省く、といったさまざまな取り組みをしているはずです。となると、中小企業の評価というのは、彼らの日々の取り組みを裏側から見て、何らかのかたちで「見える化」することでしかなし得ないということになります。これはとてもやりがいはありますが、実際には非常に難しいことですよね。

―評価の枠組みだけがあっても、正しく評価ができなければ意味はありませんね。

日本はオーバーバンキング状態にあると言われています。金融機関が多すぎるんですね。そうしたなかで、多くの金融機関は金利競争に巻き込まれて消耗しています。本来なら、会社の経営に役に立つような提案をして、それに見合う対価をもらうという提案型営業を実践したいと思いながらも、多くの銀行員は、結局、目先の競争に追われてしまっているのが現状です。そうしたなかでは、環境格付という本来有効なツールも、目的を見失うと、たんなる金利競争の一つの道具になりかねません。

環境格付の目的というのは、対象企業をモニタリングし、非財務価値を洗い出すことで、企業の環境経営のレベルを引き上げる一助になることにあります。それができれば、金融機関にとって大きな武器となる。つまり、環境格付という形式的な道具だけがあってもダメで、それを自分たちの武器としてきちんと身につけて使いこなす事ができなければ意味がない、ということなんですね。

SRI(社会的責任投資)が日本に根付かない理由

もう一つ、現状での問題点として、日本にまだSRI(社会的責任投資/持続可能性投資)が根付いていないこともあります。我々の仕事は、あくまでも預金者からお預かりしたお金を運用するという「間接金融」です。本来、投資家が応援したい企業の株をじかに買う「直接金融」のほうが、ESG問題(環境、社会およびコーポレート・ガバナンスの問題)に熱心に取り組んでいる企業への応援という観点はクリアに出すことができます。

Takegahara_03.jpg日本は間接金融の割合が高く、直接金融が主流の海外と違って、アントレプレナーシップ(起業家精神)もエンジェル(創業間もない企業に投資する個人投資家)も育ちにくいという指摘はよく耳にしますが、それは環境経営においても同様でしょう。現在、間接金融の世界では、環境格付のように非財務情報に着目した融資がかなりの数で行われているのですが、もう一つの柱であるSRIの勢いが弱い。ファンドの数こそ減っていないものの、リーマンショック後、残高が落ちている状況です。実際に残高を1ファンドあたりで割ると、平均20〜30億円程度しかない。これでは、株価を左右するだけの影響を持つことはできません。つまり、SRIの部分を強化していかない限り、本質的な解決にはつながらない、ということです。

ではなぜ、日本にSRIが少ないかと言えば、それを支えているのが、ほとんど個人投資家だからです。つまり、そこに流れている資金は、もともとタンス預金だということ。このこと自体はすばらしいことですが、本来なら、こうした動きに年金基金や生保など機関投資家が続くべきなのが、実際にはそうはなっていないのです。

なぜ、彼らが参入してこないのかと言うと、「受託者責任」を負っていることが一因として挙げられます。つまり、資産運用に携わる者は受益者のお金を預かっている以上、その利潤を極大化する使命を帯びています。環境などESGに配慮した企業をコストをかけて選び出し、投資をすることの経済性が判然としない現状では、SRIを進めることができない、というわけです。しかし、ここを動かさない限り、進展は望めない。イギリスでは年金法を改正することで、SRIにお金の流れをつけましたが、同様の取り組みができるかどうか、オールジャパンで議論する必要があると思います。

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意識を変えるのは、場であり、まちであり、人である

意識を変えるのは、場であり、まちであり、人である

―原則や枠組みだけがあっても不十分で、やはり、そこに関わる人々の意識を転換するようなしかけが不可欠だということですね。

そうですね。ただ実際には、お客さまである企業の意識ほうが進んでいるので、金融もいずれは追いつかざるを得ないでしょうね。たとえば最近では、製品がマーケットに出た後で、企業が間接的に排出するサプライチェーンでの温室効果ガス量を対外的に開示する動きが出てきています(Scoope3)。さらに、その企業の製品がどれだけプラスの価値を生み出しているかという、環境貢献の度合いを「見える化」しようという動きもある。制度や規制だけでなく、こうした情報に金融機関の人びとが常に触れることで、意識を変えていかなければなりません。その機会をどうやってつくっていくのか、というのも今後の課題です。

竹ケ原さんがファシリテータを務める「環境経営サロン」には、さまざまな業態の企業関係者が集まるそういった意味で、エコッツェリアが主宰されている「環境経営サロン」というのは、じつに有意義な場ですね。まさにここで行われているプレゼンは、さまざまな業態の人びとが集まって、非財務価値に焦点を当て、社会のしくみとして企業のCSRやCSVを収益に反映させられないかと議論されているわけですからね。あの場はまさに、環境金融をきわめたい人にとって格好の勉強の場と言えるでしょう。

そもそも、大丸有地区自体が非財務価値を目に見えるかたちで呈示しているまちでもあります。電柱の地下化を進め、まちを美しく安全に整備し、魅力的な施設を誘致することで醸成してきた価値が、日本でもっとも高い賃料水準に結びついているわけですから。さらに言えば、賃料だけでは回収しきれないだけの価値――誇りであったり、アフター5の楽しみであったり、健康や生き甲斐といった"Quality of Life"を生み出していると言ってもいい。その価値を「見える化」する動きの一つが、エコッツェリアであり、環境経営サロンなのだというふうに、私は理解しています。

非財務価値の定量化は難しいけれど、まずは議論の場を持ち、見える化をしようという取り組みをすることが、金融業界の歩みを進める第一歩になるのではないかと思います。

環境先進国ドイツの成功と失敗から学ぶ

―ところで、竹ケ原さんが赴任されていたドイツでは、こうした政策はうまく回っているのでしょうか?

必ずしもうまくいっているというわけではありません。ドイツの場合は、いち早くエコロジカル産業政策を打ち立て、どの国よりも先んじて厳しい環境規制を実施し、ブランド価値を上げることにより、他国の追随を許すまいという思惑があった。フィードインタリフでも高値での買い取りを実現し、環境と経済の両立を実現させたかに見えました。

しかし実際には、産業振興という観点でみれば、必ずしも成功したとは言えません。一時は太陽光パネルの企業が育ちましたが、現在では、廉価な中国製パネルに席巻されて、Qセルズをはじめ、大手の太陽光関連企業が相次いで破綻してしまいました。

一方で、多くの環境プロジェクトが立ち上がり、20年にわたるキャッシュフローの安定化により金融の積極的な関与を引き出したという意味では、成功しているとも言える。また、エネルギー政策の面でいえば、再生可能エネルギーの割合を20%にまで引き上げることができたというのは、温暖化対策やエネルギーセキュリティの面では大きな成果でしょう。そうした取り組みを背景に実現しているドイツの脱原発政策が、他国に少なからず影響を与えていることはご存知のとおりです。

私自身、ドイツ赴任中に感心したことがあります。リーマンショックの前に再生可能エネルギーのファイナンスに関する金融機関の研修セミナーに参加した時のことですが、その時点でのリスク分析として、風力発電事業は安定しているけれど、太陽光発電事業に関しては、電力料金への過度の上昇圧力の原因となり、買い取り価格を大幅に引き下げられるという政治リスクがある、という指摘が既になされていたからです。実際に、その後の推移はこの分析のとおりになりました。ドイツ国内では太陽光は頭打ちとなり、今後は電力料金に転嫁できる僅かな余力を使って洋上風力発電を推進していけるかどうかという状況です。

このように、金融の感度が高ければ、現実に即したロードマップを描くことができるし、事前に警告を出すことも可能なのです。もっとも、現実にはドイツの再生可能エネルギーバブルは弾けてしまい、わかっていたはずのリスクは回避できなかったのですが......。そういった意味でも、日本はドイツの成功と失敗から学ぶところが大いにあるのではないかと思います。

地域の再生可能エネルギー事業で金融が果たす役割

―日本の場合は、これからまだまだ再生可能エネルギー事業が増えていくことになるのでしょうか?

エネルギーセキュリティの観点からも、まだまだ増やすべきでしょうね。しかも、日本には有望な再生可能エネルギーとして地熱がありますし、洋上風力なども有望です。課題は、それらをいかにして安定した事業にしていくか、にあります。

その先駆けとして面白い取り組みをしている地域の一つに、長野県飯田市があります。飯田市では「再生可能エネルギーの導入による持続可能な地域づくりに関する条例」を制定し、このなかで、「地域環境権」を謳っています。地域環境権とは、地域にある再生可能エネルギーは地域で使うという権利を保障するもの。つまり、東京などの大資本に依存せず、できるだけ地元のプロジェクトとして推進していこうという狙いがあります。

「おひさまグループ」のイメージキャラクター「さんぽちゃん」具体的な取り組みとして現在、限界集落において水利権を持つ人たちを集めて、一つの事業体としてまとめ、小水力発電事業を起こすなどの計画を進めています。金融の目利きを担うのは、飯田信金や八十二銀行といった、地域の金融機関です。まだ小さな取り組みではありますが、持続可能な地域づくりに資する先進的な取り組みと言えるでしょう。さらに、こうしたプロジェクトに、「おひさまファンド」のような市民出資のファンドを絡めることができれば、市民に対して配当というかたちで利潤を還元することができ、まちをあげたプロジェクトとなる。こうした場面でも、金融が大きな役割を担うことになります。私自身も委員の一人として、プロジェクト立ち上げのお手伝いをさせていただいているところです。
おひさま進歩エネルギー株式会社
おひさまエネルギーファンド株式会社

今後は、こうした地域に根ざしたロールモデルを増やしていくことで、環境金融という分野を成長させていきたいと思います。ぜひ、皆さまのお知恵を拝借しながら大きく育てていければと思いますので、お力添えをよろしくお願いします。

―本日は長時間にわたりお話いただきまして、ありがとうございました。

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竹ケ原 啓介(たけがはら・けいすけ)
日本政策投資銀行 環境・CSR部長

1966年、静岡県生まれ。89年、一橋大学法学部卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)へ入行。94〜97年、フランクフルト駐在員となり、対日投資の促進業務などを担当。その後、調査部、政策企画部などを経るなかで、土壌汚染やリサイクルなど、環境ビジネス動向に関する調査、環境格付融資制度の創設などを手掛ける。また、2005〜08年秋まで、2度目のドイツ勤務を経験。09年に事業開発部CSR支援室長となり、11年5月から現職。

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