劣悪な労働条件や児童労働、搾取などがなく、環境に配慮して採掘された原料を、フェアトレードによって仕入れ、自らの手でデザインしたジュエリーを制作・販売しているHASUNAの白木夏子さん。販売ルートも何もないところから、貴金属・宝飾業界が抱える状況を変えたいと始めた事業はいま、意識の高い人々の共感を呼び、少しずつ社会を変えつつある。その白木さんの歩みと思いについて、話をうかがった。
―なぜ、ジュエリーを手掛けようと思われたのですか?
ファッションデザイナーだった母親の影響が大きいと思います。幼い頃から洋服づくりやアクセサリーづくりなどが好きで、モノをつくり出すことに全精力を傾けているような子どもだったんです。将来は、ファッションや芸術の仕事につきたいと思っていました。
それが短大時代に、環境破壊や貧困などをテーマに世界中で撮影をされているフォトジャーナリストの桜井和馬さんの話をお聞きする機会を得て、国際協力に目覚めたのです。これがきっかけとなり、イギリスのロンドン大学に留学し、発展途上国の開発について学びました。留学中、さまざまな国を回ったのですが、とりわけ衝撃的だったのが、1年生の夏に訪れた南インドのチェンナイという町にほど近い、ある村での光景でした。
そこは鉱物採掘をして働く人びとが暮らす村だったんです。彼らは、カースト制度のさらに下に位置するアウト・カースト(不可触民、アンタッチャブル)と呼ばれる被差別民なのですが、村の雰囲気が異様に暗いのです。子どもが10〜20kgもあるような重い荷物を背中に背負って運んでいたり、怪我をしても病院に行くお金がないため、骨が折れたままくっついていたり。そうした子どもたちの惨状に加え、大人たちの目つきや散乱するゴミ、路上に溢れ返る汚水などを見るにつけ、この村全体が大きなストレスを抱えていることは一目瞭然でした。
村で見た光景は、大学を卒業して金融関係の仕事に就いてからも、折に触れ思い出していたのですが、あるとき大好きなものづくりを通じて、鉱山で起こっている問題を解決できないだろうか、と思い至ったのです。実は、大学時代から自分でつくったジュエリーをネットで販売したり、就職後も休日に彫金の学校に通うなど、いずれジュエリー関係の仕事で起業したいと思っていました。こうして、鉱山で起こっている問題とジュエリーが結びつくことになったというわけです。
―社会問題の解決のために、ジュエリー・ビジネスを始められたということですね
そもそも、先の南インドの採掘場で働く人びとにとって、彼らが採掘している大理石もマイカ(雲母)も、彼らの暮らしにはなんら関係のないものばかりなんです。一方、私たちにとっては、大理石は建材として使用されていますし、貴金属もジュエリーだけでなく、パソコンや携帯、カメラなどの電化製品にも使われています。そして、大理石もジュエリーも電化製品も、私たちの心を豊にしてくれたり、便利にしてくれるものであり、私たちにとっては高級品ですよね。それなのになぜ、私たちが支払った対価が、彼らのもとにちゃんと届いていないのかと疑問に思っていました。
そこで、原料を採掘する人びとと、製品のつくり手の顔が互いに見えるような関係性を築き、現地に相応のお金を落とせるようなビジネスモデルが構築できれば、この問題を解決できるのではないかと考えました。倫理的、道徳的であり、人と社会と環境に配慮したビジネスというわけです。こうしたビジネスは、エシカル(ethical:倫理的・道徳的)・ビジネスと呼ばれています。
―支援ではなく、あくまでもビジネスで現状を変えたいと思われたのはなぜですか?
実際に現地を歩いてみて、支援や寄付などでは、砂漠に水を撒くようなものだと感じたからです。たとえばパキスタンでは、先祖代々受け継がれた、「神が宿る山」と呼ばれる神聖な場所から採掘された金にもかかわらず、とんでもなく安いお金で買いたたかれて、密輸されているケースがほとんどでした。このような問題は、やはりビジネスでしか解決できないと思うのです。
―そうは言っても、貴金属の取引というのは、独特の商習慣があるようなので、当初はご苦労も多かったのではないでしょうか?
まったくの素人でしたからね。最初は貴金属の町として有名な、東京・御徒町の店舗を訪ね歩くことから始めました。ところがどのお店に聞いても、流通ルートを知らないというんですね。そもそも鉱山から店頭までの流通径路がブラックボックス化しているというのが、この業界の常識だという。
でも、本来、ジュエリーって結婚や婚約の記念にお求めになるように、人の幸せを司るものですよね。こうした商品の成り立ちのストーリーがグレーのまま、というのは嫌でしょう。やはり、顔の見える関係で、愛情を込めて作られたものであってほしいと思います。
そこで、自分で直接、ルートを開拓するほかないと思い、友人や知人、ネットなどを頼りに、取引先を探すことにしたのです。だから最初はジュエリーと言いながらも、友人の紹介で中南米のベリーズで貝殻を研磨している人や、ルワンダのストリートチルドレンだった子どもたちを集めて自立支援を行っている牛の角の加工工場から原料を仕入れるところから始めました。その後、適正な価格で原料の買い取りをしている団体から金の買い付けも始めました。
現在は取引先も増えて、ミクロネシアのパールやパキスタンのカラーストーン、カナダやボツワナのダイヤモンド、ペルーの金なども扱うようになりました。現地に行くと、必ず聞き取り調査をするようにしているのですが、まだまだその数は少ないとはいえ、女性の自立や現地の方々の生活の安定に役立っていることを知り、やりがいを感じています。
―生産者や生産現場に思いを馳せるという意味では、日本の消費者の方たちの意識も変わってきていると感じられますか?
ええ、とくにリーマンショックや震災を経て、お金に換えられない価値、というものに敏感になっている方が増えていますよね。自分の払った対価がどこに、どう使われているのかということに、関心をもつ方が増えたように思います。単に値段で決めるのではなく、自分たちが共感できるポリシーをもった店で買い物をしよう、という人も多い。HASUNAについても、そういう意識の高い方たちが、わざわざお店を探して、買いに来てくださることがあります。
ただ私の思いの根底にあるのは、まず第一に素晴らしいジュエリーをつくって、多くの人たちに喜んでいただきたい、ということなんですね。ジュエリーというのは、身につけると気分が高揚したり、守ってもらえるように感じたり、親から子へと代々受け継がれる大切なものですよね。そういう価値に叶うジュエリーをつくりたい。ですから、デザインを含めて、価値のある本物のジュエリーをつくり続けていきたいと思っています。
―デザインコンセプトを教えてください
自然をテーマにしたモチーフが多いですね。金にしろ、ダイヤにしろ、ジュエリーのほとんどすべてが、もとは地球の一部です。しかも、地球の内部で何億年もの歳月、眠っていたものも多い。生成過程も想像を絶する位の力を必要としていて、ある意味、神の領域でつくられたとも言える、限られた資源ばかりです。そういうものを身につけるわけですから、自然への畏敬の念を抱かずにはいられません。HASUNAでは有機的で、自然の一部を切り取ったような形を表現するようにしています。
ちなみに、今、私が身につけているイヤリングは蓮の花の蕾をモチーフにしたものです。
蓮の花は、とくにアジア地域で愛でられていて、浄化の象徴です。社名の由来でもあります。デザインの力もあって、最近では、HASUNAの活動を知らずに、買っていかれるお客様も増えてきました。そうしたお客様にも、本物の価値のあるジュエリーをお届けすることで、私たちの活動に共感していただければ嬉しいですね。―次にジュエリーを購入するときには、ぜひ、HASUNAの商品から選ばせていただきたいと思います! 本日はありがとうございました。
1981年、鹿児島県生まれ、愛知県育ち。イギリスロンドン大学卒業後、国際機関、金融業界を経て、2009年4月に株式会社HASUNAを設立。人と社会、自然環境に配慮したジュエリーブランド事業を展開。2011年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011キャリアクリエイト部門受賞。同年、世界経済フォーラムGlobal Shapersに選出、AERA「日本を立て直す100人」に選出。2012年APEC(ロシア)日本代表団としてWomen and Economy会議に参加。2013年世界経済フォーラム(ダボス会議)に参加するなど、日本を代表する若手起業家として国際舞台でも活躍している。
HASUNA
白木さんの活動をさらに詳しく知りたい方へ
白木夏子、生駒尚美、川口恵子著『世界と、いっしょに輝く―エシカルジュエリーブランドHASUNAの仕事』(ナナクロ社)