アジアの新興国を中心に、そこで求められているものを低価格で、現地の人々とともに製造・販売しているグランマの本村拓人さん。BOP※層に特化したビジネスの先駆者として、年間300日は海外を飛び回る起業家だ。本村さんの精力的な活動の原動力となっているのは、コミュニティの醸成であり、「Common Good=よきこと」なのだという。本村さんに、その方法論と取り組みの一端についてうかがった。
※ BOP:「Base of the Pyramid」の略。 一人当たり年間所得が2002年購買力平価で3,000ドル以下の階層、全世界人口の約7割である約40億人が属するとされる。
-グランマのコンセプトと事業内容について教えてください
グランマは、社会の課題解決型の商品を提供するメーカーを目指しています。ここで言う社会の課題とは、経済的な格差、少数民族や制度による差別、インフラの未整備による生活環境の汚染などです。また、これらの課題が一因となり、貧しいが故の不利益(貧困ペナルティ)が発生します。課題を根源的に解決し、現地の人たちがより多くの価値を生み出せる商品を届けたいという思いで活動しています。
ただし、メーカーを目指すと言いつつも、工場などの製造の現場を持っているわけではありません。インターネットの進歩と3Dプリンターの登場により、小資本でも、生産現場を持っていなくても、自分たちが必要なものを自分たちでデザインして、つくれる時代が到来しています。現状では、その恩恵を受けきれてはいませんが、各国の現場に根をはるパートナーとともに事業を行っています。
その取り組みの一環として、2013年4月から、アジア3ヵ国(パキスタン・インドネシア・フィリピン)において住友化学と共同で蚊帳(5年間の殺虫機能付き)の販売を始めています。従来、こうした蚊帳は、アフリカなどを中心にマラリアやデング熱など風土病の予防のために国際機関や政府によって無償提供されていたのですが、実際には転売されたり、必要な人の手に渡っていないことが多かった。そこで、私たちはこれをビジネスとして、必要な人の元へ、彼らが購入できる価格(約15ドル)で提供しようと試みています。もしも、こうした風土病にかかった場合、月収2万円程度で生活している人々が、治療費に7,000〜8,000円も払うことになってしまいますから、彼らにとって蚊帳を手に入れることは経済的なリスクを低減することになります。
現在、一足先にスタートしたフィリピンで取り組んでいるのは、完成品の蚊帳を輸入するのではなく、蚊帳の素材を輸入し、現地の縫製業者に依頼して、蚊帳を製造することです。それに加えて、私たちは現地のニーズを調査し、機能的で使いやすいデザインを実現すること〈Acceptability〉、流通網を開拓・確保すること〈Availability〉、商品の価値と用途をきちんと宣伝すること〈Awareness〉、購入可能な価格を設定すること〈Affordability〉、の4つのAを実践しています。
このように、本来無償で生活者に配布されていたものを、ビジネスを通じて販売することで、新興国にビジネスのノウハウをもたらし、雇用を促進することで所得向上に貢献できます。一方で、私たちは、現地起業家や流通業者との新しい関係性を構築し、顕在化していない現地のニーズを発見することができます。私たちは国際機関とは異なるやり方で試行錯誤と創意工夫を重ねながら、事業を構築していきたいと思っています。また、金融機関ならびに企業からの投資や資金を活用しながら、経済的な価値とソーシャル・インパクトを生み出していくことも念頭にいれて活動しています。
-ビジネスとして軌道に乗っているのでしょうか?
現状の出荷は2,000張(はり)程度と、ビジネスとしてはまだまだです。今後は年間約4万5,000張を販売する予定です。ただ、2,000人(張)から反響があり、「ありがとう」という声を直接聞くことができたことは、事業を進めていく上での糧となっています。これまで当社ではコンサルティングやリサーチの仕事が大半だったのですが、実際にものづくりに関わるようになったことで、社会に役立っていると直接、現場で実感できるようになったのは前進ですね。
-なぜ、新興国を舞台に活動されているのですか?
※ 3*3ラボ:3R、3rd-place、Laboratoryの頭文字で「エコッツェリア」に事務局を置く研究会。「モノづくりからコトづくり」をテーマに国内外で活躍するさまざまなゲストを迎え、トークセッションやワークショップを展開している。
そのうえで、「ヒューマニティ」「倫理」「正義・公正」といった、すべての人にとって自分ごととして捉えることができる共通のテーマを語ることで、はじめて革新的な発想が生み出されるのだと考えています。単に人が集まるだけではダメです。共通かつ連続した問いに対して、自分とは全く異なる思考や文化を持つ人たちと議論を交わすことで、自分自身の中に新しい考えや問いが芽生えてくる。新興国で仕事をしていると、そういう体験ができる、ということなんですね。
そうした場を、意図的につくり出すこともやっています。たとえば、僕は日本にいるときにはよくパーティーを主宰します。だいたい1度の会食で15〜20名くらいに声がけをするでしょうか。というのも、僕は年間300日くらい海外に出ていることから、日本ではなかなか人に会うことができないからです。そこで、日本にいる間は3〜4回、必ずそうした場を持つようにしています。それはある意味、僕の思考のトレーニングでもあります。疲れていたり、ビジネスがうまくいっていないときには、どうしても思考が狭くなりがちなので、人に会って、いろんな考えに触れることにより、思考の柔軟性を取り戻そうとしているのです。
-どんな方たちに声がけをするのですか?
さまざまですが、できるだけ極端な発想を持っている人を集めるようにしています。たとえば、先日も、自分が求める暮らしを実現するために会社を辞めて、登山を始めた人がいました。そういう極端な行動に触れるときに、自分の既存の殻が壊されるんです。
また、招待者の中には一度しか会ったことがない人もいますので、ホストである僕も緊張することがあります。まさにトレーニングですね。ただ、こうした新しいコミュニティに常に触れることによって、人脈はもちろんのこと、新しい「感覚知」を手に入れられます。
自分を鍛えるという意味では、僕はよく、アポなしで人に会いに行く、ということもやっています。今、この瞬間に会いたいと思った人たちに対して、速攻で会いに行くわけです。そもそも初めての相手に、突然会いに行くなんて、自己中心的で失礼きわまりないわけですから、そんなことをするのは誰だって嫌ですよね。それでも、自らを鼓舞して会いに行くことで、道が開けることもあるのです。
これは海外のほうが、うまくいきます。日本だと受付の段階で断られてしまうのですが、バングラディッシュの銀行ではアポなしで総裁に会えたこともありました。日本人というだけで、信用してもらえたのかもしれません。
-どうやって受付を突破するのですか?
ミーティングがあると言うのです。嘘を言ってはいけないので、アポを取っている、とは決して言いません。まぁ、屁理屈ですけどね(笑)。もちろん、怪しまれますが、会ってしまえばこっちのものです。ただし、チャンスは一回きり。短い時間で、自分たちの事業がいかにユニークか、社会に役立つか、ということを効果的にアピールしなければなりません。そのためも、極端で目立つ行動が必要なんですね。
ニューヨークでも、アポなし作戦に成功したことがありました。途上国向けに小型の浄水器をつくっているヨーロッパに本社がある会社があるのですが、メールや電話で申し込んでもどうしてもアポが取れない。そこでアポなしでニューヨークのオフィスまで直接会いに行ったのです。結果、一番会いたかった人に会えて、後のビジネスにつながりました。やはり、"Face to Face"に優るものはないというか、人との出会いの場というのはとても重要ですね。実際に会って、さまざまなナレッジや経験がぶつかり合い、シナジーが生み出されてはじめて新しい概念が創出される。それこそが、クリエイティブな場であり、イノベーションを生み出すうえで欠かせないものなのだと思います。
-本村さんの行動のモチベーションの源は、どこにあるのでしょうか?
根底にあるのは、やはり「Common Good=よきこと、共通善」なんだと思います。よきことのためだったら、人は集まってきます。たとえば、「女性の社会進出」というテーマであれば、働く女性だけでなく、お母さんや妊婦さん、あるいは男性にとっても関心事の一つでしょう。それは貧困も環境も健康も同じです。アポなしの僕に会ってもらえるのだって、その事業の根底に「Common Good」があるからなのだと思います。僕自身感受性が強く、困っている人たちを目の当たりにすると想像力が働き無視できない、ということが日常的にあります。そういった経験から、社会の問題の多くは、想像力が足りていないことがもたらすものだと考えていますね。
ただ、いくら僕が声高に「Common Good」と叫んだところで、何の実績もない若造の言うことに耳を傾けてくれる人などいません。だからこそ、実績を積んださまざまな人たちや、僕のやっていることを翻訳してくれるような方たちとつながることが不可欠なんです。僕のような活動家だけが集まったところで、コミュニティを生み出すことはできませんから。
実は、ある映像ディレクターの方が僕の活動にずっとついて回って、ドキュメンタリー映像をつくってくださることになっています。僕の将来のビジョンは、「国連をつくり変えたい」ということなのですが、そのビジョンに向かっていく僕の活動と主義主張の一部始終を彼の映像を通じて発信していきたいと考えています。それこそが、エンターテインメントとしての価値を持つものであり、いずれはメディアとして機能し始めることを期待しています。
-活動に賛同してもらうためには、エンターテインメントも必要だということですね。
まさにそうです。新興国の女性たちに仕事をしてもらおうとしても、あまりにも経験値が低すぎて、なかなかうまくいかないことが多い。お金を稼ぎたいと思っていても、ちょっとでも難しかったり、ちょっとでも恥ずかしかったりすると、彼女たちはすぐに辞めてしまう。これまでの行動を変えるというのは、それほど難しいものなのです。そこで問われるのが、エンタメ力です。楽しみながら仕事を覚えてもらえるように、さまざまな工夫をする必要があります。そのためには、現地のファシリテーターをいかに育てるか、ということが今後の大きな課題です。
-今後の新興国の発展とともに、本村さんのさらなる活躍が見られそうですね。今後の展開を楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。
1984年東京生まれ。高校を卒業後、名古屋で派遣事業を立ち上げるも1年で閉鎖。経営を学ぶためアメリカへ留学。在学中に世界放浪の旅に出て、バングラディッシュからアフリカ大陸までを踏破。2009年、株式会社グランマを創業、放浪中に目にした"貧困"の解決を事業テーマにする。2010年、途上国の生活者が抱える課題を解決する約60のプロダクトやサービスを集めた「世界を変えるデザイン展」を開催。その後、途上国の課題解決に特化した製品開発・デザインのコンサルティングを開始。2011年からは途上国の草の根発明家が逆境をバネにして生み出すグラスルーツ・イノベーションの普及活動に尽力。現在、低価格で環境負荷の低い生理用ナプキンやマラリアやデング熱などの疫病を防ぐ蚊帳を取り扱う。
インタビュー:ナカムラケンタ氏(株式会社シゴトヒト 代表取締役社長)
インタビュー:小松真実氏(ミュージックセキュリティーズ株式会社 代表取締役)
持続可能でワクワクする社会の実現に向けてアクションを起こす
求められるのは、空間、主体性溢れる人、場をいかす 方法論とおもてなしの心
~大丸有地区が目指す未来~
2021年9月−3月