人工物に囲まれがちな都市生活のなかで、自然や他の生き物と共生していくために、私たちは何ができるのでしょうか。サステナブルな都市計画や、平日は都会で働き週末は田舎に暮らす二地域居住といった新たなライフスタイルが模索されています。
イギリスの首都ロンドンには、都心で家畜を飼い、野菜を育て、生きる知恵を伝える「シティファーム」と呼ばれる農場が点在しています。家畜を持たない野菜農場のみの「コミュニティガーデン」と合わせると、その数は2014年現在、63カ所。立ち上げも運営も、地域住民の手で育まれています。
20年以上にわたり地域とともに歴史を歩み、成功モデルとして知られるHackney City Farm(ハックニー・シティファーム)を訪ねました。
ロンドン中心部から約6キロの北東部に位置するハックニー地区は、人口の約4割が移民という多民族・多文化地域です。かつては低所得者層が住む貧困地域でしたが、近年若者やアーティストが集まり、さらに2012年のロンドンオリンピックで再開発が進んだことから、クリエイティブで活気のある地域として注目されています。
Hackney City Farm(ハックニー・シティファーム)は、まだ現在の再開発の面影もなかった1984年創設。ビールの醸造所があった場所を活用し、地域の子ども、若者、住民が農業に触れる機会を与えるための場として有志メンバーが立ち上げました。
シティファームが担ってきた役割は、農業体験や自然体験交流としての農場施設に終わりません。ここは地域コミュニティの集いの場であり、生きた知恵を学び合う場として機能しています。
実際にハックニーシティファームを訪れてみると、一人でやってくるお年寄り、乳母車を押す母親同士、若者の集団と、その顔ぶれの多様さに驚かされます。オープンは毎週火曜日から日曜日の10時から4時半まで。入場料は必要なく、開場されている日時であれば、誰でも気軽に出入りできます。
併設のカフェに寄ると、ご近所さんとお茶を囲んで話し込む姿や、あるいはファームのスタッフと声を掛け合い、そのままティータイムが始まることも。このファームの卵や、地域の食材を使ったオーガニックメニューを楽しむことができます。
定期的に開催されているワークショップでは、家畜や蜂の世話、藁の家造りなど、食育など「生きる知恵」を学ぶことができます。こうした提供するサービスは、すべて利用者の住民の声を反映して設定されてきました。例えば近年、要望に応えて、子どものためのプレイルームや陶芸の窯も後に増設されました。
ボランティアスタッフから正規スタッフになり、ハックニーシティ―ファームに13年勤める、地元住民のクリスティーナさんにお話を伺ったところ、これまでの運営の苦労が語られました。
「80年代はハックニーのなかだけでも、同じようなシティファームは複数ありました。現在は、ここ一つだけになりました。最初は行政からの助成金だけで運営されていたのですが、1990年代半ばに、助成金が突如打ち切られることになったのです。この影響で他のシティファームは営業停止に追い込まれました。ハックニーシティファームも、給料を支払えないためにスタッフを失いました。幸い、地域のボランティアの皆さんの協力を得ることができ、そして地域の企業が資金を出してくれることになりました。私たちも農場の鶏の卵の販売、羊の毛で作ったフリースを販売し、運営費を捻出してきました」
クリスティーナさんは、これからのハックニーシティファームの目標は、「Keep going(続けていくこと)」だと語ります。現在、学校や企業と提携し、定期的に野外研修や人事研修の場としても公開しています。地域の子どもたちには自然を学ぶ機会を、会社には社員同士で協同作業を行うチームビルディングの機会を提供しています。学校や企業が研修費を支払うことは、シティファームのサポートにもなります。2008年には、新たに自転車の修理サービスも始まりました。
「最近、オーガニック志向の流れもあって、ロンドンでは自宅で鶏を飼う人が増えています。シティファームに訪れる人も、鶏の世話に興味があるようです。ただ、実際に飼ってみたら、思ったより鳴き声がうるさくて、ご近所トラブルも発生していると聞きます。こうした問題も、一緒に考えていきたいですね。」そうクリスティーナさんが語るように、これからも、シティファームは地域と共に力強く歩んでいきます。
地域に根づいたサステナブルな活動、学校や企業との協力のあり方、そしてその取り組みを続けていく秘訣について、シティファーム20年の歴史には、多くの知恵が詰まっているのではないでしょうか。