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3×3Lab Futureのキッチンコーディネーターとして、さまざまなイベントの料理を手がけている鬼丸美穂氏。イベントのテーマや講師にゆかりのある地域・国の食材を使った鬼丸氏の手料理は、ここを訪れる人々をいつも温かくもてなしてくれます。今年度だけでも担当した懇親会の数は約90回。まさに4日に1度のペースで、イベント当日の調理を担いながら、次のイベントのメニュー考案や食材の調達、味付けの調整を行う忙しい毎日を過ごしています。今回のさんさん対談では、鬼丸氏が料理を仕事にしたきっかけをはじめ、食を通じた場づくりの活動、料理家として大切にしていることや今後の目標まで、じっくりお話を伺いました。
田口 そもそも料理を好きになったきっかけは何だったのですか。
鬼丸 父が旅館やホテルを、母が喫茶店を営んでおり、飲食店を経営している親戚などもいたりで、飲食関係の仕事に関わることができる環境で育ちました。それが関係しているかどうかは分かりませんが、幼い頃から食べることや料理を作ることが好きでした。「これとこれを組み合わせたら、どんなものができるかな?」と自分なりに考えて、実験的にいろんな料理を作っていました。祖母が料理上手で、住んでいた北海道では珍しい食材や料理も食べさせてくれていたので、知らず知らずのうちに影響を受けていたのかもしれません。
田口 意識せずとも、おもてなしや飲食を仕事にするイメージが、すでにあったのですね。仕事として料理に関わり始めたのはいつ頃でしたか。
鬼丸 2010年9月、友人のイベントで料理を提供させていただいたのが始まりです。周りの人に料理を振る舞うのが好きな私を見て、友人の「料理を仕事にした方がいいんじゃない?」というひと言に背中を押されました。IT企業に勤めながら、休みの日に知人が開くパーティーのケータリングや出張料理の委託を受けるようになり、少しずつ料理のお仕事をいただくようになりました。
同じ時期に「鬼丸食堂」という投げ銭スタイルのイベントも始めました。私は場所と料理を提供し、来てくださる方には、くつろいで食事を楽しんでもらい、満足した分だけお支払いいただくというものです。お支払いは必ずしもお金である必要はありません。お金は、サービスや商品の対価として分かりやすく便利なツールですが、存在感が少し強すぎるようにも感じていました。お金がないから参加できないというのは違うと思いましたし、もしお金がなければ、その代わりにその人が作り出す価値を提供してもらえたら、それでいいなと思って。たとえば、陶芸が趣味の方なら自分で焼いた陶器を、歌が得意な方ならみんなの前で歌声を披露してもらうという感じです。私にとって価値があるものであれば、洗い物や荷物の搬入搬出、受付などのお手伝でも。お酒や食材を持ってきてくださる方もいて、とても助かりましたね。ご自身が提供できる価値を差し引いてお金を支払ってくださったりしていました。それらすべてで鬼丸食堂は成り立っていました。
田口 料理のおいしさに対する価値ではなく、お金と価値の関係性を可視化したかったということですか。
鬼丸 明確な目的を掲げていたわけではありませんが、イベントでの一連のやりとりを通じて、価値の交換について考えてみたいと思っていました。
田口 お金で区切って、コミュニティが分断されてしまうことに問題意識を感じていたのでしょうか。
鬼丸 そうですね。お料理を食べるということは、シンプルに人を元気にできると思うので、お支払いいただくお金の多い少ないにかかわらず、いろんな方に来ていただきたかったんです。例えば、今は少し金銭的に厳しくて100円しか出せないという人がいれば、足りないと思う分はお手伝いをしていただけばよいですし、お金がないから参加できないとかではなく、みんなが必要なものを補いあって、誰もが参加しやすい空気を作れたらいいなと。
「鬼丸食堂」は不定期ではありますが、阿佐ヶ谷、原宿、渋谷、根津など、いろんなまちで開催してきました。場所を貸してくださる方との出会いや、このイベントがきっかけで仲良くなった参加者の方たちもいますし、面白いですね。慌ただしい日々の中、食を通じて、少しでもホッとできるような時間を一緒に過ごせる場をつくりたい。いろんな人たちが混ざり合える場を、みんなで作りたい。そんな想いで活動を続けていました。
田口 鬼丸さんとは10年近くのお付き合いになりますが、そんな想いを抱いていたことは初めて知りました。大切にしている根っこの部分を理解できたような気がします。
田口 3×3Lab Futureが2016年にオープンした頃は、当時のキッチンメンバーのお手伝いで来てくれていましたよね。楽しそうに料理をしている鬼丸さんの姿がとても印象的でした。当初は3×3Lab Futureについてどんな印象を持ちましたか。
鬼丸 「こんなきれいな空間で、私が料理をしていいのかしら?」と、少し場違いな感じがしましたね(笑)。でも、ここにお越しになる皆さんを見ていると、まるで自分の家にいるかのようにくつろぎながらお話ししたり、ゆるやかにつながったりされていて、オープンで気持ちのいい場所だなと感じるようになりました。キッチンに隣接するコミュニケーションゾーンにいらっしゃる個人会員の皆さんも、良い意味で肩の力が抜けていて、ゆったりとした空気の中で交流を楽しんでいる感じがします。
3×3Lab Futureでは、「話しかけられたら答える」のが当たり前のように行われています。キッチンで料理をしていると、手伝ってくださったり、作り方を聞きに来られたりする方がいますし、懇親会の後に、「おいしかったです」と声をかけてくださる方もいます。こうした交流が生まれるのは、壁のない開けた場だからこそだと思います。
田口 料理を作る人と食べる人という関係性ではなく、食を中心として、そこに集う人たちが自然につながっていける場所という感じでしょうか。
鬼丸 そうですね。立場や役割などに関係なく、どんな人でも、食べ物の前ではみんな同じ。この場所で感じてもらった感覚をみなさんが覚えていて、たとえしばらく離れていたとしても、「久しぶり」と言って戻って来られるような心の居場所でもあると思います。私の知る限り、3×3Lab Futureのようなサードプレイスは他にあまりないです。日本の経済をリードするビジネスの中心地・大丸有エリアにあるとは思えない空間であると同時に、このエリアだからこそ、必要な場所なのだと思います。
田口 さて、ここからは3×3Lab Futureで作ってくださっている料理について、伺っていきたいと思います。50人、100人という多くの方が参加されるイベントもありますが、その懇親会の料理となると、相当な量になると思います。作る量が多いことでの課題はありますか。
鬼丸 鬼丸食堂では30人~60人分の料理を作ることが多かったので、そのときの感覚をベースに調整しています。田舎出身なので料理が足りなくならないようにという気持ちが強いせいか、当初は作りすぎてしまうことが度々ありました。失敗を重ねてもなお、寛大な心で受け止めてくださった田口さんやエコッツェリア協会の皆さんには感謝しかありません。おかげで、今では分量をうまく調節し、ロスを少なくできるようになってきました。
イベント主催者の方々は数か月かけて、当日のために準備されているので、来ていただくお客様はもちろん、主催者の方や食材を作っていらっしゃる方々にも満足いただける会になるように、1回1回のイベントを大切に対応できるよう心がけています。
田口 最初の頃は、いろんな計算違いがありましたね(笑)。でも、経験を重ねた分だけ、鬼丸さんの料理は、確実に進化していると思います。素材の良さを生かした、よりやさしい味付けになった感じがします。
鬼丸 ありがとうございます。イベントのテーマやお話の内容、講師の方にゆかりのある地域や国ならではの食材・調味料をなるべく使うようにしています。高級食材を使うこともありますが、凝った料理ではなく、基本的にはその土地で日常的に食べられている家庭料理を提供しています。そのほうが、参加者の方たちに現地の雰囲気を味わっていただけると思いますし、実際に「行ってみたい」と思うきっかけになるかもしれないからです。実際、「こんな料理があるなんて知らなかった!おいしいですね」と興味を持ってくださる方も多いです。
ですので、主催者の方々との事前打ち合わせでは、「地域で親しまれている食材や伝統的なお料理はありますか?」と必ずお聞きしています。地元の方たちにとっての当たり前が、その土地らしさや魅力だったりするのですが、当たり前すぎてその価値に気づいていらっしゃらないことが多いのですね。先日も、高知県の方との打ち合わせで、「地元でよく食べる山菜とかありませんか?」と尋ねたところ、「いたどり」という山菜を教えていただき、懇親会でも地元でよく食べられているという炒め物にして提供をさせていただきました。ここで作って参加者に食べていただくことで、生産者と食べる人がつながるきっかけになればいいなと思っています。
田口 料理家としての腕が上がれば、それに越したことはないけれど、地域の生産者と参加者の方たちを食でつなげることのほうに喜びを感じますか。
鬼丸 そうですね。作り手の私自身がつながりの中に喜びを感じているように、それをみなさんにも感じてもらえたら嬉しいです。
田口 でも、イベントの内容に合わせて、毎回違う料理を作るのは大変じゃないですか。
鬼丸 調達すること自体が難しい食材もあって、悩むこともありますが、私は作ることに関しては、飽きっぽい性質なので(笑)、毎回違っていた方が楽しめます。国内外問わず近接している地域では、同じ食材を使った料理があったり、調味料や味付けが似ていたりして、食文化は分断されているというより、グラデーションになっているんですね。少し離れた地域に伝わっていることもあって、「あれ?似た料理を作ったことがあるかも」という発見もあります。料理を作りながら、いろんな地域の文化を学べるのがとても楽しいです。
みそ汁を作るときに、味噌の種類や具材が様々なように、どんな国や地域でも、家庭料理のレシピにひとつの正解はありません。入れる食材や味付けには幅があって、自由度が高いのです。たとえば、ドバイやアフリカなど、あまり馴染みのない国の家庭料理を作る場合は、図書館やインターネットを活用したり、レストランに食べに行ったりして、下調べを行います。それをもとに現地をよく訪れる方や住んだことのある方がいれば、試作をし味見をしてもらうこともあります。もしそうした方がいなければ、リサーチした内容をもとに、自分の中にある感覚を頼りに決めていきますね。
田口 今後の目標は。
鬼丸 まずは、しばらくお休みしていた鬼丸食堂の再開に向けて、準備を進めていこうと思っています。小さくても、自分ができる場づくりを続けていきたいです。丸の内プラチナ大学を通じて、いろんな地域の方たちと関わらせていただいていますが、こちらに来ていただくだけでなく、現地にも足を運んでいきたいですね。食材ひとつとっても、誰がどんな想いで作っているのか、どんな空気の中で地元の方が食べているのかといったことなど、やはり現地に行ってみて初めて分かることが多くあると思います。機会があれば、国内だけでなく、世界の様々な国や地域を訪れて、出張料理を作ってみたいですね。
それから、日本各地の伝統的な料理や調味料を残していく取り組みにも関わっていきたいです。今の日本では、そうした貴重なものを次の世代につなげていく機会が失われつつあると思います。何らかの形で残せたらいいなと考えています。
田口 働き方としては、今のスタイルを続けていく予定ですか。
鬼丸 はい。3×3Lab Futureのキッチンコーディネーターとして働きながら、これからもIT企業での仕事も続けるつもりです。複数の居場所を持っていろんなことをやっている方が、多様な人たちと関われますし、脳も活発に働いて、面白いアイデアが浮かぶと思うので。小石川植物祭や緑化フェアなど、イベントへの参加もさせていただきましたが、こういったこともお話があれば少しずつやっていきたいと思います。
田口 いろいろな場で活躍が期待されますね。
田口 今日、お話を聞いていて、鬼丸さんが料理を軸にいろんなチャレンジをして、バランスよく満たされている状態にあることが伝わってきました。最近、ウェルビーイングについて語り合う機会があったのですが、「ウェルビーイングを実践している人とは、"ドゥーイング(行動)"している人のことではないか」という意見が挙がりました。それについてどう思いますか。
鬼丸 ウェルビーイングについて詳しく語れるほど理解できているわけではないのですが、「この人、面白い!」と思う人は、総じて、いろんな垣根を超えて行動されています。それに、やっぱり行動し続けないと何事も進まないと思います。「100%うまくできるかどうかは分からないけど、面白そうだからやってみる」という人の方が、行動しない人よりも、断然、面白くて楽しそうで元気ですね。いくつになっても、好奇心を持って、いろんなことにチャレンジしていきたいなと私も思っています。
田口 最後に3×3Lab Futureを訪れる皆さんに向けてメッセージをお願いします。
鬼丸 「おいしいですね」と声をかけていただいたり、残さずきれいに食べていただいたりすることが、私の原動力になっています。この場を借りて、感謝をお伝えしたいです。皆さん、いつも元気をくださって、本当にありがとうございます。そして、これからもどうぞよろしくお願いします。
北海道出身。様々な会社を経て検索エンジン開発を行う有限会社未来検索ブラジルにて勤務。友人のイベントで料理を提供したことをきっかけにパーティーケータリングを開始。その後「満足」と「価値」、「お金」について考えを深めていき、阿佐ヶ谷や原宿、根津などで飲食後に満足した分だけお支払いいただく「鬼丸食堂」を主宰。3×3Lab Futureではキッチンコーディネーターとしてイベントのテーマや登壇者に合わせた料理を提供している。
近藤早映氏(三重大学大学院工学研究科建築学専攻准教授、東京大学先端科学技術研究センター准教授)×田口真司(3×3Lab Futureプロデューサー)
前野マドカ氏(EVOL株式会社代表取締役CEO/幸福学研究家)×田口真司(3×3Lab Futureプロデューサー)
2025年7月17日(木) 18:30‐20:00