日本で1年間に生まれる赤ちゃんの数は約100万人。母親となる女性の中には企業や行政などで働く人も少なくない。しかし、女性の社会進出が叫ばれる一方で、子どもを産む女性の産前産後を支援する体制は不十分なのが現状だ。
産後の職場復帰や働きながらの子育てをしやすい環境を整えることは、企業にとってダイバーシティ経営の第一歩であり、多様な主体が生き生きと活躍する社会の実現につながる。
産前・産後ケアの専門家として産後の女性の支援に取り組む、NPO法人マドレボニータ代表の吉岡マコさんに、産後ケアの重要性と現状、そして社会の各主体ができることをうかがった。
―吉岡さんがマドレボニータを立ち上げたのは、ご自身が出産した時の体験がきっかけになっているんですね。
私は1998年に男の子を出産しましたが、産後はそれまでの人生で経験したことがないほど大変な状態でした。まず体については、一言で言うと「消耗しきっていて動けない」んです。赤ちゃんを産んだ後の子宮というのはへその緒に付いている胎盤がはがれて大きな傷ができ、1ヵ月ほどは出血が続きます。また、骨盤と脚をつなぐ関節が緩んでうまく歩けない。この時期はほぼ寝たきりで過ごさなくてはならず、宅急便が来ても出られないような有様でした。
同時に、心の方も不安定になりがちで、出産前に活動的でたくさんの人とコミュニケーションを取っていたこの私が、「こんな状態で子育てできるのか」と不安を抱え込むようになりました。まわりの人から「おめでとう」と祝福されて、口では「ありがとう」と返しつつも内心は不安でいっぱい。そんなギャップにさいなまれつつ誰にも相談できない日々が続き、いつの間にか人と話すこともほとんど無くなり、ふさぎこむことが多くなりました。
幸いにも、友人が通いで育児や家事の手伝いをしてくれたおかげで窮地を脱しましたが、世の中にはうつやノイローゼに苦しむ人は少なくありませんし、子育て時の孤独が結果的に虐待の要因になるケースもあります。産後が女性の心と体にこんな重いダメージを与えるのならば、それを回復するための支援が必要であると痛感して、すぐに「何かしなくては」と思いました。そして、運動療法に詳しい大学院時代の友人のアドバイスを受けながら企画をまとめ、出産から約半年後に「産後のボディケア&フィットネス教室」を始めました。
―2002年に「マドレボニータ」と命名し、2007年にNPO法人になってからの展開の速さには目を見張るものがあります。
年間受講者数で言うと、当初100人程度だったのが、昨年度は全国で5,000人になりました。「マドレボニータ」とはスペイン語で「美しい母」という意味です。見た目の美しさではなく、母となったからこその、清濁合わせ飲んだ美しさを追求したいという願いを込めて名付けました。初めはプロジェクトという感覚でしたが、産後に特化したフィットネスが無かったこともあり「私もやりたい」と趣旨に賛同する人が集まってきて、社会的なニーズも痛感し、NPO法人化しました。同時期に産後プログラムを多地域でより多くの人に届けるために、インストラクターの養成・認定制度を整備し、マドレボニータの養成コースでトレーニングを積んで認定を受けたインストラクターが、今では関東を中心に北から南まで 11都道府県・約50ヵ所で教室を開いています。会員さんは正会員と賛助会員を合わせて約400人で、働きながら子育てしている方もたくさんいます。
また、産前・産後ケアに関する調査、研究開発、そして普及啓発にも力を入れていて、日本初の産後の専門誌である「マドレジャーナル」や、会報の「マドレ通信」などを発行しています。また、産後の心と体の実態を社会に伝えるため、教室の受講者を対象に行ったアンケート調査などの結果をまとめた「産後白書」を2009年から頒布しており、これまでに第三弾まで発行しました。2013年には産後ケアについてわかりやすく解説したリーフレットをつくり、年間5万枚の配布を目指して企業や医療機関などとの交渉を続けています。
―「産後白書」などの編集はボランティアスタッフが行っているそうですね。
はい。アンケートの作成から冊子にまとめるところまで、1プロジェクトにつき20人ほどのボランティアスタッフがかかわっています。その中には、企業で働いている人や育休中の人も多くいます。出産前までバリバリ働いていたのに、出産したとたんに「母親」というアイデンティティしかなくなってしまうことに物足りなさを感じ、自分の力を発揮する機会を求めている女性はたくさんいます。そういう人が私たちのようなNPOのプロジェクトに参画することで、新しい役割や人との関係ができます。子どもの話だけでなく、仕事や人生の話もできる友を得ることは、その人の人生をより豊にします。また、休業中にスキルが錆びつくのを防ぐメリットもあると思います。
―吉岡さんが産後ケアに携わって15年が過ぎました。産後の女性を支援する社会的な仕組みは整備されてきましたか?
内閣府の少子化危機突破タスクフォースが2013年に行った提案の中に、「産後ケアの強化」という項目が入るなど確実に「産後」という時期の重要性が注目されるようになったことは実感します。そこでは産後の早期ケアの強化や産後ケアセンターの整備など、1ヵ月程度のケアを行うことが想定されているようです。 地方自治体の先進的な試みとして、東京都の杉並区は「子育て応援券」という制度を設けています。一時保育や子育て講座などの有料支援サービスに利用できる券をバウチャーとして就学前の子どもを持つ家庭に発行し、サービスを利用しやすくする仕組みです。その対象サービスに、産後ケア講座や産後の日常生活のサポートなどが入っていて、登録事業者が増えて新たな市場が生まれました。私たちは、制度が始まる前に区の職員と勉強会を行うなど、市民の声を届けてきました。補助金のようにお金を出して終わりではなく、よいサービス提供主体を消費者が選べるところがバウチャーのよいところです。
―取り組みの成果が目に見え始めた半面、変わっていないところも多いのでは?
2010年に改正育休法が施行されて、男女ともに子育てをしながら働き続けることのできる雇用環境が整うなど、以前と比べてだいぶ状況はよくなりました。その一方で、出産や育児をめぐる世の中の考え方や文化は旧態依然です。その典型例が、子どもが3歳になるまでは母親の手元で育てるべきという「3歳児神話」です。3年間も母子を家の中に閉じ込めてしまうような風潮は、母子を孤立させ、母親の社会復帰を阻むもので賛成できません。
また、「仕事は男、家事は女」といった昔ながらの考え方もいまだに根強く、若いカップルの間すら少なからず残っているようです。でも、いったん専業主婦になってしまうと役割が固定化しがちで、産後に必要な休息やリハビリもままならず、職場復帰も遠のきます。結婚や出産、産後、子育てについては、「美化された母親像」のようなイメージ先行ではなくもっと子育ての実態を中心に考えるべきです。
―企業や行政など社会で重要な役割を果たす主体は、これから何に力を入れていくべきでしょうか?
国はもっと個人がライフスタイルに合わせて適正に働くことができるような環境を整備すべきです。こうした取り組みは民間の方が独自にさまざまな工夫をしていて、たとえばある印刷会社では業界の常識である長時間残業を減らすために終業時間を繰り上げて16時に帰る日を設けるなど、大胆な試みに挑戦しています。時間を有効に使うようになって仕事の効率が上がる、男性社員が妻に任せきっていた保育園のお迎えに行ける、時短で働く人の気持ちを理解できるようになる、といった二次的な効果も出ているようです。こうした好例を業界や企業の自主的な取り組みで終わらせないためにも、国には、子どもとの時間を犠牲にせずにすむような「人間らしい暮らし」をちゃんと保証するような労働法制の見直しを進めてもらえればと思います。
―地域やそこで暮らし、働く人に期待することは?
いま高校1年生の息子は小学生1年生から地域のサッカークラブに入っていましたが、コーチはもちろんほかの子のお父さんお母さんやボランティアの皆さんが、子どもたちを自分の子のように可愛がってくれました。その関係は高校生になっても続いています。自分たちが住んでいる地域に、子どものことを昔から知っていて見てくれている大人がいることは、子育てをしていく上でとても心強いことです。親子数人の核家族を中心としたコミュニティではなく、広い人間関係の中で育つことが子どもの育ちには大きなプラスになりますし、大人も豊かな人生を送れると思います。
少しビジネス寄りの話をすると、法人立ち上げの前後にソーシャルベンチャー・パートナーズ東京の支援を受けました。社会的な課題の解決に取り組む事業体に対して、資金だけでなく専門性の高いスキルを生かした支援を行う団体です。具体的には、団体ロゴマークの商標登録をした際に、商標の取り扱いや認定インストラクターとの契約に関して、弁理士さんのお世話になったのですが、「珍しい事例で、自分にとっても勉強になるから」と、ほぼ手弁当の特別価格で相談にのってくださいました。これは支援のごく一例で、法人立ち上げから認定制度を軌道に乗せるまで、あらゆる側面において、さまざまな分野のエキスパートに相談にのっていただきました。自分たちの支援が社会に対する投資になると考えているからこそやりがいを持ってできることで、日本のビジネスセクターが、こういったプロボノ的な支援の取り組みから学べることは大きいと思います。
―マドレボニータでも産後ケアを支援する基金をつくっています。
2011年に始めた「産後ケアバトン制度」は、ひとり親や被災した母、双子や障がいを持つ子の母など、社会的に孤立しがちな母親を対象に、産後ケア教室の参加費補助や介助ボランティアの提供などを行うもので、その費用は寄付を募って独自に作った「マドレ基金」にプールされた資金でまかなわれています。私たちがこのような取り組みを続けているのは、NPOは単にサービス提供主体でいるだけはなく、市民が主体的に参画して、自らの力を発揮するためのプラットホームであるべきと考えているからです。関心や愛着を持ってボランティアでかかわってくれる人たちの間には、どんなにお金を積んでも買えない価値やつながりが生まれ、いわゆるソーシャル・キャピタルの醸成につながります。
とは言うものの、産後ケアの普及にはビジネスセクターの取り組みも欠かせません。そのひとつの事例として「母となってはたらく」をテーマに語りあうワークショップを、NECの協賛を受けて各地で開催しています。そのほか、今企画しているのは、企業の総務や人事部門など福利厚生にかかわるスタッフ向けのセミナーや、産休中の女性やその職場の同僚や上司、部下など、同じ職場で異なる立場にいる人たちが、対話を通して、より協力し合えるような人間関係を築くことができるようになるようなワークショップです。こうしたイベントに参加することで女性は職場復帰しやすくなり、職場の人たちも気持ちよく協力できるようになるはず。何もしないで復帰するより仕事へのモチベーションも高まるので、企業は投資と考えて参加を後押ししてほしいですね。 大丸有のようにさまざまな業種の企業が集まる場で、女性の職場復帰と産後ケアの必要性について話し合い、意見交換する機会があればいいですね。また、産後ケア教室はダンススタジオなどを借りて行っていますが、ビジネス街にそうした拠点があると、働く女性の強い助けになると思います。
―マドレボニータのような市民ベースの努力とビジネスセクターの取り組み、そして制度があいまって、母となった人が産後に必要な支援を受けられる社会が実現するというわけですね。本日はどうもありがとうございました。
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1996年東京大学文学部美学芸術学卒業後、同大学院生命環境科学科(身体運動科学)で運動生理学を学ぶ。在学中に演劇やヨガ、ダンスセラピーなどを経験。1998年3月に第一子を出産した際に、産後における心身の辛さを実感し、産後女性の健康を支援する仕組みが日本にまったくないことを知る。同年9月から「産後のボディケア&フィットネス教室」を始め、産前・産後に特化したヘルスケアプログラムの研究開発と実践を重ねる。2001年にマドレボニータとしてスタートし、2007年にNPO法人化。現在、東京都をはじめ全国で教室を展開しているほか、産後セルフケアインストラクターの養成・認定、「産後白書」の発行など普及啓発に努める。また、企業や大学、行政との協働にも力を入れている。