シリーズコラム

【コラム】企業や自治体の海外戦略に海外在住女性のネットワークを活かす

インタビュー:(株)TNC代表取締役 小祝誉士夫氏

四方を海に囲まれた日本は、洋の東西を問わず世界のあらゆる国や地域と交流しながら発展を続けてきた。世界には日本人が知らない「目からウロコ」の商品や技術がたくさんある。一方で、日本では当たり前のサービスがほかの国で新鮮な驚きをもって迎えられている。海外で暮らす日本人女性のネットワーク「ライフスタイル・リサーチャー」を活かしたマーケティングやプランニングを行っている(株)TNC代表の小祝誉士夫さんに、日本企業や自治体の海外戦略を支援する取り組み、そして地域連携の可能性を聞いた。

生活者目線の海外情報を届ける「リサーチャー」が世界各地に

―ライフスタイル・リサーチャーのウェブサイトでは、さまざまなレポートを読むことができます。これらはすべて日本人女性が集めた情報をもとに構成されているんですか?

ライフスタイル・リサーチャーのウェブサイトでは、無料レポートを読むことが可能 そうです。私たちは、海外情報を活用した企業向けのマーケティングやプランニングなどを行っています。まだ知られていない海外のシーズやアイデアを日本企業に紹介する一方で、海外のライフスタイル事情を踏まえた市場戦略をサポートしています。私たちは前者を「インバウンズ」、後者を「アウトバウンズ」と呼んでいて、両方の源泉になっているのがライフスタイル・リサーチャーです。

華僑ならぬ「和僑」という言葉があるように、日本人のビジネスネットワークは世界へ広がっています。私は20代の頃にインドネシアで働いていたことがあり、タイやベトナムへ頻繁に行き来していた経験からも、海外で暮らす日本人同士のつながりが重要であると実感しました。そのリソースを活かせば面白いビジネスになるだろうという構想が、ライフスタイル・リサーチャーを中核とする事業につながったのです。

現在、アジア、欧米、アフリカ、中東の70ヵ国100地域に、500名を超えるライフスタイル・リサーチャーがいます。最大の特長は、全員が海外で暮らしている日本人女性であるということ。しかも、短期間で帰国する駐在の人ではなく、現地に嫁いだり移住したりした在住5年以上の女性ばかりです。なぜかというと、企業が必要としているのは現地の生活者目線に立った情報だからです。家事や買い物、子育てなど生活にかかわる多くの行動が男性では見えにくいところが多いですよね。現地の人たちと同じライフスタイルで、生活をしている女性だからこそ、数字では伝わってこない生きた海外の情報を切り出してくることができるわけで、まさに「特派員」のネットワークです。

―私たちの身近にも、彼女たちの調査が生み出した商品やサービスがあるということですね。

日本でなじみのない海外の知恵や生活習慣、文化、アイデアを多種多様な企業に提案してきたので、たくさんあると思いますよ。食品や家電、トイレタリーのほかリゾート開発やアパレル、情報通信なども対象とします。もちろん、商品になったものもあれば、レポートのみの場合もありますが、調査をまとめる過程で毎回新しい気づきを得ることができるのがこの仕事の醍醐味です。

たとえばチーズの食べ方ひとつにしても、日本に伝わってきているのはほんの一部で、北欧などではコーヒーと一緒にチーズを食べるところもあります。そういう独自の習慣や現地ならではの感覚は、ライフスタイル・リサーチャーが現地の市場やスーパーをまわり、料理して食べてみて初めて実感できるものです。

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「編集」目線で海外のミクロな情報を提供

「編集」目線で海外のミクロな情報を提供

―これまでの海外マーケティングや企業モニターとはずいぶん違った印象を受けます。

内容はもちろん、質の面で大きく違いますね。現地で暮らす日本人女性が、その国のネットワークを活かした調査を行っていることに加えて、調査に関する工程を全部日本語で行っている点が特長です。日本語でまとめることにより、情報の確度が圧倒的に高くなります。何よりも、私たちがお届けするインバウンズの情報を最終的に利用するのは日本企業ですし、その商品やサービスを使うのは日本の消費者なのです。

―ライフスタイル・リサーチャーが自らレポートをまとめるわけではないんですね。

先ほど「特派員」と言いましたが、ライフスタイル・リサーチャーの役割はテーマに合った情報や写真などの事実を集めてくることです。たとえばトルコに関するレポートをまとめる際には、トルコにいる複数名のライフスタイル・リサーチャーに依頼し、こちらの欲しい情報を届けてもらいます。私たちは彼女たちの本職や特技、趣味趣向などをプロファイリングしていて、本人の得意分野に合わせて依頼します。調査期間も短いものでは数週間、長いものなら数ヵ月かかることもあります。最近はアジア関連の調査依頼が急増していますね。そこで重要になってくるのが、私たちスタッフの編集目線です。私たちは海外のリソースを活用する上で、海外力、編集力、ネットワークを資産の三本柱として重視しています。

生活者目線の情報はインバウンズとアウトバウンズの両方で活用される

私たちの顧客である企業は、インバウンズとアウトバウンズのいずれかまたは両方について、明確な目的を持ち課題を抱えています。企業からの依頼内容は顧客や利用者によって違うため、常にオーダーメードのマーケティング情報を提供する必要があります。そのためには、ライフスタイル・リサーチャーに何を掘り出してきてもらい、そこから何を選び、どのようにまとめるかという総合的な編集力が欠かせません。多様な情報を組み合わせて新しい価値を創り出す、広義の編集です。ですから私たちはスタッフ全員を「編集者」と位置づけています。ただし一般のメディアが「鳥の眼」で情報を扱っているのに対して、私たちは海外のミクロな情報を「虫の眼」で探し出し提供しているんです。

来日したリサーチャーとの交流の模様や、TNCの活動をブログで報告している「神楽坂日和」

摩擦を起こすと刺激とつながりが生まれる

―これまでの経験から、異なる地域同士がより深く連携していくための意見をお聞かせください。

スウェーデン・ストックホルムの店頭に並ぶ南部鉄器の数々 ローカルコミュニティ、すなわち地方はかつてどこも東京を目指していましたが、いまでは東京を通り越して海外へ直接向かおうとしているように思います。一例をあげると、昔は急須や鉄瓶といえば岩手の南部鉄器が有名でしたが、日本ではあまり使われなくなりました。でも、スウェーデンやフランスでいま、南部鉄器の持つ美しさと機能性が高く評価され、店頭に並んでいます。ですが、このようなケースはまだまれです。

「世界が注目するニッポン」 その1 南部鉄器

私たちはマーケティングやプランニングを通じて、日本企業の国内市場向け商品の開発や海外進出や現地戦略のお手伝いをしてきました。その視点から言わせてもらうと、日本の知恵や技術、文化をそのまま海外へ持って行っても受け入れられるとは限りません。現地に好まれるものに変えていく、つまり「編集力」が必要なんです。とは言え、何が現地に好まれるのかは、リサーチをしなければわかりません。また、大きなビジネスでなければ我々のような会社に依頼することはできないでしょう。その場合は、まずは出かけてみるのです。ただし押し付けるのではなく、現地の人たちと摩擦を起こしてみることが重要だと思います。

これは一例ですが、カンボジアでは内戦の影響などで伝統的なクメール焼が消滅の危機にありました。それを知った栃木県の益子焼観光協会の人たちが日本財団の伝統陶器復興プロジェクトの一環としてカンボジアを訪れたそうです。益子焼の若い職人たちは、はじめは益子焼の技術を教えるつもりで、カンボジアの職人たちに接したのだと思います。おそらくは日本とカンボジアの職人の間で、さまざまな葛藤もあったでしょう。しかし、その摩擦を経験した益子焼の職人たちは、逆にクメール焼きの技術とカンボジアの職人の生き方から受けた刺激を日本に持ち帰ったんだそうです。そして益子焼の新たな作風に挑戦していると聞きました。

私は、摩擦こそが価値やつながりを生み出すと考えています。アジアには、竹、布、土(焼き物)などの共通する素材文化があります。食文化も共通なところが多い。海外とのコミュニケーションに長けていない人でも、勇気を出してぶつかってみてほしい。摩擦が起きることで、双方が最終的に新しいステージへ進んでいけるのだと思います。

―海外から受けた刺激を、日本に持ち帰って活かすプロセスが重要ということですね。

これまでのような一方通行では駄目です。海外に行って摩擦を起こすといっても一回で終えてしまってはいけません。企業は常に新たなマーケットを探して次から次へとターゲットをシフトしていく宿命を持っていますが、コミュニティにあってはそうではなく、摩擦が起こることで、常に刺激しあえる関係性を築くことが重要だと思います。

日本の多くの市町村が海外の自治体と姉妹都市の盟を結んでいますが、私には形骸化しているように思えます。セレモニー的な一方通行の関係だけからは何も生まれません。若者を含めもっと多くの双方の住民が一緒に何かやってみる、双方向のアクションを実際に起こす、そういう段階に入っていると思います。

2020年の東京オリンピック開催が決まりました。来日する外国人観光客は大幅に増えるでしょう。この場合、行くのではなく受け入れるわけなので、先ほどとは少し考え方を変えないといけません。行く場合は、好まれるものを見つけるために摩擦を起こすのですが、受け入れるときは、相手が何を好むだろうと考える必要はありません。自分たちを変えないことで摩擦が生じます。繰り返し言うように、そのことによって双方に新しい価値が生まれるのです。多くの外国人観光客と起こす摩擦によって、東京は間違いなく変わりますよ。

―「海外でも日本でも、波風を立てないようにするという日本人らしい考え方」、が覆されました。もっとも摩擦の根底にあるのは、しっかりしたコミュニケーションが必要ということですね。本日はどうもありがとうございました。

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小祝誉士夫(こいわい・よしお)
(株)TNC代表取締役/プロデューサー

1973年茨城県生まれ。インドネシアのバリ島で5年間、美容関連の事業に携わる。帰国後、広告会社勤務を経て2004年から(株)TNCに創業メンバーとして参加。2008年、同社の代表取締役社長に就任。70ヵ国・100地域に在住する500人の日本人女性ネットワーク「ライフスタイル・リサーチャー」によるミクロな視点を活かした、リサーチ、マーケティング、PRなど多様で幅広い業務をプロデュースしている。

(株)TNC

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