10月2日に第一期開業を迎えた大手町タワー地下1・2階の商業施設「OOTEMORI」。女性をターゲットにした新しいスポットとして話題を集めていますが、もうひとつ大きなニュースになったのが「本物を持ってきた」と言われる大規模な緑地「大手町の森」です。
それは3600平方メートルにもわたる広大な森です。木々は整然と並ぶのではなく、むしろランダムに立ち並んでいます。しかし、そこには不思議と調和された自然の姿を感じます。落ち葉が風に揺られてかさこそとかそけき音を立て、12月の今は、冬の訪れを告げる渡り鳥の姿が木々の間から垣間見えることもあります。
その森の姿は、われわれが知る「緑化」とはあまりにも違って見えます。しかしこれは「一風変わった都市緑化のひとつ」という程度にとどまるものではありません。新たな都市緑化の可能性を推し量るものとして、さまざまな分野から注目されているのです。今回は、その取り組みの裏側から、次世代の都市緑化について考えてみたいと思います。
まず、緑地としてどのような特徴があるのかを見ていきましょう。
ひとつめは樹種が豊富な点です。ビル外構の緑化では、種類が少なく、低木1種、高木1種だけで構成するケースもあります。しかし、大手町の森では高木・中低木・地被(地面を覆う背の低い植物)合せて100種ほどを植えています。「自然の森の創出を目指して整備した大手町の森では、枝葉の充実した樹木のほかに 、あえて太陽を求めて細々と高く伸びた樹木(通称"負け木")も植えることで、多様な自然の姿を再現しています」と話すのは、君津での実証実験の森「プレフォレスト」を含め、計画初期からこの事業に携わっている東京建物株式会社 都市開発事業部の坂田俊介さん。しかも、その7割が落葉樹だというから驚きです。
次に、密度が均一ではない点。木々の立ち並びには粗密があり、地表に落ちる枝の影にもばらつきがあります。これは「プレフォレストで立っていた位置、角度を再現したもの」と坂田さん。「森全体の成長やそこにおける生存競争を想定しており、すべての木が勢いよく茂るのではなく、負け木のようにわずかな空間を求めて自分の居場所を獲得した樹木も存在する」のだそう。例えば常緑樹ばかりの森では、地表に日光が届かず地表面が裸地化することもありますが、常落混交樹林では、日光が直接落ちる"ギャップ"をつくるなど、森自身が多様で生き生きとしたバランスを取っているのです。
そして、次に森の地表が平らではない点が挙げられます。地面は起伏に富み、かなりの高低差が生まれています。「こうした起伏を『アンジュレーション』と呼びます。山部は乾燥しやすく、谷部は逆に湿度が高くなりやすく、豊かな植物相を支える基礎となるのです」。考えてみれば、まとまった地表面を見せることも珍しいケースです。公園では緑地帯の地面は芝生に覆われていることが多いですが、ここでは林床で見られる植物が一面に植えられているのです。今は、冬に備えて身を小さくしている草花と、木から落ちた枯葉だけ。しかし、それでもさびしさを感じないのが不思議です。そこには、季節により芽を出すさまざまな希少種も植えられ、人が立ち入らない森であればこその景観を生み出しています。
「ビル外構の植樹は、商品の木々から良いものを選んで、きれいに並べるやり方が一般的でした」と坂田さん。大手町の森のような植樹は今までに例がなく、「造園の職人さんたちも戸惑っていた」のだそう。職人さんたちにしてみれば、「整然ときれいに並べてこそ、きれいな庭になる」はずなのに、ここでは逆に自然に近い、乱雑にも見える形に並べるのですから当然です。1本1本の木の向き、角度も細かく指定しますから、植樹には想像以上の時間がかかり、「かかった労力・苦労は文字通り"次元が違った"」といわれています。
また、地表の植物はこれから春までの期間がひとつの勝負。3600平方メートルの森は、地表の環境特性や景観デザインの違いによってゾーンが分かれており、現在この中で植栽の生育状況や森に訪れる動物調査など10を超える項目をモニタリングしています。例えば地被類では、ゾーン内19カ所で生育の経過観察が行われています。これらの結果は管理計画にフィードバックし、より適切な方法を探っています。しかし、ここまでして植物が健全に生育する素地をいかに丁寧につくっても「我々にできるのは人間の進入を制限し、芽吹きを待つ植物を潰してしまわないこと。手は尽くしますが、本当にうまく育ってくれるかは、植物が無言で教えてくれるのみです」と坂田さん。植物相を支えるにはさまざまな要素がありますが、今後の醸成に期待がかかります。
また、落葉樹が7割を超えるために、落ち葉の管理にも格別の注意が必要です。そもそも落葉樹を入れること自体、落ち葉が風に舞って近隣の迷惑になる等の管理上の観点から、都市緑化では敬遠されがちです。しかしこの点、「落ち葉も自然な森の景観を構成する大切な要素。近隣の皆様にご迷惑がかからないよう最大限対応する一方、その魅力を共有して頂けるよう努力していきたいです」。また、「木1本1本で管理するのではなく、『森全体で管理する』という発想に立つため、合理的になる部分も多いんです」と坂田さんは言います。街中の木々は1本1本きれいに整えることが求められますが、大手町の森で大切なのは「森全体での調和」であり、そう考えると、総合的な作業の手間は一般的な外構植樹よりも少なくなっている面もあるそうです。
このように今までにないコンセプトで、格別の手間ひまをかけて作られ、管理されている大手町の森。そもそもなぜ、こんな森を作ったのでしょうか。
「ひとつは、大手町エリアのフラッグシップにしたいという思いがあります。丸の内からの賑わいを大手町・神田エリアに延伸することは、広域的なエリア目標でもありますので、大手町の森を、仲通り機能の延伸の起点にしたいという狙いがあります」。大手町の開発はこれから本格化していきますが、丸の内との接続が課題です。大手町の森はそれに対する回答のひとつといえるでしょう。また、「日本有数の便利な駅である大手町駅が、本当にただ乗り換えるだけの駅で終わっていては、本当に豊かなビジネスライフになりません。乗り継ぎついでに大手町で降りて、森を散策するオフィスワーカーを呼び込みたい」。
このようなビジネス的側面も理由のひとつであり、また、現在は環境不動産の考え方も広まりつつあるため、緑豊かな環境は不動産価値の向上につながり、投資も活発化すると期待されています。しかし、大手町の森のそもそもの発端は、もっと人間くさいものだったそうです。それは、
「山の中で感じる、自然から受け取る何かを都市でも享受できないだろうか」
という思いでした。
震災以降、節電省エネの必要性から都市緑化、壁面緑化に拍車がかかり、わずか数年で都市の緑被率は大幅に向上しました。しかし、都市緑化はさまざまな制約があることから、画一化しやすいという側面もあり、これだけでは"物足りない"と感じる人たちが増えているということでしょう。
これが次世代の新たな都市緑化の可能性がある点なのです。手間ひまをかけても、自然な状態を再現するという、今までとは180度方向性の違う都市緑化です。ディベロッパーや建設会社が、大手町の森のように大規模な「自然の森」を再現することは一般的ではないかもしれませんが、大手壁面緑化メーカーの一部では、管理しやすい外来種ばかりでなく、日本人になじみのある、日本固有種を使った緑化に取り組み始めています。
こうした可能性があることから、今、大手町の森は植物学、ランドスケープアーキテクト、造園学、都市工学などさまざまな分野の研究者の注目の的となっています。
また、ここには、まちづくりの新たなスタイルが生まれる可能性も含まれているでしょう。例えば、三重県の海岸線に作られたプロムナードでは、市民の求めに応じて落葉樹が植えられ、大規模な剪定は市が行うが、日々の落ち葉の掃除や管理は住民が自主的に行う取り決めが交わされたという事例があります。大手町の森が、近隣のオフィスビルと連携して森の成長に関与するようになれば、それはまた新たなコミュニティーのモデルになるに違いありません。
都市緑化の今後を考えるために、ぜひ一度あなたも大手町の森を歩いてみてください。理論や立ちはだかる現実ももちろん大切です。しかし、そこで感じる言葉にはできない「何か」も、都市の緑化問題では大切だったはず。きっと大手町の森はそんなことを思い出させてくれるでしょう。