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【国内】「郊外」のコミュニティ・デザイン最前線

“地方”と“都市”の狭間から見える可能性とは

3年前、昭和40年代から続く小金井市の「丸田ストアー」に、小さな隠れ家のようなカフェ「tiny little hideout SPOONFUL(スプンフル)」ができました。スーパーや量販店に押されて地域のお店や、小さな複合的なストアーは苦しいのが現状です。もちろん、もともと丸田ストアーは地域の住人に寄り添ってきたため、今も客足が絶えません。しかし、このスプンフルができたおかげで、客層が若返り、ストアー全体の活性化にもつながっているそうです。

スプンフルを営むのは、近くに実家があり、小金井で生まれ育ったという眞嶋麻衣さん。小金井を離れて世界各地を転々とし、後に長野県のレストランで働いていましたが、丸田ストアーの一角が空くことを知り、2010年に開業しました。「もしお店を開くなら『丸田ストアーで』とずっと思っていました」。妹の砂良(さら)さんとともに「のんびり、質を下げないで良いものを提供していきたい」と話します。

麻衣さんは「まちづくりや地域活性なんて、そんな大それたことは考えてない、ただ毎日を精一杯やるだけ」と言いますが、スプンフルと丸田ストアーの姿は、小金井市の、ひいては「郊外」のまちづくり、活性化の可能性を感じさせるものです。1月には東小金井駅に「nonowa東小金井」がオープン。JR東日本の三鷹-立川間の高架下事業で注目を集める中央線沿線、武蔵野・多摩エリアでは、どのようなまちづくりが進んでいるのでしょうか。今回はスプンフルを出発点に、郊外のまちづくりの姿を追ってみます。

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Uターンが生む多世代性......

新旧世代が作り上げる誠実で丁寧な姿勢

上段が高齊さんご夫妻。下段左は惣菜「台所」の山口さんご夫妻、右は精肉店の山川さん

麻衣さんの実家は丸田ストアーのすぐ近く。昭和48年から丸田ストアー内で魚屋と乾物屋を営む高齊さんご夫妻は、麻衣さんの祖母のころからの付き合いだそうです。「小さなころから見ていた子が、大きくなって戻ってきて『カフェをやりたい』って。もうびっくりしましたけど、ずっと知ってますから、どんどんおやりなさいって(笑)。ストアーに来るお客さんも、若い人が増えて、お茶をして、お菓子を買って帰るついでに、魚やお惣菜を買っていってくださるようになりました」。

スプンフルの麻衣さん今、丸田ストアーに入っているのは、高齊さんの魚屋、乾物屋、山口さんご夫妻が営む惣菜屋の「台所」と八百屋、通りに面した山川精肉店、そしてスプンフル。どのお店も地域の人々に寄り添い、生活を支えてきました。個店が営業を続けるのは苦しいご時世ですが、丸田ストアーが今も続いているのは「お客様第一、もうけを第一にしないから」と高齊さんは言います。「儲けるための商売じゃなくて、お客様と私たちの健康のために商売をやっているようなもの」。40年ひとつところで商売を続ける秘訣はこういうことかもしれません。

実はスプンフルの姿勢も丸田ストアーの皆さんととても近いのです。麻衣さんのポリシーは「人の心と体を作るのは食べ物。食べ物を、顔の見える人から買って、体に入れることの大切さを忘れない」ということ。「自分たちの生活もあるので、きれいごとばかりではないけど、お金を第一にしてしまうのは違う。良いものを、誠実にお客さんにお出ししていきたい」。

丸田ストアーでお店を開いている人たちは高齢化が進んでいます。しかし、スプンフルの麻衣さんのように、Uターンした若い世代が入ってくることでストアー全体に活気が生まれます。新旧世代がジョイントすることで、良い形のミックスアップが生まれていると言えるでしょう。ポイントは誰も意識してそれをやっていないということかもしれません。麻衣さんも「誠実に、楽しんでやること。自分たちが楽しくて健やかでなければお客さんに良いものは提供できないと思います」と話しています。

多様性、自律的経済圏の欠如――小金井市が抱える問題とは

再開発が進む東小金井駅北口

ここで小金井市が潜在的に抱える問題について考えてみましょう。小金井市は郊外のベッドタウンとして平成に入ってから急激に人口を伸ばしてきており、現在12万人弱 。今も微増傾向です。市内には大学を始め教育機関が多く、教育熱心なヤングファミリーの流入も多いと考えられているそうです。

しかし、経済産業的にはさまざまな問題を抱えています。そのひとつが市内の経済が低調傾向にあること。小金井市の経済課産業振興係の担当者 によると「買い物は吉祥寺や立川など近隣の大きな町に出掛け、地元商店街の利用率が低い」そうです。都心への通勤者が多いため昼間人口は少なく、市内の自律的経済活動は弱い。生活用品、食品などの最寄品は、駅前の量販店での購入も見られますが、それも高齢者に偏っており、若年層はやはり市外が多い。JRでは東小金井、武蔵小金井の2つの駅がありますが、駅前の個店は後継者不足もあって商店街の存続に懸念も生じています。

また、「第一種低層住居専用地域」に定められた用途地域による制限があるのもネックになっています。市域の実に3分の2が住居専用地域とされ、商業・工業の施設が作りにくくなっています。「例えば今から工場を作ろうと思っても、可能な地域は限られており、市内でもほんの数カ所しかない」。住環境を守るために必要な制限かもしれませんが、それによって市内の多様性が欠けてしまっているのが現状です。

多様性の欠如したエリアでは、そこで暮らす人たちの均質化が進み、ひいては住宅、街並みも均質化していきます。均質化自体を否定するものではありませんが、多くの識者が指摘するように、それに比例してライフスタイルも限定的になり、地域の文化がやせ細る傾向にあることは問題でしょう。仮に今は良いとしても、20年後、30年後はどうでしょうか。今、かつてのニュータウンがオールドタウン化し、急激な高齢化とともに建物の老朽化や建替えが問題になっていますが、それは30年後の小金井市が直面する問題でもあります。経済、文化の多様性は住民の多様性を生み、世代を超えたまちづくりにつながりますが、今はその実現に向けて悪戦苦闘中といったところでしょう。これら「郊外」の持つ問題は、今、疲弊する地方が持っている問題と同質のものであり、将来的には直面せざるを得ないものです。また、その一方で都市が内包する課題がにじみ出てくるもの郊外です。つまり、郊外の問題解決は、地方・都市両方の問題を解決するヒントになると言えるのです。

こうした問題に対し、小金井市では商・工業の活性化とともに、平成23年3月からの新しい「小金井市産業振興プラン」で、農業や地域資源と連携したまちなか観光に力を入れていく としています。小金井公園、野川公園、武蔵野公園の3つの都立公園を観光資源の主力に据え、「リピーターを獲得するとともに、市内の回遊性を向上させていく」方針。豊富な水資源を活用する「水湧く(みわく)プロジェクト構想」、地域の農資源と伝統野菜である「江戸野菜」を活用した「地域資源活用プロジェクト」など従来の取り組みに加え、情報発信やおもてなしの仕組みを構築するそうです。

春と秋には、農業と商業が連携する「江戸東京野菜フェア」を開催しています。地域の江戸野菜を使い、飲食店がオリジナルメニュー を提供するというもの。今年も春のフェアは3月22日から4月6日まで開催されています。

黄金井のおいしい!を食べ歩き~「春の江戸東京野菜お花見フェア」のチラシ

魅力のある街にするために必要なのは、個店の個性

3月のはけのおいしい朝市

街の多様性を上げるには、魅力ある街にする必要があります。そんな取り組みのひとつに、「はけのおいしい朝市」がありました。毎月1回、市内で個性的な店を営む人たちが集まって開く朝市。生活雑貨、文具、家具、ペット用品、食べ物など集まるお店もさまざまです。もちろん、スプンフルも参加しています

取材日はあいにくの雨でしたが、10時の開場直後から来場者がいっぱい。「晴れていたらこんなもんじゃない、もっとたくさんの人であふれかえるようになる」と朝市のファンだという近所の住人の方が教えてくれます。スプンフルのような駅から遠い小さなお店は知る機会も少ないですが、朝市で知ってファンになったそう。「必ずおいしいもの、良いものがあるので、どうしても買いたくなっちゃうんです」と、買い物袋を掲げて見せてくれました。

dogdecoHOME池田さんはけのおいしい朝市が発足したのは2009年。主宰メンバーのひとり、ペット用品専門店「dogdeco HOME」を営む池田功さんは、「僕らの個性が、街の個性につながっていけば」と言います。「はけ」とは、国分寺崖線のことで、立川から国分寺を経て世田谷、大田区まで連なる武蔵野台地の"断崖"のこと。豊かな自然ときれいな湧水で知られており、貴重な地域の自然資源として守られています。「小金井市に暮らす人は、自然が好きで、時間の使い方がうまくて、土日には家族と街を自分の庭みたいに歩いて楽しめる人が住んでいるイメージ」で、「そんな人たちに、僕たちのようなお店があることを知ってもらい、街を回遊してもらえるようになれば」と発足。

「高収益性を求める大規模商業施設には個店は出店できず、街には似たような店だけが残り均質化する。それが結果街の悩みになってしまうので、そこを何とかしたいと思った」そう。しかし、「小金井市をどうしたいこうしたいという行政的なことにはあまり深くかかわらず、ただ、自分たちが楽しいと思える街にしたい。個性的なお店ばかりなので、収益を出すことよりも品質を落とさず、個性を失わないようにしていきたい」と話しています。

現在では開催回数も55回を数え、地域のさまざまな施設とのコラボレーションも生まれています。3月30日には市内の「江戸東京たてもの園」で開催される予定。「賛同してくれる個性的なお店が増えて広まっていけば街も楽しくなる。JRの高架下事業が動いていますが、対等な立場でタイアップして、存在感を出していければいいなと思います」。

「ひとり勝ち」ではまちづくりは成立しない。鍵はコミュニケーション

JRの高架下事業は、中央線沿線の今後のまちづくりの動きの重要なファクターのひとつです。JR東日本は、この事業のために2010年に完全子会社の株式会社JR中央ラインモールを立ち上げました。以来、2012年9月「nonowa西国分寺」、2013年5月「nonowa武蔵境」、2014年1月には「nonowa東小金井」とnonowaブランドの商業施設が次々とオープンしています。

街の個店としては、同社が運営する大規模商業施設は諸手を上げて賛同するとは言い難いのが本音でしょう。今までみてきたような郊外のまちづくりに必要な多様性、個性はどう保たれるのでしょうか。同社の鈴木幹雄社長は、一見するとこの矛盾する大規模商業施設とまちづくりの動きを、なんとかひとつにまとめたいと考えていると話します。

JR中央ラインモール 鈴木幹雄社長「端的にいえば、人口減少局面の社会では、単なる大規模商業施設を作って人を集めるような従来のビジネスモデルは通用しないでしょう。地域の住民と腰をすえて長いお付き合いをし、地域全体で循環する経済を作らなければ成功しないのではないかと考えています」と鈴木社長。小金井市はベッドタウン化が進み、言ってみれば「住民の皆さんは都心へ"出稼ぎ"に行っているようなもので、市内に独自の経済活動がないのが問題」と鈴木社長も指摘しています。

「地元の商店街の方々も、駅を街の玄関口と捉えてくれています。長い目で見れば、街を盛り上げて新しい郊外の形を作りたいという思いは共通しているはず」。しかし、その形は「どうしていいかは、答えがあるわけではない」のだと言います。

「今までにない郊外の形がどんなものなのか、どういう町になるのか。その形をこちらが勝手にデザインして一方的に押し付けてはいけないと思うんです。どんな街をつくりたいのか、どんな思いを抱いているのか、まずはコミュニケーションをして、思いを共有していくところから始めたい」

そのために始めたのがエリアマガジン「ののわ」でした。2012年11月に創刊し、毎月1回発行を続けています。ウェブも連動しており、一般読者によるまち記者も募集しています。また、定期的に、キープレイヤーを招いてのトークイベントも開催してきました。

「良い街にしたい、活性化したいという大きなシナリオはみな同じ。あとは、そこにどんなプレイヤーを巻き込むのかが大切で、中身は彼らのセンスに託せばいい。JR中央ラインモールとしては、まちづくりのための大きなプラットフォームを作り、参加するプレイヤーを増やしていくことがこれからの課題だと思っています」

小金井市のまちづくりの方向性として、多くの人が胸に描いているもののひとつに「自然環境」がある。3つある都立公園、はけ、川、湧水などの豊かな自然を愛する住民は多い。中央ラインモールプロジェクトの一環として2013年11月から始めたサイクルシェアシステム「Suicle(スイクル)」は、そんな思いを象徴するものだろう。公園や川をエコな自転車で走るのは実に小金井らしい。現在のところポートは武蔵境駅、東小金井駅、東京農工大の3カ所しかない。筆者としては、小金井公園など市内の都立公園にもポートをぜひとも作ってほしいところであるが、いかがだろうか。

地域特性を生かしたネットワーキングを

JR中央ラインモールのコミュニケーションツールであるエリアマガジン「ののわ」。この編集長をしているのが、「つくし文具店」「西荻紙店」などを運営・主宰し、中央線のコミュニティデザインに携わってきた萩原修さんです。

萩原修さん。東京国立育ち。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。大日本印刷、リビングデザインセンターOZONEを経て2004年に独立。「つくる」と「つかう」を「つなげる」ことを軸に、さまざまなプロジェクトのプロデュースを手がけている。主なものに「つくし文具店」「中央線デザインネットワーク」「西荻紙店」「104プロジェクト」「国分寺さんち」など多数「エリアマガジンも地元の人たちで作りたいということで鈴木社長から相談を受け、僕は僕でやりたいこともあるし、それぞれの思いを形にして、つながっていったらいいなと思ってやっています」と萩原さん。「中央線沿線は都心に出ちゃう人がほとんどで、こんなに暮らしやすい、いいところだということがあまり知られていないんです。それを伝えて、地域に興味を持ってくれて、あわよくば、踏み込んで地域で何かを始めたり仕事をする人が増えてくれるようになればいいなと思っています」。

その鍵となるのがトークイベント「ののわトーク」です。「これまでは共感を持って活動している地域の人を招いて少人数でやっていましたが、2年目となる今年は、外部の人を招いて地域のキーパーソンと対談してもらうトークセッションも開催していきます」。3月6日に開催された第1回では、社会デザイン研究者の三浦展さんと、地域で活動するデザインユニットの「ミリメーター」の対談。第2回目は立川の料理研究家フルタヨウコさんと、コエドブルワリーの朝霧重治さん(3/29)を予定しているそうです。
「東京の真ん中(地図で見ると小金井のあたりが真ん中だから)でこそ考えられるライフスタイル、暮らし方をみんなで考えましょうと。イベントの中では方向性は打ち出しません。みなさんで考えてそれぞれが決めていけばいいんじゃないでしょうか」

「今までにない郊外の形がどんなものなのか、どういう町になるのか。その形をこちらが勝手にデザインして一方的に押し付けてはいけないと思うんです。どんな街をつくりたいのか、どんな思いを抱いているのか、まずはコミュニケーションをして、思いを共有していくところから始めたい」

そして、こうしたイベントに参加した人たちでネットワークを作っているそうです。「何かをしたいと思うようになった人が集まる"苗床"です。このネットワーク自体が活動するのではなく、ここを介して独自に活動をする人たちが巣立っていく。そんな循環型のネットワークを考えています」と萩原さん。ひとりでは限界があるが、人が集まればできることは増えていく。その集まる場所をつくり、入り口をたくさん用意しておけばさまざまな活動が生まれていく。中央線デザインネットワーク、東京にしがわ大学などさまざまなコミュニティデザインにかかわってきた萩原さんならではのネットワーキングの手法かもしれません。

小金井市や中央線沿線ならではのまちづくりのやり方はあるのでしょうか。

「このエリアは、戦後に地方から流入してきた人口を吸収して大きくなってきた歴史があります。その点、地方とのつながりが強いという特性があるでしょう。そして、都心とは違い住宅地であるということ。家がある、暮らしているというのは、この地域の大きな強みでしょう。これがそろうと、例えば青森の実家からリンゴをもらって、それをおすそ分けするという地域の経済外経済が生まれやすい。こうしたお金を抜きにした豊かな人と人のつながりが生まれる土壌があると思います」

萩原さんが運営メンバーを務める東京にしがわ大学では、新潟の三条市の金属加工業者が地域のツテで上京し、東京のプロダクトデザイナーとマッチングする試みも行われたそうです。

「僕も国立市の出身だったのに、20年くらいずっと都心へ"出稼ぎ"していた身。10年前に仕事をやめて"Uターン"してきて、ようやく最近になって、こちらに完全にスライドしてこれたかなと感じています。地域に対して、人は4パターンに類型されると思うんですね。ずっと地元の人、よそ者(外来者)、Uターン、Iターン。Uターンには地元を知っているという強みがあるので、それを生かして活動していきたいですね」


今回は小金井市を軸に、まちづくり、コミュニティ・デザインに取り組む人々を取材しました。郊外のまちづくりは今まさに進行中で、出口ははっきりと見えてはいません。しかし、ここで行われている取り組みや手法は、そのままほかに移植することはできないとしても、今地方が抱える問題解決の糸口になるはずですし、また、逆に都市が潜在的に持つ課題を考える入り口にもなるでしょう。中央線沿線は今まさにその最前線。興味のある人は、こうした活動にも飛び込んでみてはいかがでしょうか。


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