写真提供:Rubies in the Rubble
写真提供:Rubies in the Rubble
食料廃棄や地球温暖化など、環境問題の解決のために何かしたいという気持ちから、新しい技術の開発やクリエリティブなアイデアを探している方も多いのではないでしょうか。
「灯台下暗し」という言葉がありますが、課題解決のヒントは、意外と身近なところにもあるかもしれません。例えば、ご近所やふるさと、あるいは自身の記憶の中にも......。
忘れかけていた田舎のスコットランドのお母さんや、ネイティブアメリカンの保存食の知恵に改めて気が付き、現代に息吹を吹き込む。今回は、そんな活動を行う海外事例をご紹介します。
ロンドンに住む20代の女性であるジェニー・ドーソン(Jenny Dawson)さんは、2010年に先進国で進む食料廃棄の問題についての記事を読み、「私も何かしたい」と思い始めました。
ロンドンにはフルーツや野菜を楽しめるマーケットが多数ありますが、それらはジェニーさんのお気に入りでした。「食料廃棄の現状を知りたい」と、ある日、ジェニーさんは自転車に乗って、マーケットの裏側を見学してみることにしました。すると、そこで見えてきたのは、楽しい売り場だけではなく、ほんの50メートル先にある野菜やフルーツのゴミの山でした。なかには、アフリカなど海外からはるばる運んできたものも多くありました。
ジェニーさんは、このマーケットの状況をどうにかしなければならないと、何か斬新で、画期的な方法はないかと考えていました。しかしながら、そこでふと思い出したのが、生まれ育ったスコットランドの田舎でいつもお母さんが作っていた保存食「チャツネ(chutney)」のことでした。
チャツネ(チャットニー)とは、りんごやマンゴー、トマトなど果物や野菜に香辛料を加えて煮込んだり、漬けたりして瓶詰めにする、インド由来のイギリスの伝統食です。作り方はシンプルで、たくさん採れすぎた旬の果物や野菜を、一年中おいしくたべることができます。イギリスではカレーなどの食事と一緒に、あるいはサンドイッチの隠し味などに使われてきました。ジェニーさんはお母さんから作り方を教わり、それをまだ覚えていました。
2010年1月、ジェニーさんは友人の農場やマーケットにて、生産や加工過程で余剰廃棄となりかけた果物や野菜を救い、チャツネを作って販売するというアイデアを試しました。「なぜ捨てるの? シンプルにチャツネにしましょう」というメッセージを込め、その生産プロセスも公開して販売したところ、見事に小銭を得ることができました。
この挑戦に手応えを感じたジェニーさんは活動を続け、そしてメッセージを広げるには、チャリティではなくビジネスにしなくてはと考えた末に会社を立ち上げました。今では"Rubies in the Rubble(がれきの中のルビー)"という人気プロダクトとして、老舗百貨店のフォートナムメイソンほか各地で販売されるまでに成長しました。
果物や野菜を提供する関係者、そして買い手には、その仕入れの方法や、すべてが手作りという昔ながらの生産のプロセス、何よりそのメッセージが支持されています。ジェニーさんは、今後は同様にイギリス伝統の保存食である、ピクルスの商品開発も予定しています。
アメリカでは、さまざまな要因でネイティブアメリカンの食の伝統が失われつつあります。これに対し、その食の知恵や伝統の食材の価値を再評価する動きや、広げるための働きかけがあります。
NWIC(Northwest Indian College)は、ネイティブアメリカンの部族に伝わってきた伝統の食材保存の知恵を伝えるワークショップなどを行っています。例えば、トウモロコシやかぼちゃの種を日干しにして乾燥させる保存方法や、魚の燻製などです。これらは環境のためだけではなく、ネイティブアメリカンに増えている糖尿病や肥満などの現代病を防ぐという、健康の向上にも役立つというデータも出ています。
それぞれの伝統を守るだけではありません。NWICは「Tribal Cooks Camp(部族クッキングキャンプ)」と呼ばれる、さまざまな部族出身の料理人を集め、3日間泊まりがけで記憶にあるレシピを共有し合うイベントを行ったり、伝統の保存方法や味のレシピとそれらにまつわる物語や知恵を集めた本を出版したりしてきました。
こうした活動は、コミュニティガーデンと呼ばれる地域の共有農場で、栽培から保存までを行うなど、実践とともに続けられています。
日本にも、地域によってさまざまな食材があり、保存したり、加工したりする知恵があります。そこには、地球の問題の課題解決のヒントが眠っているのかもしれません。
すべての人が伝統に回帰して実行することはなかなか難しいでしょうが、その伝統的な保存食に敬意を示し、積極的に購買したり、消費したりと生活に取り入れることは、誰でもできます。楽しいワークショップや、地方の食文化の学び合いの場をつくることで、現代のニーズに沿った新たな気付きも生まれるかもしれません。
今一度、ふるさとの食、家庭の食の記憶を思い出してみてはいかがでしょうか。