2013年7月26日、官公庁や大使館、オフィス、さらには数多くの老舗や寺社仏閣が集積する東京・虎ノ門に、小さなまちが誕生した。その名も「リトルトーキョー」。この場所は、"ほしい未来"をつくるためのヒントを共有するウェブマガジンgreenz.jpを運営するグリーンズと、生きるように働く人のための求人サイト「日本仕事百貨」を運営するシゴトヒトが共同でつくった、「もう一つの肩書きがもてるまち」だ。好きな仕事に自由に関わることができるという「リトルトーキョー」とはどんなまちなのか、発起人の一人、シゴトヒト代表・ナカムラケンタさんに話を聞いた。
「リトルトーキョー」という看板がかかるその場所は、かつて、戦前から営業していた寿司屋だったのだという。建物に隣接して細長い空き地があり、その隣には小さなペンシルビルが建つ。これがリトルトーキョーの全容だ。拍子抜けするほどささやかな場所だが、ここで今、従来の仕事の価値観を変えるような新しい実験が行われている。
「リトルトーキョーは、自由に自分のやりたい仕事を試しながら参加できるコミュニティです。たとえば、僕の場合、本業はシゴトヒト代表ですが、ここでは、庭師をやろうと思っています。まずは、この小さな空き地を居心地のいい空間にしたい。実は、プレオープン当初はバーテンダーもやっていたんですよ。そうやって新しい仕事を気軽に試してみることで、それぞれがおさまりのいい場所を見つけ、自分ごとを探す場にしてもらえたらと思っています」と、発起人のナカムラケンタさんは言う。
そう聞いても、にわかにはピンとこない。もう一つの肩書きをもてるまちとはいったい何なのだろうか。そのコンセプトを理解するためには、シゴトヒトでのナカムラさんの仕事を知る必要があるだろう。
シゴトヒトでナカムラさんが運営しているのが、生きるように働く人のための求人サイト「日本仕事百貨」である。これは、ナカムラさんを含めスタッフ自らが仕事の現場を訪ね歩き、給与や待遇といった定量的なモノサシでは測れない仕事の魅力をルポ記事として伝えるという、従来にはなかった求人サイトだ。月に20〜30件の求人広告掲載しており、月刊のPVは60万件(2013年7月現在)を超える。さらに、さまざまな生き方、働き方を伝える「シゴトヒト文庫」の創設や、地方における仕事づくりや移住促進など、仕事やまちづくりに関するさまざまなプロジェクトを数多く手掛けている。
「仕事というと、巷ではリストラとかニートとか、ストレスとか、ネガティブな言葉とセットになって語られることのほうが多いと思うんですね。それは、多くの人が本来の自分とかけ離れていることをしているからでしょう。でも僕は仕事百貨の取材を通じて、仕事と暮らしがともにあり、もっと自然に、生きるように働いている人をたくさん見てきた。そこには、自分ごととして働く人、あるいは他者への贈り物のように働く人の姿がありました。そういう気持のいい仕事のやり方を、体験できる場をつくりたいと思ったのです。どんな仕事だって実際にやってみないと、本当のところはわかりませんからね。僕もバーテンダーをやってみてはじめて、カウンターの外と中では、見える景色が全然違うということに気づいた。こんなに面白い仕事だったのか、と実感できたのです。リトルトーキョーでは、そんなふうにさまざまな仕事に気軽に触れる機会を提供したいと考えています」と、ナカムラさんは言う。
このリトルトーキョーで仕事をするためには、まず、市民になる必要がある。「10月からスタートしたトライアル期間のゼロ期(10月〜12月中旬)では、先着順で50名の市民を募りました。その多くは、20〜30代の方ですが、なかには学生さんもいます。そして皆さんに、もう一つの肩書きを名乗っていただき、実践してもらうのです」。
ただし、好きな仕事をするためには、市民としての義務を果たすことが条件だ。「1期3,000円の税金を納めていただくとともに、掃除をしたり、イベントの運営を手伝ったり、リトルトーキョーのWebサイトのコンテンツを書いたり、そうしたさまざまなボランティア活動をしていただく代わりに、自分のやりたい仕事の権利を獲得することができるというわけです」。
「たとえば、新聞社をやりたいという人がいれば、そのために必要な予算額と内容を議会でプレゼンしていただき、その内容が可決されれば実施できるというわけです。その代わり、どんな仕事を提案してもらってもかまいません。映画や芝居をつくってもいいし、シェフになったり、ヨガの先生になってもいい。それが評判になれば、もう一つの肩書きだったはずのものが、いずれ本業になることだってあると思います」。
仮想のまちとはいえ、単なる体験シミュレーションの場ではなく、リアルなコミュニティとして機能している点が、リトルトーキョーのユニークさなのだろう。今後は徐々に、1期の市民を100人程度に増やしつつ、選挙で市長を選出するなど、まちとしてのしくみをさらに充実したものにしていくという。
リトルトーキョーの実現までに、どうやってこぎつけたのだろうか。ことの発端は、ナカムラさんとgreenz.jpの現・編集長の兼松佳宏さんとの出会いにまで遡る(理事長・鈴木菜央さんについては、『【コラム】自分たちの手に社会を取り戻そう』参照)。
2009年の出会いと同時に互いに意気投合し、以後、ナカムラさんはグリーンズの正会員となり、グリーンズとシゴトヒトによる「グリーンズ仕事百貨」をスタートさせるなど、さまざまなコラボ企画を実現させてきた経緯がある。そうした中で、さらに活動を発展させるため、グリーンズとシゴトヒトの共有の場を持ちたいという気持が高まっていったのだという。
「話が盛り上がったのが、2012年11月末くらいでした。そこから軽い気持で物件探しを始めたところ、縁あって今年の2月にこの物件と出合い、さっそく借りることにしたのです」。
じつは、その段階では何をやるのか決めていなかった。ただ、単にオフィスにするのではなく、それぞれがもつメディアと活かしつつ、人が集まれるような場にするために何ができるのか、議論を重ねていったという。
「現代社会というのは、さまざまなつながりが切れてしまっているように思うんですね。仕事でいえば、しくみやルールは高度に洗練されているけれど、役割分担が進んだあまり、多くの人が自分ごとじゃないことをやっている。コミュニティにしても、電車の中で顔を合わせても誰も挨拶をしませんよね? そういう途切れてしまった関係性を、再びつなぎなおす場にしたかった。そこで思い至ったのが、ここに小さな村をつくるという発想でした」。
田舎の小さな村なら、地域住民で草むしりをしたり、祭りの準備をしたりと、皆がいくつもの役割を持ち、当たり前のように自分ごととして働いている。つまり、仕事と地域との関係性が連続して滑らかにつながっている。そこにナカムラさんは一つの理想の仕事と暮らしの姿を見い出したのだという。
さらに、大きなヒントがあった。「ドイツの"ミニ・ミュンヘン"です。これは、夏に7〜14歳までの子どもが集まって、3週間限定のまちをつくり、子どもたち自身が企画から運営まで自治を行うというもの。ここでは自分で仕事を選び、気に入った職業がなければ起業することもできるし、市長にだってなれます。その大人版をやってみたら、大人だって楽しく遊ぶように働けるんじゃないかと思ったのです」。
コンセプトが固まると、いよいよ空間づくりに着手した。寿司屋の玄関だった場所には、通りの往来から見えるように嵌めごろしの窓を取り付け、壁や柱の一部にはチョーク黒板塗装を施し、床は温かみのある土間に改築。また、寿司屋のカウンターを取り除き大きなテーブルを置き、打ち合わせや仕事、イベントスペースとして活用できるようにした。さらに、その奥には、誰でもふらりと立ち寄って、お茶やお酒を楽しめるカフェバーを設置。空き地には出店風の小屋とギャラリー小屋も建てた。
「これらの改装費用は自前で用意していますが、同時に、クラウドファンディングを利用して、230人ほどの方から220万円ほどの資金を集めて賄いました。もっとも、作業の多くを自分たちで手掛け、さまざまに工夫をした結果、出費を大幅に抑えています」。
それでもやはり、事業性という観点から見ると、まだまだ未知数と言わざるを得ない。はたして、ビジネスとしては、今後どう発展させていくつもりだろうか?
「現状では、赤字にならなければいいかなという感じです。それでも、リトルトーキョーという場をもつことで、さまざまな出会いがあり、僕らの知らなかった価値観を知るいい機会になると思っています。もちろんこの場から新しい社会価値や、新しいビジネスが生まれる可能性もありますし、期待もしています。でも実際のところは、何か社会のためにとか、イノベーションの創出とか大上段に構えているわけではなく、自分たちが楽しいからやっている、というのが正直なところなんです(笑)。単純に楽しいからやっている。コミュニティを築く上では、そこが一番大事なことじゃないでしょうか」。
共感を生み出すしくみは、楽しみの中にこそある、ということなのだろう。最近注目が集まる、フューチャーセンターも原点はそこにあるのではないだろうか。リトルトーキョーが今後どう発展し、さらにどう波及していくのか、とても楽しみだ。
持続可能でワクワクする社会の実現に向けてアクションを起こす
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