CSRやCSVなど企業経営における社会貢献の重要性が増す一方で、日本には古くから「三方よし」「不易流行」など企業の持続的経営を裏打ちする商道徳があった。こうした理念は、高度経済成長やバブル期に代表される効率優先、成果主義の時代にいったんは隅へと追いやられたが、成長神話が崩れた現在、再び見直され始めている。ソーシャルメディアが引き起こすビジネスの変化を「ソーシャルシフト」として提唱した、(株)ループス・コミュニケーションズ代表取締役社長の斉藤徹さんに、企業が長く存続し社会に貢献していくために守るべきもの、そして変革すべきものを聞いた。
―斉藤さんは日本の企業が古くからもっていた経営手法を高く評価しています。
世界最古の経営組織がどこの国の企業かご存知ですか? なんと日本にあるんです。大阪で社寺建築事業を行う「金剛組」の創業は紀元578年、飛鳥時代にさかのぼります。彼らが聖徳太子の命を受けて建立した四天王寺は戦乱や災害で7回も焼失しましたが、そのたびに彼らが持つ匠の技術が蘇らせてきました。ほかにも、華道の「池坊華道会」や山梨県西山温泉にある「慶雲館」など、日本には創業100年以上の企業が2万社はあるといわれています。持続的経営における優位性は感覚だけでなく数字の上でも実証されていて、韓国銀行が2008年に発表した調査報告によると、世界の企業のうち200年以上存続しているサステイナブルな企業の56%が日本に集中しています。しかもトップ3も日本企業です。
日本に老舗企業が多い理由を調べていくと、いくつかの共通した理念にたどりつきます。そのひとつが「不易流行」です。もとは松尾芭蕉が提唱した俳諧の理念で、本質を守りながら新しい流れを取り入れて変化していくことを意味します。これは、伝統を大事にしつつ革新を続ける日本企業の長寿性と見事に一致します。実際に、東京の蔵元の「豊島屋本店」や福島の和菓子屋の「柏屋」など長い歴史を誇る多くの企業が「不易流行」を家訓としています。
顧客の趣味嗜好や市場動向、社会情勢など、変化し続けるものに接している部分は常に新しくあらんとする。その一方で、商売をする上での道徳感や企業理念は決して変えることなく、それを中核に据えて実利に揺れずに創業の理念を実現していくことが、企業の持続的経営を実現する上で重要なのです。その中核を成す代表的な理念が「三方よし」です。
―なぜ今、「三方よし」なんですか?
CSRやCSVに取り組む企業が増えていますが、江戸時代に近江商人の活動理念だった「三方よし」は、まさにそれらを先取りした価値観です。近江、今の滋賀県出身である彼らは、地元に大きな商圏がない代わりに中世早くから共同の組織をもって全国を行商してまわり、流通、製造、金融などあらゆる分野で商才を発揮しました。自領を拠点としないからこそ、自分たちだけでなく他国の人の利益をも大事にし、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方よし」につながったのです。
―「三方よし」を体現している企業は少なくないと聞きます。
「売り手よし」は、社員が自律的に行動できる環境の創造、つまり社員エンパワーメントにあたります。埼玉にある「川越胃腸病院」は、「患者様の満足と幸せの追求」、「集う人の幸せの追求」、そして「病院の発展性と安定性の追求」の3つを経営理念としています。全国的に病院経営が厳しさを増す中、同院は「医療は究極のサービス業」というスタンスに立って新規患者数を伸ばしてきました。職員の満足が患者の満足を向上させるという理念のもと、医師や看護師、事務員など職員の満足度を重視しています。
一方の「買い手よし」は、文字通り顧客を大事にすることです。東京の町田にある家電店の「でんかのヤマグチ」は、周囲に激安家電量販店がひしめく中、安売り競争に走らずあえて「高売り」でいく姿勢を貫き、地域住民から絶大な支持を受けています。その秘密は売ったら売りっぱなしではなく、客のわがままをすべて聞き、かゆいところに手が届く会社を目指す経営方針にあります。日本ならではの「おもてなし」の心に裏打ちされた、顧客エンゲージメントの新しいかたちといえます。
そして「世間よし」は、自社のみならず地域の発展をも視野に入れて活動する、CSRを地で行く取り組みです。辛子明太子を博多の名産品に押し上げた「ふくや」は、製法を秘すことなく地元の同業者へ伝授し、特許や商標登録すら取りませんでした。創業者の頑なともいえる姿勢の背景には、地元への恩返しもさることながら、地域が発展してこそ企業が存続できるという、究極のパートナー・コラボレーション志向があったのだと思います。
―企業が社員、顧客、パートナーを大事にしながら成長するに必要なものはなんでしょうか。
伊那食品工業」です。同社の社是は、「いい会社をつくりましょう ~たくましく そして やさしく~」。ここでいう「いい会社」とは、経営上の数字がよいだけでなく、社員や顧客、取引先、地域社会などすべての人から愛される企業を目指すということです。
企業にとって何より重要なことは長く存続して社会に貢献することです。そのためには社会や経済状況の変化という荒波を乗り切るたくましさはもちろんですが、同時に、あらゆる人に優しく、相手のことを考えることのできる強い心が求められます。それを地で行く企業が、長野県で寒天製造業を営む「同社はこうした理念のもと、寒天市場が縮小する中で増収増益を続け、経常利益を社員に還元してきました。もちろん、ビジネスの世界は弱肉強食ですから落ち込むときはあります。どんな状況下でもみんなの幸せを追求する経営を貫くには、常に自己を磨く努力が求められます。同社の場合、原料調達の安定化を図るとともに、利益の1割を研究開発にあてて新技術を開発するなどして、新たな市場の開拓に力を入れています。
―成功している老舗企業は、創業者やトップに強い理念があるという点で共通しています。
そこが最大の強みであると同時に弱みでもあります。創業者の理念やリーダーシップはシステム化できず代々引き継いでいけるものではないので、いつかは成長が鈍化します。また、時代の変化がゆっくりとしていた頃は「不易」に軸足を置いてもやっていけましたが、ICTが発達した今は「流行」が重みを増しています。企業自身が「不易」を主軸に据えつつ変化に適応していく必要がありますが、現場から離れてしまった創業家中心の経営では難しいでしょう。
このような状況を受けて、突出した創業者の思いを次代の経営者へ引き継ぎ、企業が少しずつ成長していけるようなシステムを世の中に提示したいと考えました。そこで注目したのが、自身の内面(インサイド)を変革することから始める「インサイドアウト」というアプローチです。従来型の多くの企業では、結果に向けた目標値から行動を展開していく「アウトサイドイン」のアプローチが主流でした。しかし、市場が低成長である半面、高い創造性と透明性が重視される現代においては非効率な手法です。
そうではなく、現場で顧客や市場の変化に日々接している社員の能力を引き出す「社員共創のメカニズム」を確立した上で、創業当時の理念を主軸に据えるという二段構えが必要です。社員全員が共通の使命と価値観を共有し、風通しのよい組織で情報をシェアしながら自律的に行動するよう促し、社会の役に立つビジネスモデルをつくりあげ、新たな価値を創造していく。こうしたアプローチが、企業を長期にわたり存続させ、社風や企業ブランドを生み出し、理念の実現に結びつくのです。
―企業を内面から変えていくということですが、何をどう変えていくんですか?
企業の内面から外部へ向けて、5つの考え方の枠組みを劇的かつ非連続に変えていく必要があります。
第一に、企業の中核を成す理念を「規律から自律」へ変化させ、企業理念となるブランド哲学を揺るぎないものにします。
第二に、その原動力となる組織のあり方を「統制から透明」へと変え、社員協働メカニズムを明確にします。
第三に、事業を「競争から共創」へ変革して、社会に貢献するためのビジネスモデルを築きます。
第四に、そこから生み出される顧客にとっての価値を「機能から情緒」へ移し、顧客経験価値を創出します。
第五に、その成果を測定する目標を「利益から持続」へシフトして、事業成果として得られるものを評価して全社で共有します。
これらソーシャルシフトの5つのレイヤーを変革することで、インサイドアウト・イノベーションが起きるのです。
―統制型の社風が残る企業が多いだけに、ソーシャルシフトは簡単ではありませんね。
中小企業ならトップがその気になれば半年から1年もあれば変わりますが、大企業の場合、会社全体を変えようとすると時間がかかります。特に日本のように年功序列で、決定権者が現場から離れてしまう企業が多いと継続した強い信念無くしては不可能です。ある意味ゼロから始めるのではなくマイナスからスタートするので、創業当時より難しいかもしれません。それでも、成果を上げつつある企業はあります。
茨城にある「カスミ」は、パートなども含めると従業員約13,000人の大型スーパーです。もともとスーパーはきわめて統制型の社風が強いのですが、それを180度変えて、地域に密着した食品スーパーの使命を果たそうと奮闘しています。ソーシャルシフトの取り組みを進めるための社内組織をつくり、フェイスブックを立ち上げて地域の要望に耳を傾けました。2013年には「ソーシャルシフトの経営」を3カ年中期経営計画の骨子とし、150店舗ある中から10店舗を選んでモデル店舗をスタートしました。いわば社内特区のような感じで始めたところ、半年ほどで大きな変化が見られました。
―どんな変化が現れたのですか?
第一に、外から見て社員の顔が明るくなりました。第二に、売り場の雰囲気がよくなりました。第三に、顧客対応がよくなり結果として売り上げが上がりました。ソーシャルシフトでは三段構えの最後に実績がくるので時間がかかりますが、100人規模の店舗でモデル的に取り組んだため、中小企業と同じく成果が速く表れたのだと思います。また、顧客からの感謝の言葉を共有することで、社員のモチベーションが上がることもわかりました。感謝し合う、ほめるというのは大変な力を持った無形の経営資産なんです。このように、社員にも顧客にも優しい持続的経営を実現していくことが、ソーシャルシフトの目的です。
―日本にソーシャルシフトの輪が広がっていく機運を感じることができました。本日はどうもありがとうございました。
1961年生まれ。1985年に慶應義塾大学理工学部を卒業後、日本IBM(株)入社。1991年に(株)フレックスファームを創業し、2004年に全株式を売却。2005年に(株)ループス・コミュニケーションズを創業し現在に至る。FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアのプロフェッショナルとして、ビジネスへの活用に関するコンサルティング事業を展開している。著書に「ソーシャルシフト」「新ソーシャルメディア完全読本」「ソーシャルメディア・ダイナミクス」「Webコミュニティで一番大切なこと」「SNSビジネスガイド」「BEソーシャル」など。年間100回ほどの講演を精力的にこなす。
インタビュー:本村拓人氏(株式会社 グランマ代表取締役社長)
インタビュー:ナカムラケンタ氏(株式会社シゴトヒト 代表取締役社長)
持続可能でワクワクする社会の実現に向けてアクションを起こす
求められるのは、空間、主体性溢れる人、場をいかす 方法論とおもてなしの心
~大丸有地区が目指す未来~
2021年9月−3月