シリーズコラム

【コラム】まちづくりは経営的発想をベースにしよう

論理的かつ現実的なアプローチでまちを再生する

地域再生など、まちづくりには経営、つまりマネジメントの視点が必要と唱える木下斉さん。地域における自立経営モデルを構築し、全国のまち会社が連携して事業開発を行うエリア・イノベーション・アライアンス(AIA)の代表として、全国を奔走する。高校生の頃から地域活性化をライフワークとし、論理的かつ現実的なアプローチで取り組んできた木下さんのお話を前後半に分けて掲載する。前編は、これまでのユニークなご経歴と、国内外の調査から得た知見、AIAの役割について。

「金がないなら、知恵を出せ!」に鍛えられた ―
高校生から早稲田商店街のまちづくりにかかわる

― 木下さんは現在、2009年に設立されたAIA(エリア・イノベーション・アライアンス)の代表として活躍されていますが、この組織はどのような役割を担っているのですか?

木下: AIAは、我々がさまざまに取り組んでいるプロジェクトの主体となり得る法人です。ここで言うエリアとは、都市中心にある市街地のことです。主に中堅以上の地方都市の中心部にまち会社を設立したり、すでに存在しているまち会社とアライアンスを結び、共同で事業開発を行っています。これは、中堅以上の都市中心部は単独事業で自立していけるだけの経済環境にあるという認識からです。ただ、中山間地域や離島、温泉街などでも、AIAの皆で開発してきたソリューションが役立つ場合があります。今まさに事業開発を水面下で行っており、中堅以上の都市の次は、もう少し小規模な都市へアライアンスを拡充しながら自立した活性化事業を推進するための、まち会社を設立していくというのがAIAの方針です。現在、我々とアライアンスパートナーを結ぶエリアは、札幌、盛岡、名古屋、北九州、長崎、熊本など、全国10ヵ所以上に及びます。

なぜ主に、地方の都心をメインに活動しているのか。それは都市の大小に関わらず、地方都市の社会構造が東京に大きく依存しているなか、中堅クラスの都心ですら公共資金などに依存し、自立して市街地の活性化事業に取り組めない現状に問題意識を感じているからです。人の流れが確保されている地方都市の中心部であっても、東京が吹っ飛んだら終ってしまう。このようなすべて他に「依存」する社会構造を変えていきたいという想いから、地方都市でまち会社の経営に携わる同志とともに、まち会社が中心となり、共同でビル管理を共通化したり、シェアオフィスに転用したり、市(いち)を開いて新たな商人を集めたり、リノベーション店舗をつくったり、路上の広告収入をまちづくりに生かしたり、といったしっかりと民間でできる新規事業による地方都市中心部の改善に取り組んでいます。これらの取り組みについては、国内外のまちづくり情報や社会情報などをまとめ、エリア・イノベーション・レビューという形で毎週配信しています。

― 高校生の頃から、まちづくりに関わってこられたそうですね?

木下: そうですね。私が通っていた高校、早稲田大学高等学院は早稲田大学の付属高校でした。大学受験がないことから、高校・大学の7年間を有意義に過ごそうと、高校1年生の時には学校の外にでて、実社会で活動をしたいと思っていました。ただその頃は今のようなインターンシップ制度はなく、高校生の自分を受け入れてくれるような団体はほとんどありませんでした。
そんなとき、私の大学の先輩にあたる乙武洋匡さんが出された『五体不満足』という本を読んだのです。その本の中で、乙武さんが大学時代に「早稲田いのちのまちづくり実行委員会」という早稲田商店会での活動に参加されたことが書かれていました。ここであれば私も参加できるかもしれない!と思って、本を読んだその日のうちにメールでご連絡したところすぐにお返事をいただき、乙武さんのご紹介で早稲田商店街のまちづくり活動に参画するようになりました。
まちづくり活動の実行委員会は早稲田の商店街の方だけでなく、大学の先生、学生、シンクタンク、事業会社の会社員、国や自治体の職員など、さまざまな方が関わっていて、高校生の私にとってとてつもなく刺激に満ちた環境でした。

- 早稲田にお住まいだったのですか?

「空き缶回収機」と「ペットボトル回収機」 木下: いえいえ、実は高校に早稲田の名前はついているものの、所在地は練馬区上石神井、家も板橋区だったので特段、ゆかりのある土地だったわけではありません。しかも、早稲田商店街というのは当時、参加店が60店舗ほどの非常に小さな規模で、年間に使える予算も50~60万円程度とごくわずかしかなかった。あまりに財政的に厳しく、任意団体でもあったので役所の補助金や公的支援を受けるという発想もまったくありませんでした。でも、それがかえってよかったのだと思います。「金がないなら、知恵を出せ」と言われて、知恵を絞ることの大切さを学びました。そうやって、放課後に連日のように通い、活動に没頭するようになりました。

ちょうどこのころ、早稲田商店街でやっていた環境まちづくり活動の一つが、空き店舗に空き缶回収機を設置する「エコステーション」の運営です。回収機に空き缶を入れると、ゲームが回り、当たりが出ると商店街の参加店で使える商品券や値引き券などのラッキーチケットが当たるという仕掛けです。この運営を会費収入や協賛金などで回し、補助金ゼロで実施しました。

この自立した環境まちづくりの取り組みが、当時全国的な注目を集めるようになったのです。補助金に頼らず、空き店舗を暫定利用ということで格安で借りて活用し、機器は導入実績がつくれるからという理由でメーカーから無償で借り受け、商店街の加盟店舗からは新規客獲得増加という成果が生まれたことから販促費として3,000円ずつを集める方法が当時は斬新でした。今でも商店街活性化は補助金依存で単発のイベントをやって終わりという所が多いですから、各店舗の日常的な販促効果を環境的な切り口を取り入れながら民間だけで実現したということが大きく評価されたのです。当時はまだ、自治体の資源回収も始まっていませんでしたからね。連日、マスコミの取材や各地からの視察・見学の申し入れがあり、ピーク時は年間で200~300団体が訪れたほどです。

何か課題に直面したとき、多くの場合、お金で解決しがちですが、私たちは予算がないから知恵を絞って、関わる人にメリットを説くことで協力してもらい、新しい価値を生み出すことができたんですよね。実際に、空き缶回収機のメーカーはその後、早稲田のマンションに生ゴミ処理機を導入するなど、エコステーションでの活動を実績に、新たな販路を開拓できたし、先ほど言ったように商店街の集客にもつなげることができました。

私はこの頃、登録していたクーポンデータの宣伝チラシを作成したり、定期的なメンテナンスのお手伝い、視察見学の対応などをしたりしていました。15時に学校が終わると電車に乗って早稲田までいって、終電まで商店会長の事務所に入り浸っていましたね。商店街の人たちからは「友達いないのか?」と言われましたが、現場で地域活性化に携わることの楽しさとともに、全国各地から訪れる方々と出会うことができ、人脈の幅も大きく広がったのがこの時でした。

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国内外のまちづくりの成否の決め手とは? ―
経営の工夫とプロパティの価値を高める取り組み
木下斉(きのした・ひとし)

2000年、高校時代に全国商店街の共同出資会社である株式会社商店街ネットワークの設立に参画、初代社長に就任し、4年の社長就任期間で地域活性化に繋がる各種事業開発、関連省庁・企業と連携した各種研究事業を立ち上げる。
その後、一橋大学大学院在学中に経済産業研究所や東京財団の研究員を務めるとともに、国内外のまちづくり事業分析とビジネスモデル開発を推進。2008年より熊本市を皮切りに地方都市中心部における地区経営プログラムの全国展開を開始。平成22年には事業を通じた自立的な地域活性化を目指す全国各地のまちづくり会社、商店街とともに一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを発足。現在全国10都市以上での事業開発とノウハウの体系化による導入期間短縮など事業成果の拡大を推進している。


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