デザインファーム「NOSIGNER」(ノザイナー)代表取締役の太刀川英輔さんは、東日本大震災発生直後、災害時に役立つアイデアを共有する「OLIVE PROJECT」を立ち上げるなど、社会にポジティブな変化をもたらすデザインを生み出す活動を続けている。「目には見えないものをデザインしたい」と語り、デザインのオープンソース化にも取り組む太刀川さんに、デザインが社会を変える可能性について聞いた。
―企業やNPOのブランディングから製品、オフィスまで、幅広い分野のデザインを手がけているんですね。
「NOSIGNER」とは私たちによる造語で、「見えないものをデザインする者」を意味します。現代人は社会の中で実に多くのものに囲まれて生きていますが、机などの製品にしても、公園のような空間にしても、視界に入ってくるもののほとんどすべてに人の手が入っており、デザインされていると言ってもよいでしょう。私たちは「目に見えるものだけがデザインなのだろうか?」と自らに問いかけ、目に見えない「関係性」の部分にこそデザインの本質が隠されていると気づきました。
そこで、人を取り巻く状況と形との間にある関係性を美しく設計するために、このデザインファームを立ち上げたのです。プロダクトやグラフィック、ファッション、インテリア、空間など、理念に共感したさまざまな分野のデザイナーが集い、ビジネスモデルの構築やブランディングなどの提案を行っています。
―デザインの本質が目に見えない関係性であるなら、どうやって形にするんですか。
私たちは、製品やパッケージ、ロゴ、空間などをデザインする時に、形としての完成だけを目的としていません。デザインを通じて、社会の中でどのような関係や縁が生まれるのかという点に注目しています。実際にデザインを行う際には、生み出される物の形をできるだけ意識せずに、それが存在する空間全体をイメージしてあるべき形をデザインしていきます。その「想定力」が、デザインを生み出す源泉になるのです。
世の中にあるデザインは玉石混淆ですが、その境は形状など見た目の差ではなく、想定の射程や範囲の違いにあります。誰が、どこで、どんな風に使うのだろうと想定する力が甘ければ、そのデザインは世の中から求められず、機能しなくて当然です。また、デザイナーの意図を明確に伝えるために、受け手がそのデザインを理解できるか、どう考えるかを「逆算」する作業も必要になってきます。
―デザインの意図を伝えるひとつの手法として、太刀川さんは「デザインの文法」を提唱されています。
デザインの文法」の始まりです。デザイン発想のルールを構造化して「見える化」することで、デザイナーだけでなく誰もがデザインを行うことができるようになると考えました。
私は、デザインと言語とは非常によく似ていると思っています。デザイナーが苦労してデザインを仕上げて世に出しても、その本質や利点が見る人や使う人に伝わらなければ意味がありません。そこで、デザインにも言語のような文法があると考えて体系化したのが「―NOSIGNERは活動の柱として、社会的意義を踏まえたデザインを掲げています。その理由は?
「デザイナーとして何ができるのか?」と問い続けた結果、社会によい変化をもたらすためのデザインを生み出すことであると確信しました。世の中には多くの長く愛されているデザインがありますが、その理由を検証してみると、単なる形状でも、誰の手によるかでもなく、そのデザインが社会の中で新しい関係性を生み出してきたことにあると気づいたのです。私たちはこのような活動を「ソーシャルデザインイノベーション」と位置づけて、ポジティブな変化をもたらすデザインを社会に送り出しています。
―災害時に役立つアイデアを共有する「OLIVE PROJECT」もそのひとつですね。
OLIVE PROJECT」は、東日本大震災が起こってすぐ、約40時間後に立ち上がりました。発生当時、私は東京にいましたが、相当大きく揺れたので「これは大変だぞ」と思い、1時間するかしないかのうちにツイッターで「ドアを開けておいた方がいいよ」などとつぶやき始めました。
社会によい変化をもたらすといっても何か特別なことをしているつもりはなく、「これは問題じゃない?」と本能的に感じたことを解決するのに、デザインを役立てているだけなんです。「人手も物資もない被災地において、「知らなかったから助からなかった」ということを無くしたいと強く考えたのです。すると、同じように災害関連の情報をネット上で伝えている同志がたくさんいることがわかり、OLIVEとして発足しました。WikiサイトのOLIVEには、生きるために必要な物を身の回りにある物資でつくるアイデアや生き抜くための知識が寄せられ、たくさんの情報が被災者の手に届きました。
―どうしてそれほど迅速に対応できたのですか。
阪神淡路大震災の教訓が大きかったですね。私自身は被災していませんが、大都市が被災することで何が起きるかを理解していたことが役に立ちました。また、ソフト開発などの分野では一般化している「オープンソース」の考え方を、デザインの世界に採り入れようと常日頃から考えていたこともよい準備運動になったと思います。
活動を始めて数カ月すると、道路が復旧して物資が届くようになったかわりに、共同生活の工夫や被災地での楽しみなど、求められる情報が次の段階へ移りました。そこで、「OLIVE いのちを守るハンドブック」を2011年8月に書籍として発行しました。最近では、2014年に全国各地を襲った雪害に対応できるように、大雪に備えるアイデアをまとめて無料で配布しています。
―「オープンソースデザイン」の考え方が、仕事の核となりつつあるのでは?
そうですね。デザインのオープンソース化とは、あるデザインの基本設計を誰でも自由に使えるように公開して、改変なども認めてしまおうという考え方です。20世紀においては、ほとんどの企業が、デザインをとりまく知恵や権利を囲い込んで利権に育て、情報が漏れないように警戒してきました。消費者がデザインに対して意見や文句を言う機会はなく、デザイナーにとっても、使い手との接点はほとんど無かったのが現実です。
しかし、社会における関係性をよくしていくためには、デザインはより一般の人に開かれたものであるべきです。オープンソースデザインの場合はシェアすることが前提のため、別の発明や制作に生かすことが可能です。そのデザインを応用したり、修正したり、一部だけ活用したり、改造したり。オープンであるがゆえにさまざまな関係性の接点を持ち得る間口の広さが魅力です。また、誰もが口を出すことができるので、多様なアイデアを取り込むこともできます。
最近手がけたプロジェクトでは、東京にあるMozilla Japanの新オフィス「Mozilla Factory Space」の空間デザインがこの理念に基づいています。Mozilla自体がオープンソース製品を開発、提供していることもあり、オープンソースデザインの考え方と一致しました。あえて一般に流通している製品を使って構成し、OAフロアは物流パレットから成ります。ほかにも、オリジナルのコーナーモジュールを開発しました。このモジュールは、照明にもデスクにも棚にも活用が可能です。ポリカーボートパネルによる空間構成の変更など、好き勝手にいじれるDIY感あふれる工夫がいっぱいです。すべての図面や制作手順は公開しており、すでにダウンロードして活用している主体もあるようです。
―現在進行形のプロジェクトと、NOSIGNERがこれから向かう先についてお聞かせください。
京果」という青果卸売業者が中心となって、新しい食の拠点をリノベーションによりつくっていて、そのブランディングを担当しています。また、鮮魚に特化した食品卸売販売会社の八面六臂(株)ともプロジェクトを進めています。伝統産業関係では、伝統的な技術を生かしてベビー・キッズ向け商品づくりを手がける、和える(株)と連携しています。
農林水産関係では、京都の、京都青果合同(株)=「今後も強い「思い」をもつ人たちと協業して、それを実現する活動にも力を入れていこうと思っています。私たちのデザインを通して、社会によりよい循環が生まれることを願っています。
―少し難しいものと思っていたデザインの世界が、とても身近で自由なものに感じました。本日はありがとうございました。
慶應義塾大学大学院理工学研究科を修了後、同大学院在学中の2006年にNOSIGNERを創業。グラフィック、プロダクト、空間といった個々のデザイン領域にとらわれることなく、さまざまな技術を相乗的に使ってビジネスモデルの構築やブランディングなどの総合的なデザインを手がける。経済活動としてのデザインだけでなく、地域起こしや教育など、従来のデザイン領域を広げるとともに、ソーシャルデザインイノベーションを生み出すことをめざして活動している。Design for Asia Award大賞、NY ADC Young Guns 7、PENTAWARDS PLATINUM、公益社団法人日本サインデザイン協会(SDA)最優秀賞、日本空間デザイン協会(DSA)空間デザイン優秀賞など多くの国際賞を受賞。IMPACT Japan fellows、University of Saint Jpseph (マカオ)客員教授。
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2月27日(木)18:30〜19:30(18:00開場・受付開始)