今年50周年を迎える出光美術館は、出光興産創業者・出光佐三氏(故人)が、「日本の美術と伝統を守り、伝える」ために、1966年に創設したものです。今でこそ、「まちにダイバーシティを」と、無味乾燥だった丸の内のオフィス街はショッピングやアートを楽しむ街へと変貌を遂げつつありますが、それに先駆けること50年。オフィス街のどまんなかにありながらも、窓からは美しい眺望を持つこの美術館は、今となっては陳腐な言い回しに聞こえるかもしれませんが、かつて呼ばれたように「都会のオアシス」という呼び方がいかにもぴったり来ます。
出光美術館は、国宝『伴大納言絵巻』、同じく国宝の古筆手鑑『見努世友』で知られるように、日本古来の芸術・美術品の収蔵で非常に名高い美術館。経済的、社会的にも行き詰まった感のある現代において、日本本来の習俗や文化を見直す動きが盛んになっていますが、こうした芸術・美術品を見直すことも、未来を考えるヒントになるかもしれません。また、芸術文化振興は、メセナとは言われますが、それ自体がひとつのCSR。4月から50周年記念の展覧会が始まるこのタイミングで、展示の特徴やポイントを概観するとともに、出光美術館の取り組みの可能性、現代性などを考えてみたいと思います。
「出光佐三は、日本の伝統的美術に強い誇りを持っていた」と話すのは、同美術館学芸課長代理の八波浩一氏です。出光佐三氏のコレクションは、19歳のときに手に入れた仙厓義梵の『指月布袋画賛』に始まり、以来、古唐津や田能村竹田等、出身地の九州にちなむものを集めてきたそうです。美術館の構想を立ち上げたのはそれから50年程もたった1950年代のこと。その後、1966年にオープンして以降も「奈良時代から昭和まで、日本の美術の全体を眺めることが出来るように」、私的コレクションでは足りないと思われるところを補おうと収集を続けながら、作品の展示公開活動を続けてきました。
美術館のフロアは9階。「出光興産本社(4~8階)よりも上にあるんです。美術館はとても大事に考えられていたんでしょうね」。茶室の「朝夕菴」、日暮れ時が特に美しい、皇居外苑に臨む、ゆったりとしたロビーなど、非常に贅沢なつくりで、オフィス街の一角にあるとはとても思えないほどです。
コレクションは膨大で、限られたスペースで常に充分な展示ができるわけではありません。そのために「名品を一挙に公開する機会を」という目的で20周年のときから、5年毎にこのような周年特別展示を行うようになったそうです。「前回の45周年時はお休みさせていただき、50年の節目の年に改めて一挙に公開し、支えていただいた皆さんへ恩返ししよう、というのが今回の50周年記念の展覧会」と八波氏。
その第一弾が4月から7月までの「美の祝典」です。Ⅰ期「やまと絵の四季」(4/9~5/8)、Ⅱ「水墨の壮美」(5/13~6/12)、Ⅲ「江戸絵画の華やぎ」(6/17~7/18)という構成で、奈良時代から江戸時代までの絵画表現の変遷を概観できるというもの。
やまと絵は主に平安時代に描かれた日本独自の絵画表現手法で、絵巻物などにその特徴がよく現れています。その代表的な作品とも言えるのが、国宝『伴大納言絵巻』です。平安初期に起きた応天門の変(866年)を題材にした絵巻物で、『源氏物語絵巻』と並ぶ日本の四大絵巻物のひとつに挙げられています。その上中下巻を、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ期に分けて公開。「40周年のときはまとめて公開してしまったために、大変な混雑になり、充分に見ていただくことができなかった」という反省から、このような展示になったとのこと。
近年、若冲や国芳、暁斎などの江戸期の絵師に若年層の人気が集まっているようではありますが、「そうは言っても、全体的には日本美術は予備知識がないと分からない、難しいものと思われている節があるようだ」と八波氏は話しています。しかし、「1000年残るものは、1000年後に見ても、必ず心に訴えかけてくるものがあるはず」。
実は、出光美術館は、今でこそ解説を入れてはいますが、開館当時は「解説のない美術館」としても有名だったとか。「解説をつけてしまうと、解説する人の意見の押し付けになってしまうから」というのがその理由です。「作品を見て回れば、必ず1つは、呼吸感がぴったりくる作品がある。それを探してみるのも面白いのでは」。今でも出光美術館の解説は、押し付けがましくなく、最低限のものになっているのは好感の持てるところです。
「知識はなくてもわかるし、感じてもらえば良い」と八波氏は言いますが、そうは言っても、何か見方のコツなどを知りたいところ。八波氏からは「強いて言えば、当時の人たちが"どうやって見ていたか"を想像して見ることかも」とアドバイス。
例えば『伴大納言絵巻』。平安時代の人々は、小さな文机のうえで、一方で繰り出し、もう一方で巻き取りながら絵巻物を見て楽しみました。だから「展示では、巻物は広げられてしまっているが、肩幅くらいの間隔で、先を見ないようにしながら見ていくと、絵巻の流れが見えてくる」そう。余談ではありますが、ジブリの高畑勲氏が再三指摘しているように、『伴大納言絵巻』はアニメーションの元祖とも呼べる作品なのだとか。特に上巻は他の絵巻に比べても詞書が少ないところもアニメっぽい。そんなところも見て楽しめるのではないでしょうか。
また、Ⅱ「水墨の壮美」などで出てくる屏風絵は「離れて見ること」「額縁に入ったものではなく、"調度品"として使われていたことも、当時、どのように見られていたかを想像するヒントになる」。日本の家屋は、屏風など、人間が積極的に関与することで、住空間が変化する極めてクリエイティブなものとして、近年改めて再評価が進んでいますが、日本美術も単に鑑賞するばかりでなく、"共に在る"ことで堪能していたことも特質だったのかもしれません。
日本文化の見直しや再評価が進んでいることについて出光美術館が担う役割は大きいのではと問えば、「佐三の思いが、時代の流れに合ってきたのかな、という気がする」と八波氏。「これからの時代を考えるために、もう一度日本の特性に目を向けるのであれば、50周年記念の展示は良い機会になるのでは」と指摘しています。
特別展を通して浮かび上がる日本の良さ、特質。それは例えば「四季」です。特にⅠ「やまと絵の四季」ではタイトルにもなっているように、「四季の移ろいに繊細な感性を張り巡らせて結実させた」作品が多く揃っています。日本人は1000年以上前から「日本の風土、四季の移り変わりを愛していたことが手に取るように分かる」と八波氏は話しています。
また、「湿り気のある情緒」も日本人の特徴ではないかと指摘。「例えば、水墨画は色彩のない世界。誕生した中国の水墨画では、自然を描いてもどこか峻厳さが残るが、日本の水墨画では、それが情緒的なものに変えられていく」。例えば何かと話題になった長谷川等伯の『竹鶴図屏風』は、宋代の禅僧・牧谿の『観音猿鶴図』(大徳寺)を本歌にした作品ですが、雄の鶴が巣篭もりする雌の鶴に呼びかける、いかにも日本らしい情緒に溢れた一対の屏風になっているのだそうです。
開館50周年記念の特別企画は、2017年3月まで続きます。開館した季節に合わせた「大仙厓展」(10/1~11/13)は、国内の3大コレクションが30年ぶりに集う一大企画。陶磁器の名品が揃う「東洋・日本陶磁の至宝」(7/30~9/25)や、50年の足跡を振り返る名品展ばかりではなく、51年目からその先を見通そうとする研究企画、「時代を映す仮名のかたち」(11/19~12/18)も見逃せません。
日本を読み解くキーワードは「四季」「情緒」ばかりでないことは言うまでもないことです。ぜひご自身の目で、日本美術を楽しみ、日本文化を読み解いてみてはいかがでしょうか。特別開館時間となる「美の祝典」終了後は、通常通り金曜日には19時まで開館するなど、仕事帰りに楽しむような配慮もされているそう。年間会員になればフリーパスになるので、ちょくちょく立ち寄れる大丸有のオフィスワーカーにはうってつけかもしれません。