11月6日、大手町川端緑道でユニークな社会実証実験が行われました。開催を知らせるチラシには「お弁当を持って川端緑道でランチをしませんか?」「たまにはオフィスを抜け出して外で打ち合わせをしてみませんか?」とあるばかり。これでは何をやるのか今一つ分かりませんが、当日、川端緑道へ行ってみると、いつものキッチンカーとともに、ベンチやイス、テントや、あそこに見えるのはハンモック......? なんだか良く分からないけどちょっと楽しそうな実証実験。その様子をレポートします。
テーブルやイス、テントなどが設置されたのは11時ころでしたが、人出でにぎわい始めるのはやはり12時近くなってから。キッチンカーでお弁当を購入した人もいれば、周囲の別のお店で買ってきた人も。みな思い思いに空いているテーブルについて、弁当を食べています。2人組から最大で8人のグループまで、さまざまな人たちが集まってきました。
ちょっと話を聞いてみると、やはりすぐそば、近隣のオフィスビルで働いているみなさん。「チラシをたまたま見つけて」「降りてきたら何かやっていたから」と、当日に気づいて来た人がほとんどでした。そしてこの日は天気も良かったことから「外で食べるのはやっぱり楽しい!」という声。男性よりも女性のほうが素直に喜んでいるような印象です。「開放感」「空」「くつろぎ」......そんなポジティブなキーワードが飛び出します。
一方で、水を向けるとさまざまな要望も出てきます。
「日陰でもいいけど"明るさ"がほしい」
「お堀に水鳥のような生き物がいたり、何か動くものがあってほしい」
「ハンモックに寝てみたいけどサラリーマン、OLしかいないと使いにくい。老夫婦とか親子連れとかいてほしい」
「川端緑道の入り口が暗くて入りにくい」
等々......。
ネガティブな意見があるから川端緑道はダメなのだ、ということではなく、こうやって使ってみたから初めて分かることもたくさんあるということ。逆にネガティブな意見があるということは、改善さえすれば、利用する頻度は増える可能性が高いとも言えるのです。
ホットコーヒーを振る舞うサービスもあって、結構長い時間くつろぎ、おしゃべりしている人々の姿が多く見られました。
真ん中のテントをうかがってみると、テーブルに広げられた無数の写真。通りかかった人々は、その中から写真を一枚選び、付箋でコメントを添えてボードに次々と貼っていきます。貼られた写真を見ると、どこかの国の池畔の写真に「キレイな水辺がほしい」というコメント。日向ぼっこしている写真に「太陽があると元気」。日本庭園の写真に「落ち着いた雰囲気」......。そんなメッセージが寄せられていました。
これ、実は「こうあってほしい」「こんなものがほしい」と川端緑道に対して抱いた思いを直感的に示すその名も『ビジュアル・インスピレーション・ワークショップ』なのだとか。このワークショップを手掛けているのは、デンマークの「ゲールアーキテクツ」。ゲールアーキテクツとは、都市デザイナーのヤン・ゲールが主宰する都市デザインの会社ですが、今回が日本で初めてのワークショップイベントとなるのだそうです。世界的な都市デザイナーが、大手町のまちづくりに積極的に参画しているとは、うれしくもあり、誇らしくもあるところ。
ワークショップをアレンジしたのは同社のデイビッド・シム(David Sim)氏。シム氏は、大手町が皇居の緑や神田方面とうまく接続できていないことから「島のよう」と印象を語り、より良いまちにするために、川端緑道の果たす役割は大きいと指摘しています。このワークショップは、まちづくりを進める最初のステップで、「ヘルスチェック」と呼ばれるそう。どのような人がいて、訪れるのか。そしてどんなイメージを持っていて、どんな要望を持っているのかを"観察"する、まちのヘルスチェックというわけです。
「大切なのはみなが参加できる、参加しやすいような雰囲気作り。それから、自発的に川端緑道について話し合う空気が醸成されていくことが望ましい」
まちづくりのステップは、日常的にそれが会話に上る段階を経て、さまざまな形のヒアリング(インタビュー)、ワークショップを繰り返すことで進みます。「話し合ううちに、"まちを変えたい""まちに貢献したい"という気持ちに変わっていく」とシム氏。「川端緑道の近くには丸の内仲通りという素晴らしい例もある。写真に添えられたコメントを見ても、人の活動を望む声が多い。これから川端緑道は大きく変わるのでは」と期待を寄せる。シム氏が考える目標のひとつに2020年の東京オリンピック・パラリンピックがある。「何がどうなるかはこれからだが、新しい川端緑道のテープカット(リボンカット)を、2020年にできたらいいね」。
そもそもこの実証実験全体を企画・運営しているのがUR都市機構だと聞いたら驚く人もいるかもしれません。川端緑道は、整備したUR都市機構から区への引き渡しを昨年春に終えているからです。
「大手町連鎖型都市再生プロジェクトを継続中でもあり、URとしても、こうしたソフトウェアの取り組みをしたいと思っていたところだった」と話すのは、UR都市機構東日本都市再生本部の田嶋靖夫氏。「公共空間の利用、まちのにぎわい創出のために川端緑道に掛けられる期待は大きいが、関わっているステークホルダーみんなの悩みの種でもあった」。
改めて振り返るまでもなく、川端緑道は、土地区画整理事業の一環で整備された千代田区道で、利用や維持管理は民間に委託されており、新しい公共空間利用のスタイルとして注目を集めていました。しかし、「道路」としての性格、ステークホルダーの多様さ、法的解釈の複雑さ、予算的な問題等々、さまざまな問題が山積しており、容易に手が出しにくいという状況でもありました。大手町再開発の期待の星でありながらも鬼子。そんなふうに見えなくもない、というのが正直な感想です。
「そういう他では手が出しにくい、面倒な仕事をするのがUR都市機構なのかも」と笑顔で田嶋氏。地面の一番底の部分を扱うことからあまり表に出てきませんが、震災復興しかり、大規模都市(再)開発しかり、他の企業が手を出せない困難な課題に取り組んでいるのがUR都市機構。まさに縁の下の力持ちというわけです。「今回は予算をあまり使わず、まずはまちの人の"声"を集めてアウトプットとし、次回のアクションにつなげたい」。ゲールアーキテクツとはシンポジウムで接触し知遇を得て、社会実証実験調査の業務を受託している(株)URリンケージの協力も得た上で、今回のプロジェクトにステップアップさせたそう。
次のアクションは?と問うと「まずは(今回の)声をまとめて、合意形成の場を醸成していくこと。幸い、実証実験には多くのステークホルダーの方々にも来ていただけた。大切なのは、まちで暮らす人、働く人が、"自分のまちだ"という思い、シビックプライドを持ってくれることだと思う。そのために、人の声を聞くことはしっかりと努めていきたい」。
夢は「海外からの来街者が、"せっかくだから大手町の川端緑道でビール飲んで帰ろうぜ"ってなること(笑)」。国内外の都市間競争が激化する中、都市の魅力を上げることは喫緊の課題であり、川端緑道には高いポテンシャルが秘められています。「首都高をとっぱらっちゃえ、という声があることも知ってはいるが、現実的には難しいことも分かる。じゃあ、この首都高をどう楽しく利用できるか、それを考えることができたら面白い。首都高の壁面にプロジェクションマッピングしたり、映画を上映したりね」。
今回の川端緑道の取り組みは、「まち」がもっと"人間らしく"あってもいいということを、改めて感じさせるイベントだったように思います。まちづくりに、一人ひとりの気持ちや想いを託していくことで、まちはどんどん人に近づいていく。川端緑道は、それをリアルタイムで体験できる、またとない機会です。今後、UR都市機構では、川端緑道の取り組みをFacebookなどで紹介していくそうなので、近隣のオフィスで働くみなさんはぜひご確認を。