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SDGsへの理解が広まり、実際に取り組む企業の数も年々増えている昨今ですが、その際に重要なのが「本業を通じて社会課題解決に貢献する」ことです。本業の中での取り組みは社会に大きな影響を与え、継続的に取り組むことが可能だからです。
そんな中、本業を通じてSDGsに取り組んでいる企業のひとつに、日本で初めてティッシュペーパーを発売し、現在も国内外へ向けて高品質な家庭紙・ヘルスケア用品を製造・販売する日本製紙クレシアがあります。多くの生活者に根付いた存在である同社は、どのような形でSDGsへの取り組みを行っているのでしょうか。それを知るために、同社初の女性取締役でもある日本製紙クレシア株式会社マーケティング総合企画本部長の高津尚子氏へインタビューを実施しました。
高津氏には、本業でSDGs対応を展開していく術だけでなく、これまでの氏の歩みを伺うことで女性が社会で活躍するヒントも教えていただきました。
十條キンバリーと山陽スコットの2つの日米の合弁会社が合併して1996年に誕生した日本製紙クレシア。日本製紙クレシアのマーケティング部門をリードする高津氏は、1988年に山陽スコットに同社初の女性営業職として入社し、現在に至るまでより良い生活紙を社会に届けるために走り続けてきました。ただ、その道程は決して順風満帆だったわけではありません。実は入社当初から想定外のできごとに直面していたと振り返ります。
「山陽スコットに入社したのは『生活に密着している商品を展開しているから食いっぱぐれないかな』という思いからでした(笑)。当時営業職として入社した女性は私のほかにもう一人いたのですが、その同期が1年ほどで退職することになってしまったんです。つられて私も退職しようかとも考えましたが、私まで辞めてしまうと会社が再び女性営業職を採用することためらうのではと考えてしまい、後輩が入ってくるまでは頑張ることにしました」(高津氏、以下同)
その後、徐々に仕事のやり甲斐を感じていくことができた高津氏は、後輩となる女性社員が入社してからも自らがロールモデルとなるべく業務に奔走。そして入社から数年後、マーケティング部への異動が決定します。山陽スコット、そして現在の日本製紙クレシアのマーケティング部は、マーケティング活動だけでなく商品開発からパッケージデザイン、プロモーションまでを一気通貫で担当する花形と言える部署です。しかし本人としては決して気乗りする異動ではなかったそうです。
「異動したのはいいものの、私自身の担当業務が明確に分からなかったこともあり、始めの内はリサーチ資料の整理ばかりで、何のためにここに来たんだろうと悩む日々でした。それでも多少時間に余裕ができた分、周囲を見て仕事のやり方を学んでいったり、自分自身がどう成長していきたいかを考えたりすることができました。そして、その部門に足りないことを見つけ出し、自分が補える領域を探りながら仕事ができるようになっていった時期だったのかなとも感じます」
そうした姿勢が評価されたのか、異動からしばらく経ちベビー用の紙おむつ製品を任されることになります。「営業時代はティシューペーパーやトイレットロールを担当していたので、紙おむつは実は苦手なカテゴリだった」と言う高津氏ですが、自社製品を深く学んでいく内に日本製紙クレシアならではの特徴やモノづくりに対する思い入れなどを理解していき、「営業職の頃にはまだまだ自社のことを知らなかったのだと気付かされた」そうです。
「当時の紙おむつは『特許の塊』と言えるような存在でした。例えば尿をモレるのを防ぐためのサイドギャザーや、紙おむつを使用後処理する時に止めるテープの部分など様々な箇所がものすごい勢いで進歩していて、半年に一回ほどの頻度で技術革新が起こっていたくらいです。その度に製品もモデルチェンジするような状況でしたので、私も全国の小売店を駆け回って製品説明をしていました。今から考えると生意気ですが、『日本製紙クレシアのベビー用紙おむつは全部私が背負っているんだ』という気持ちで働いていました」
自社製品を全国に広めるために東奔西走していた高津氏ですが、いたちごっこのような製品開発競走にやがて限界を感じ始めてしまい、一度は会社に辞表を提出するに至りました。その際に当時の社長から「君はまだ若いのだし、『私はこれをやったんだ』と胸を張れるような仕事をひとつやって達成感を得てから決断しても遅くないのでは」と諭され、辞表を撤回します。しかし数年後に会社がベビー用紙おむつから撤退すると、高津氏は別部署へと異動となりました。
「異動先では特にミッションがなく、いわゆる『マドギワ』の状態でした。ただ、それまで200%の力で仕事に打ち込んで来た分、きっとこれは神様がくれた充電期間なんだろうと解釈することにして、この間を自分の中に引き出しを作るための期間にしました。同業他社や異業種の人との人脈を作るためにセミナーや研究会に参加してみたり、住んでいる自治体の男女共同参画センターの編集委員に立候補してみたり、とにかく会社の外に出ていってみたんです」
それまで触れることのなかった人や組織との関わりを通じて新しい価値観を獲得した高津氏は、その後社内で組織改編が起こったことをきっかけにマーケティング部に復帰。同時に社内初の女性開発プロジェクトリーダーにも任命されました。
マーケティング部の長となってからも「マドギワ」時代に培った積極性を武器に、自発的に活動を展開していきます。例えば、高級ティシューペーパー「クリネックス 至高」や「極」の開発や、書道家の武田双雲氏や紋章上繪師の波戸場承龍・耀次親子を起用したそれらのパッケージデザイン、美容家のIKKO氏プロデュースの「クリネックス ローションティシューX」の開発、プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地である宮城球場のネーミングライツを取得し、日本製紙クリネックススタジアム宮城(現在はネーミングライツは終了)とするなど、それまでの日本製紙クレシアには見られなかった独創性豊かな取り組みを展開していきました。こうした型破りとも言えるアイデアは「会社から一歩外に出る機会を得て、鳥の目、虫の目で物事を捉えられるようになったからこそ生まれたもの」だと語り、過去の経験のすべてが活きたことを教えてくれました。
紆余曲折を経て、現在では日本製紙クレシア初の女性取締役となった高津氏。その実績の中でも代表的なものが長巻きトイレットペーパーの開発です。これは文字通り、従来品よりも長く巻くことで長持ちを実現したもので、現在では多くの製紙メーカーが同様の商品を販売しており、一般家庭にも定着しています。しかしこの分野の先駆けとして世に出した日本製紙クレシアの「スコッティ 3倍長持ち トイレットロール」は、発売当初はなかなか定着しなかったそうです。
「日用品は楽しく選ぶものではないので、製品の詳細を吟味して選ぶのではなく、店頭で価格だけ見て選ぶ人の方が多いですよね。実際、従来品とロール数は同じでも総メーター数は3倍長持ちトイレットの方が長いにも関わらず、従来品のパッケージの方が大きく縦長だったために長く使えると誤解していた人も少なからずいらっしゃいました。そうしたデータや消費者の声を丁寧に収集・分析していくことで製品のパッケージやプロモーション方法を見直していき、だんだんと社会に広めていくことができました」
改善施策を重ねることで、スコッティ3倍長持ちトイレットを含む長巻きトイレットロールの市場規模は順調に拡大していきました。これは「生活者にしっかりとベネフィットを届けよう」という日本製紙クレシアの想いが実ったからでもありますが、それと同時に、スコッティ3倍長持ちトイレットが社会課題解決にも貢献できる製品だからではないかと高津氏は見ています。
「長巻きトイレットロールは、消費者にとっては取り替え回数や手間の削減、在庫スペースの削減などのメリットがあります。また、配送や在庫効率アップ、副資材の削減、売り場効率のアップ、品出しの手間を省き業務効率アップなどを実現するので、流通業者や小売店にも好影響を与えます。さらにCO2排出量に加え、プラスチックや中芯の使用量の削減ができますので、地球環境にも貢献します。まさに『四方良し』な製品と言えます。身近な日用品から社会課題解決に取り組んでいけるということが一般の生活者にもご理解いただけているのかなと考えています」
この成功体験を活かし、ティシューペーパーでも従来品よりコンパクトで長持ちする製品を開発。消費者にも企業にも地球環境にも好影響を与えられる製品群を構築していきます。その一方で、価格と環境負荷のバランスを取ることの難しさも感じていると口にします。
「当社のティシューペーパーは紙の箱を使用していますが、コスト面を考えればフィルム包装をした方が安く済みます。フィルムは石油由来のものですから、素材を育てるためのお金を掛けずに我々は使えるからです。紙の場合は植林から始まり原料とするため、どうしてもコスト面では不利になりますが、リサイクルして素材を循環させていくためにはやはり紙の方が良いと考えています。こうした事情を消費者の方々にもご理解いただいた上で選んでもらえる商品にしていくことはこれからの課題です」
高津氏は最後に、次のように今後の展望を話してくれました。
「やはり社会課題の解決を切り口に商品の開発・提供を続けていかなければならないと思っています。例えば当社ではシニア向けの商品も展開していますので、健康寿命の延伸というテーマの商品開発や取り組みを行っていけるでしょう。あるいは、シニアの人々が積極的に社会に参画していくことを応援する商品も作っていけるはずです。そうした事業活動を続けていくことで、日本製紙クレシアのパーパスである『衛生を、ずっと』というメッセージの発信や、ウェルビーイングな社会の実現に貢献できると思っています」
特別なシーンで使う製品ではなく、日用品だからこそSDGsやウェルビーイングといったキーワードを身近に感じられる側面があるはずです。そのことにいち早く気づき、実践している日本製紙クレシア、そして高津氏は、これから先どのような新しい取り組みを見せてくれるのでしょうか。期待して待ちたいと思います。