三菱商事は障がい者スポーツを支援する「DREAM AS ONE.」プロジェクトを2014年から継続して行っています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて障がい者スポーツを支援する企業は増えていますが、三菱商事が取り組む支援のユニークさは、実に地道で着実な支援活動を行っていることと、社員の意識の高さにあるように思われます。
その活動の柱は「競技人口の裾野を広げること」と「観客の増加」という2点。障がい者スポーツの悩みのひとつに、競技人口が思うように増加しないという点がありますが、競技人口を増やす支援活動は、とても地道で手が掛かるものであり、一般のボランティアや支援の手が届かないところでもあるのです。三菱商事では、アンバサダーを立てて応援するという"華やかな"支援活動を行いつつ、一方ではそんな地道な活動に熱心に取り組んでおり、それは、社員の高い意識によって支えられているのです。
どんな支援活動を行っているのか、そして、社員の意識を向上させるためにどんな工夫をしているのでしょうか。三菱商事の取り組みについて同社の小川直子氏、平野裕美氏にお訊きしました。(※取材時の担当者)
DREAM AS ONE.プロジェクトは、同社の60周年の節目に、「さらに社会貢献活動を推進するため、障がい者スポーツの応援を盛り上げよう」ということになったそうです。
もともと三菱商事は「その時々で求められる必要な社会貢献は何かを考えながら、数年ごとにプロジェクトを立ち上げてきた」歴史があります。例えば母子家庭の支援は社会問題化した40年前から始めていました。環境への関心が高まった1990年代には熱帯林の保全活動、2000年代にはサンゴ礁の保全活動などにも取り組んできました。
また、「障がい者スポーツは他人事ではない」という意識もあったそうです。それは、"日本パラリンピックの父"中村裕博士との縁あってのこと。三菱商事は、中村博士が設立した障がい者就労支援施設「太陽の家」への支援を1979年から始め、1983年には共同出資会社「三菱商事太陽株式会社」を設立、本格的に就労支援に取り組んできた経緯があるのです。その縁あって、今も中村博士が提唱した「大分国際車いすマラソン」にも積極的に支援を行っています。50年前に日本パラリンピックのきっかけになった人と仕事をしてきたことが、今の障がい者スポーツ支援にもつながっています。「活動強化は当たり前のことという意識もあった」そうなのです。
その活動の2つの柱は、「競技者の裾野を広げること」「観客を増やすこと」。ひとつの競技に絞らず、幅広くさまざま競技を支え、障がい者スポーツ全体を底上げしたい考えです。先述の通り、障がい者スポーツは、障がい者が積極的にスポーツを始められる環境が充分にないために、競技者人口が少なく、後進が育ちにくい環境にあります。ブラジルに向けて各種競技の選考が終わり、明るいニュースが伝えられる陰にこうした状況があることを知っている人はあまり多くはないのではないでしょうか。
そこで三菱商事が始めたのが、障がい児向けのスポーツ教室です。対象は小学校3~6年生が中心。月に1回、東京YMCAと提携し、スポーツができる環境を提供します。
会場には体育館だけでなくプールもあります。水泳も球技もできるし、単に遊ぶこともできる、そんな環境を提供しています。指導は東京YMCAの指導員が中心になって行い、社員ボランティアはそのお手伝いという形。基本的に親との参加としており、毎回20組40名ほどが参加します。「親とお子さんのコミュニケーション」と、「会場で出会う親御さん同士の交流」も促進の狙いのひとつなのだとか。
「これをやらなければならない、というガチガチのプログラムではなく、個人の意思を尊重し、やりたいスポーツができるように体制を組んでいる」と平野氏。障がいの種類、度合いもさまざま。「障がいを持った児童は、"うまくできないから"と、学校や一般生活の中では恥ずかしがって積極的に運動しない傾向にある。まず、思い切り体を動かす場を提供して、その楽しさを思い出してほしい」。コンプレックスを感じることなく、のびのびと運動する場を作る。これを経験した子どもたちは、「自信を持つようになって、以前よりも外に出かけるようにもなり、さまざまイベントにも参加してくれるようになった。良い循環が生まれそう」と手応えを感じているそうです。
この他にも、かすみがうら国際盲人マラソンの伴走ボランティアや、スポーツイベントへのボランティアなどに、社員が積極的に参加しているそうです。年に3回、MCフォレストで障がい者スポーツのボランティア養成講座を開催するほか、(株)ミライロが主宰する「ユニバーサルマナー検定」の講座なども行っています。いずれも参加希望者が多く、すぐ一杯になってしまうそうですが、そのような意識の高い社員が多い理由を、「10年以上前から、ボランティア活動を社内で継続的に行っているからでしょう」と小川氏は分析します。
同社では、「古切手を切って集める」「翻訳文字をシールで貼って絵本を翻訳する」というような小さなボランティア活動を、昼休みの空いた時間でやることを推奨しているそうなのです。社内のボランティア・イントラネットで情報が流れ、希望する社員は参加します。40年前から続いている母子家庭キャンプなど、週末に行うボランティアもあります。昼休みに、ご飯を食べた後ちょっと空いた時間でちょっとだけボランティア。それも貯まればひとつの成果。絵本はカンボジアに渡り、子どもたちに楽しみを提供します。古切手だって途上国の医療活動に役立てられたりするのです。
こうしたちょっとしたボランティアを日常的に提示していることで、社員の意識も高まり、ステップアップもしやすい環境になっているのだとか。いろいろな社員が参加したくなるように「ボランティアのメニューの種類は多くする」工夫もしているそうです。「ボランティアは、社会貢献ではあるとはいえ、参加するほうも楽しくなければ続かない。どこか、何かで楽しんでもらえるような工夫も欠かせない」。
会社としても自己負担がないようにする、ボランティア休暇を認めるなどボランティア活動を支援する制度も整えています。そのもうひとつユニークな制度が「トークン」です。これは、1回ボランティアに参加するたびに「1トークン」貯まり、ある程度貯まると、1トークン=500円で換算し、社員が希望するところへ寄付ができるというものです。
ボランティア参加が社内評定につながるとか、個人的なインセンティブになるとか、そういうことは特段ないそうですが、「ボランティアで『ありがとう』と言われて、自分が社会に役立っている、社会的な価値を持っているという実感を持つ社員も多いのでは」。
ボランティア活動が社内で広まることで、業務では得られない上司部下、部署を超えた社内の一体感も醸成されてきていると小川氏は話しています。「情けは人のためならず」とは言いますが、まさにそれを地で行く活動と言えるでしょう。今後、アンバサダーを立てた障がい者スポーツのプロモーション活動など華やかな活動はもちろんのこと、紹介したような、地道な障がい者スポーツ支援にさらに注力していくという。スポットライトの当たりにくい部分だけに、今後さらに頑張ってほしいと思います。